62話 月を見上げ想う。
温泉から上がった後、僕ことディックは、四天王も交えて温泉街を楽しんだ。
ソユーズと一進一退の卓球勝負をしたり、リージョンが捕まえた昆虫を見たり、メイライトのショッピングに付きあったりと、普段の激務から解放されて、自由に思い思いの時間を過ごしていた。
まだ一日目なのに、凄く充実した休日になっている。明日は丸一日使えるし、何して楽しもうか今から悩んでしまうな。
夕暮れ時に旅館へ戻って、ドレカーのような服に着替える。似ているけど、浴衣って服らしい。これも東洋、母さんの故郷の文化らしい。
「なんでこんな東洋文化にこだわったんだろうか」
「……ドレカー先輩は昔冒険者でな、東の大陸を旅した事があったらしい。その影響だろう」
「涼しくて気分がよくなるな、さて、女達はどうなっているかな?」
部屋から出るなり、シラヌイ達も出てきた。
シラヌイは花柄の浴衣に身を包み、髪をアップにまとめている。黒髪に浴衣が映えて、綺麗だ。
「悪くないでしょ?」
「うん。勿論ポルカもね」
「へへー」
有翼人種用の浴衣もあるんだな。こうした細かな心配りが、妖怪リゾート人気の秘訣なんだろう。
「もぉ、シラヌイちゃんに見とれてないで、私の浴衣姿もどぉ?」
「勿論似合っているよ」
「なんだか社交辞令みたいでやーねぇ、ぷんぷん」
僕はシラヌイ一筋だからね、許して欲しい。
皆の浴衣披露が終わったら、宴会場で食事だ。料理は見た事ないものばかりで、刺身に、冷ややっこや酢の物、茶わん蒸しと言った珍しい品が並んでいる。どれも美味しくて、すぐに平らげてしまったな。
「やぁ諸君、どうかね? 私が誇る宇宙一の御馳走は」
夕餉を終えて一息ついたころ、ドレカーがクミンを連れてやってきた。
最高のおもてなしにお礼を言おうとしたら、彼の後ろから二人出てきた。
「あ、お父さん、お母さん!」
そしたらポルカがばんざいする。ケイとアスラが僕らの前に現れたんだ。
「ドレカー先輩の旅館で働いていたんですね」
「二人とも優秀で助かっているよ。ケイ、アスラ。彼らにならかしこまらず話していいよ」
「ありがとう、ポルカ、今日はどうだった?」
「すっごく楽しかったよ! ほんとだよ!」
「あらあら、凄く喜んじゃって。よほど楽しかったのね」
「何から何までポルカを世話してくれて、頭が上がらないな。もう俺達よりなついたんじゃないか?」
「そんなことはないよ、実の親の下で過ごすのが一番だ」
「その言葉で、ディックの親がどんな奴なのかわかるな」
「とても優しいご両親だったんでしょう? あなたとシラヌイを見ればわかるわ」
「うん、自慢の母さんだった」
勿論、ポルカの両親も素敵な人たちだ。
「魔王四天王の方々にも改めてお礼を言わせていただきたい。俺達ウィンディア人を助けてくれて、本当にありがとう」
「魔王軍として当然のことをしたまでだ、そうまでかしこまらなくていい」
四天王を代表して、リージョンがそう答えた。
「ずっと考えていたんだ、どうやって恩を返すべきか」
「それで思いついたの、ディック、あなたにウィンディア人の秘術を授けようって」
「ウィンディア人の秘術?」
「ああ。君達はまだフェイスと戦うんだろう、ハヌマーンを使いこなすディックじゃないと使えない術でね、これを習得できれば、この先勇者と戦う中できっと役に立つはずだ」
「どんな秘術なんだ?」
「明日のお楽しみにしておいて。それで、メイライト様。貴方の時間を操る力をお借りしたいのですが」
「あー、私の力で時間の流れを遅くすればいいのね。訓練時間の確保、任せといて」
「なら俺の力で訓練場を作ってやろう、リゾートで訓練したら他の客に迷惑だしな」
協力的な四天王が頼もしい。あいつに近づくためにも、新しい力はどんどん手に入れないとな。
◇◇◇
「あふ……ねむい……」
客室に戻り、ババ抜きをしていると、ポルカがウトウトし始めた。
僕達三人は同じ客室に居る。ソユーズが気を利かせて部屋割りしてくれたみたいだ。
「そろそろ横になりましょう、夜更かしは体に毒だからね」
「うー、もっと起きてたい。お兄ちゃんとお姉ちゃんと、もっと一緒に居たい……」
可愛らしい我儘だ、でも辛くなるのはポルカだしね。
「なら明日早起きすればいいさ、そうすれば長く一緒に居られるだろ?」
「ん……そっかぁ……じゃあ……おやすみ……」
ポルカは力尽きて、ぽふっと横になった。昼にあれだけはしゃいだから、疲れが出たんだろうな。
「また明日、いい夢見てね」
シラヌイが頭を撫でて、額にキスをする。ポルカの寝顔が柔らかくなった気がした。
「ねぇ、フェイスがまたポルカを奪ったりしないわよね?」
「できないさ、術を使うための駒が無い。心配しなくても、ポルカは奪われたりしないよ」
「わかってる。ちょっと怖くなっただけ」
すっかり母性本能に目覚めているな、ポルカにも甘々だし、子供が出来たら自分がされなかった分、思い切り愛すタイプなんだ。
「今日一日凄く幸せだったな、こんな日が永遠に続けばいいのに」
「続けるさ、勿論。明日教えてくれる秘術ってなんだろうな」
「さぁ……でもウィンディア人の技術だし、きっと凄い秘術のはずよ」
ハヌマーンを持つ僕だから使えるか、何となくだけどハヌマーンの心を繋げる力に関わっているような気がするな。
僕にあってフェイスにない力、人の心を信じる力。ハヌマーンはその力を象徴する魔導具だ。
僕が目指すべきは、その力をより伸ばす事。あいつが一人の力で人類最強になったのなら、僕は大勢の力を借りて、魔王軍最強の男になってみせよう。
そう思った時、僕の肩に重みがかかる。シラヌイがもたれかかってきた。
「どうしたの?」
「……ぐー……」
ぐっすりと眠っている。彼女もこと切れたみたいだな。
布団に寝かせてから、僕は月を見上げた。
フェイスもどこかでこの月を見ている。気分は悪いが、あいつと繋がっているような気になってくる。
あいつは僕と合わせ鏡のような、対極に位置する男。僕は愛情を知っていて、あいつは愛情を知らない。それが僕達の関係を形作っていた。
「僕を襲ったのも、どこかで僕と母さんを見ていたからかもしれないな」
見えないところで絡み合った縁の糸。だけど、僕達が分かりあう事はあり得ない。だからこそ、僕達は剣で語り合う必要がある。
……どちらかの命が、削り切れるまで。