67話 ディックとシラヌイ、混浴へ。
「シラヌイちゃん、ディックちゃんの所に居なくていいのぉ? 今お部屋で寝込んでるじゃない」
「……今、気持ちがそれどころじゃないし」
私ことシラヌイは、メイライトに相談に乗ってもらっていた。茶屋に二人座って、お茶を一服する。
ディックが手にした力を目の当たりにして、急に怖くなってしまった。あいつが強くなったのは喜ぶべき事なのに、あまりのすさまじい力に不安が大きくなってしまう。
あの力は諸刃の剣だ、使えば使う程、ディックの心と体に負担をかけるだろう。
大きな力は心を曇らせ、体を少しずつむしばんでいく……煌力がディックに与えるのは、絶対的な破滅よ。
「ねぇメイライト、ディックは大丈夫よね? 煌力をもっても、あいつは変わらずにいられるよね?」
「どうかしら……今回ばかりは私も、楽観的に考えられないわ」
珍しくメイライトも不安げになっている。直に対戦したのだから、煌力の凄まじさは実を持って理解しているものね。
「いつものディックちゃんなら、大丈夫って言ってあげられる。でも、あの力を纏ったディックちゃんは、普通じゃなかった。力に魅せられて、自分自身を滅ぼす危険も十分あるわ。勿論、自分のためでなく、誰かのために。特にシラヌイちゃんを守ろうとして、自滅覚悟の使い方をする危険もありえるわ」
「やっぱり、そう思うよね……」
あいつは優しすぎるもの、誰かを守るために必死になりすぎてしまう。
だから恐いのよ、いつか私の前から、ふっと消えてしまわないか。
そのためには私も変わらなくちゃならない。それは分かるんだけど……。
「ケイは私があいつを守れって言ったけど、物凄い差が出来ちゃった今、どうやってディックの傍に居てやればいいの? なんだか、一緒に暮らすのが苦しくなってきちゃう」
「まぁ、隣の男が強すぎるんじゃあね。気持ちは女として分かるわ。けど解決策はわかりやすいわよ、貴方も強くなればいい。新しい力を身につければいいのよ」
「新しい力って、そんな簡単に身に着いたら苦労しないわよ」
私は魔導具を持っていないから、煌力を使う事は出来ない。でも他の魔法も、何度試しても炎魔法しか使えなかったし……。
となると、考える方向性も変わらない。炎魔法をより強く、それこそ耐性すら意味をなさない程強くするしかないわ。
けど私自身を強くするんじゃ時間がかかる。そうなれば、外に目を向けるべきか。
「シュヴァリエを強化して、魔力を上げる。思いつくのはそれくらいかなぁ」
「単純だけど、まぁ……現実的な落としどころよね」
シュヴァリエを出して見つめてみる。こいつでよりすさまじい魔法をぶっ放せるようになれば、ディックが必要以上に煌力に頼る事も無くなるはず。
「何かいいアイディア無い? こう、手軽にポンと強くなれるアイテムとかさ」
「そんな都合のいい物なんてあるわけないじゃなぁい。都合悪いけど強くなるアイテムならあるけどぉ」
「教えて」
「ミストルティンと、ケーリュネイオン。聞いた事ないかしら?」
「……ある。めちゃくちゃ有名じゃない」
二つとも、ごく一部の小国でしか取れない、超希少金属だ。
ミストルティンは魔力を与え、使用者の力を増幅させる魔石。ケーリュネイオンは魔力を奪い、自身が強大な力を発揮する魔石だ。
どちらも与え、奪う魔力が尋常じゃない。ミストルティンから魔力を受ければ体が耐え切れずに骨身が砕け、ケーリュネイオンから魔力を奪われれば数秒でミイラ化してしまう。
あまりに極端すぎる力から、魔石を使いこなせる者はこの世に存在しないと言われているのだ。
「確かにその二つを使えば、ディックに並ぶ力を得られるとは思うけどさぁ……下手すりゃ私が死ぬわよ」
「一応、理論上死なない使い方はあるのよ。両方を同時に使うことで、互いのデメリットを解消しあうって奴が」
「あー、聞いた事ある。与えられた魔力をすぐに奪われれば、メリットだけを受けられるって説でしょ。実際どうなの?」
「ダメに決まってるじゃない、力が通り抜ける反動で体がもたずに終了。そもそも発想としてアホ丸出しだもの」
「そりゃそうよねぇ……」
アイディアとしては悪くないんだけどね。ミストルティンを魔力のタンクにして、ケーリュネイオンを使う。だけど魔力を通す管になる、使用者の体が問題か。
「けどまぁ、あれこれ考えても今貴方にできる事はないでしょう。それに、ディックちゃんがいきなり変わったわけでもなし。まだ来ていない事を悩んだって仕方ないわよ」
「ん……そうなんだけど……」
「すいませーん、おだんご二つくださいな。あとお茶もう一杯」
メイライトの注文で、みたらし団子が出てくる。琥珀色のたれが美味しそう。
「ミストルティンとケーリュネイオンなら私、作れるわよ。悩む暇があるなら、まずは行動してみなさい。それと、不安を感じたなら私じゃなくて、頼るべき人が居るはずじゃないの?」
「ディックに不安を打ち明けろっての?」
「一緒に暮らしているならなおさらよ。あの子は人の心の機微に聡いから、貴方がうじうじしたら余計に気にしちゃうじゃない。打ち明ければ案外いいアイディアも見えてくるかもしれないしさ。とにかく、私が言える事は以上。あとは貴方が、ディックちゃんとどうにかしなさい」
「うー……」
こいつ、時々厳しい事言うんだよなぁ……。
けど正しい事を言っているのも事実。いくら悩んだって、結局自分の中で答えなんかでてきやしない。
だったら、思い切って打ち明けてみよう。出来れば……誰にも邪魔されない場所で。
◇◇◇
「ふぅ……生き返るな」
僕ことディックは、露天風呂を堪能していた。
目を覚ましたら、夜になっていた。煌力の反動でほぼ半日眠っていたらしい。
慣れていないとはいえ、まだまだ実践レベルじゃないな。これじゃフェイスと戦う武器にならないや。
「それにしても、シラヌイはどこに行ったんだろう」
目を覚ましてから、彼女を一度も見ていない。気配察知を使っても見つからないし、姿が見えないと不安になるな。
「お腹もすいたし、一緒にご飯食べに行きたいな」
旅館の食事は食べ損ねたから、夜まで営業している酒屋にでも繰り出そう。なんて考えていたら、シラヌイの気配がした。
よかった、居たんだ。そう思ったのもつかの間、だんだん距離が近づいて、気づけば脱衣所に来ていた。
しかも、服を脱いでいるような。
「え、ねぇちょっとシラヌイ? ここ男湯……」
「わかってる、だけどいいでしょ、サキュバスなんだし」
振り向けば、タオルを巻いただけのあられもない姿のシラヌイが。僕は急いで持っていたタオルを腰に巻いた。
「何しているのさ、他の客がいないからよかったけど」
「ドレカー先輩に頼んで人払いして貰ったの。だから今だけ、私達の貸し切りよ」
「なんだってそんな大胆なことを」
「誰にも邪魔されない場所で、話をしたかっただけ。それにその、旅先の思い出一つも作りたかったし」
シラヌイはおずおずと僕の隣に座った。彼女のこうした姿は何度も見ているのに、とても緊張してしまう。
「煌力、あれってどんな力なの?」
「ん……そうだな、なんて言うべきなのか。説明しようのない不思議な力だよ」
「そう。あんたさ、その力ちゃんと使いこなせるの?」
シラヌイにしては珍しく、的を得ない質問の仕方だ。彼女の話が見えてこない。
「……不安なのよ、あんたが煌力に呑まれてしまわないか」
「ああ、そういう事か」
四天王すら倒してしまう程の力だ、僕がフェイスのように力に溺れないか、シラヌイは心配してくれているのだろう。
正直、大丈夫、とは言い切れないな。
煌力は強すぎる力だ、「これに頼ればなんでもできる」、僕の心の中に、微かだけどそんな気持ちが生まれている。
大きな力は目をくらませる物。もし煌力を使いすぎれば、僕自身が滅ぶ事になるだろう。
「あんたは私にとって大事な人だし、イザヨイさんから受け取った想いもある。あんたが居なくなるのが、耐えられないのよ」
「そうか。ごめん、恐がらせてしまったね」
ただ、煌力は不必要に恐がる力でもない。
左腕の肘から先にだけ煌力を纏い、彼女に差し出す。シラヌイが触れるなり、煌力の淡い光が弾けた。
「暖かい、なんだか、安心する」
「うん、煌力は普通に纏うだけだと、気持ちが落ち着くんだよ。多分、力自体に意志があるからだと思う」
「そうなの?」
「ケイから教わったんだ、煌力は使い手の心に反応する力だって。誰かを愛する事が出来る人でなければ、煌力は見向きもしないんだ。だからもし僕が煌力を、自分のためだけに使おうとすれば、すぐに離散してしまう。シラヌイみたいに気難しい力なんだよ」
「それどういう意味?」
「ごめん、ふざけすぎた。けど煌力はエンディミオンと違って、僕を堕落させたり、破滅させるための力じゃない。君を守る為の力なんだ」
「……ふぅん、そう」
あ、ちょっと手が熱くなったな。照れてるのか。
「勿論、未知の部分が多いから、手放しに受け入れられる力じゃない。だけど、僕を信じて欲しい。決して煌力に溺れたり、身を亡ぼすような真似はしない。約束するよ」
「……今は、そんなもんでいいわ。約束もとりあえず、うん、それで我慢しておく。だけど私の不安はまだ無くなってないから……」
あからさまな誘いに気付いてしまう。いいんだけど、ここじゃダメだろう。
「なんか君、最近多くない?」
「しゃあないでしょうが、好きな奴に触れられるとその、たまらなく幸せになるんだから」
ぐっ、だからそう言うの反則だって……。
◇◇◇
「なんだかんだ、あっという間の三日間だったな」
翌朝、僕らは返りの馬車乗り場へ向かっていた。
馬車乗り場にはたくさんの見送りがやってきている。
たった三日間だけど、物凄く濃密な時間を過ごした気がする。心身ともに充電ばっちり、また明日から頑張れそうだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、もう帰っちゃうの?」
「ごめんよ、明日から仕事があるからさ」
「また来るから、その時にいっぱい遊びましょう」
ポルカは名残惜しそうに頷く。僕達ももう少しポルカと一緒に居たかったんだけどな。
「それじゃ、ドレカー先輩もお元気で」
「うむ! 今後もどうか息災でな、四天王諸君、それにディック」
ドレカーとリージョンが固い握手を結ぶ横で、ケイがポルカを抱き上げた。
「煌力のトレーニング表はちゃんと持ったな?」
「勿論。この表の通り訓練すれば、安定して使えるようになる、だよね」
「ディック次第だけどな。いいか、煌力は制御する物じゃない、手を貸してもらう物だ。従えるんじゃなくて、友人になるつもりで使うんだ」
「お姉ちゃんがポルカに教えてくれたよね、火と友達になるって」
ポルカが得意げに胸を張った。煌力と友達になれ、ケイが何度も口を酸っぱくして言ってきた事だ。それにもう一つ、私利私欲で使うな、お前が守ると決めた人のために使えとも。
師匠の言葉は、ちゃんと心にとめておかないとな。
「フェイスは手強い、でもディックなら必ず超えると俺達は信じている。頑張れよ」
「ありがとう、本当に、お世話になりました」
「じゃあねポルカ、風邪ひいちゃだめよ」
「うん!」
僕らはペガサス便に乗り込み、妖怪リゾートを後にする。
ポルカ達は僕らの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振っていてくれた。