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65話 ディックの新たな力、ゾーン解禁。

「よっ、リフレッシュはできたか?」

「充分、始めよう」


 完全回復したので、僕ことディックは、煌力の訓練に戻った。ケイはにこりとすると、僕の前に立った。

 シラヌイと一緒に居たからか、気力・体力共に充実している。誰かを好きになると、身も心もすぐに回復するんだな。

 彼女のためならどこまでも頑張れるし、強くなろうって思える。行き詰っていられないや。


「ふむ、やっているようだね。仕事に余裕ができたし、少しだけ見物させてもらうよ」


 ドレカーが来た。程なくして、四天王達もやってくる。


「ディック、頑張れよ。休んで少しは気が楽になっただろ」


 リージョンは腕を組み、微笑んでそう言ってくれる。


「リラックスリラックス♪ 時間なら私が作ってあげるから、焦らずじっくりやりなさい」


 メイライトもウインクしてエールを送ってくれる。


「……我々の信じる、お前自身を信じろ。ディック、お前ならやれるはずだ」


 ソユーズも友達として応援してくれた。

 こうやって多くの人達の繋がりを感じると、力が湧いてくる。僕はとても恵まれているって、勇気がわいてきた。


「ディック、ファイト」

「うん」


 最愛の人から声をかけられて、僕はやる気に満たされた。


「じゃ、再開しようか。気を付けてな」

「はい、よろしくお願いします、師匠」


 深呼吸して、目を閉じる。すると肌に煌力のひりつくような感触が伝わってきた。

 ここから先が難しい。感じ取れば後は取り込むだけなのだけど、煌力は思った以上に体にしみこんでくる。あっという間に体が砕けるほどの力が入り込んでくるんだ。


 一度、感じたままで止まってみよう。


 ドレカーのアドバイス通り、剣術で行き詰った頃を思い出してみる。僕も剣を教わり始めた頃は上手く出来なくて、何度もつまづきを感じていた。

 けど、ある時を境に使いこなせるようになったんだよな……僕、何があったんだっけ。

 記憶をたどっていくと、ある光景が思い起こされた。


『お前の母ちゃん、外国人なんだろ。だからあんな気持ち悪い黒髪してんだよな』


 近所のガキ大将に、母さんをそう言われたんだ。

 当然僕は怒って、そいつを木刀でギタギタに叩きのめした。その時だったっけ、奇妙な感覚を受けたのは。

 頭の中が軽くなって、体が別の生き物のように動いたんだ。剣を向けるべき場所が光って見えて、母さんの抜刀術を効率よく使いこなしていた。


 確かそうだ、僕が抜刀術を使えるようになったきっかけは。


 あれ以来、僕は剣を握る度に同じような感覚を受けた。余計な思考が無くなって、全ての力を無駄なく、百パーセントの精度で使える感覚だ。

 けど母さんが亡くなって、フェイスに叩きのめされてから、僕は感じる事が無くなった。

 きっと守るべき人が亡くなり、僕より強い存在に恐れて、僕自身が力に蓋をしたんだと思う。

 けど今は違う、僕には守るべき人が居て、沢山の人達に囲まれて、倒すべき相手を倒した。自分の力に蓋をする理由はないはずだ。


 なら、こじ開けなくっちゃ。


 あの感覚を呼び戻すには、トリガーが必要だ。僕があの感覚に沈む時、必ず「母さんを助ける」って意識が働いていた。母さんを守ろうとする意志が、僕にあの力を与えていたんだ。

 なら、書き換えてみよう。今の僕は、「シラヌイのために戦う」、これが力の源になっている。そのままトリガーにすれば、また出来るようになるはずだ。


「自分のためじゃない……僕は誰かのために頑張る時が、一番力を発揮できる……!」


 言い聞かせた瞬間、頭の中が軽くなった。

 全身の感覚が鋭敏になり、力を入れればどこまでも力が湧いてくる。これだ、この感覚だ。母さんを守ろうと戦っていた時、いつでも使っていた力だ。


 母さんに伝えたら、凄く驚いていたっけ。武道に生きる者や禅の実践者達が目指すべき境地。ほんの四,五歳の子供がたどり着く物じゃないって。


『あんた、こいつはとんでもない事だよ! そんな年齢で使えるなんて、あんたは将来凄い剣士になる! 絶対だよ!』

『そうなの? これって、なぁに?』

『ゾーン状態。フローとも言う、剣士として最高の境地だ。そいつを自在に使いこなせるディックは』


「私よりも、遥かに強い男だ」


 母さんの言葉をつぶやくなり、僕は心の奥底にある扉が開いた音を、確かに聞いていた。

 今なら制御できる、新たな力、煌力を!


  ◇◇◇


 その時、私ことシラヌイは、ディックの空気が変わったのを感じた。

 目を開くなり、今までのディックと何かが違う、心で閉ざされていた力が噴出したような、途方もないパワーを感じた。

 感じたのは私だけでなく、四天王全員もだ。明らかに変わったディックに、皆どよめきを隠せない。


「これは、ゾーンか?」

「ゾーン? 先輩、知っているんですか?」

「武人として目指すべき最高の境地だ、本来彼の若さで到達できるような物ではない。類い稀な才能を持った上で、幾年もの途方もない努力をして初めてたどり着ける物だよ」

「しかし、ディックは随分軽く入ったようですが」

「なんだか手慣れた感じがしたわねぇ……なんか、何度も経験あるような……」

「……もしや、あれがディック本来の力やもしれぬ。フェイスを倒し、殻を破ったか」


 かもしれない。ディックは元々、ゾーンに入る事が出来たのよ。でも度重なる敗北で、入り方を忘れてしまった。私と出会う前からあいつは、重度のイップスにかかっていたんだわ。

 魔王軍に入って、私達と出会って、私と恋仲になって、フェイスに勝って……沢山の成功経験を重ねた。それがディックの枷を壊したのよ。


「今ならいけるはずだ、集中しろディック!」


 ケイが興奮した様子で声をかける。でもディックは聞こえてないようだった。

 ただ只管、煌力の制御に神経を尖らせている。そしたら明確な変化が見え始めた。

 全身に曲線模様が浮かびだして、バチバチとスパークが出始める。目の色もターコイズカラーに変わった。

 煌力を制御した状態……ウィンディア人の秘術を、完全に習得した形態だわ!


「やった……やったぞ! その状態を維持しろ、頑張れディック!」

「ぐ……うっ……がっ!?」


 維持できたのはほんの数十秒、ディックは弾かれ、しりもちをついてしまう。

 だけど出来た。ディックはウィンディア人の秘術をマスターしたんだわ。


「やった……できた……出来たよ、シラヌイ……」

「ディック!?」

 ディックは力尽きたように倒れてしまう。急いで駆け寄ると、静かな寝息を立てていた。

「……寝てる?」

「相当な負担がかかっただろうしな、少し休ませてあげよう。けど驚いたよ、僅か半年程度で、煌力をマスターしてしまうなんて」


 ケイは大層驚いていた。煌力を身に着けるには年単位の鍛錬が必要だって言っていたもの、それを短期間で習得しちゃったのだから、当たり前でしょう。

 そんな凄い事を、ディックはやり遂げちゃったのね。


「お疲れ様……」


 ご褒美に膝枕をして、頭を撫でてあげる。全く、子供みたいな顔して寝こけて。

 流石に周囲も空気を読んで静かにしている。そのあと私は、ディックが目覚めるまで、彼を見守り続けていた。

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