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6話 元勇者パーティの剣士、魔王軍にスカウトされる。

 私ことシラヌイは、ディックの事が頭から離れなかった。

 僕ことディックは、シラヌイの事が頭から離れなかった。


 ディックから施しを向けられた事は腹が立った。私ではなく、記憶の中の母親を追っている事にもむかついた。

 シラヌイに母さんの影を追いすぎて、無遠慮な事をしてしまった。彼女はシラヌイだ、母さんではない。勝手に重ねるなんて、酷い話だ。


 ただ、落ち着いてくると……言い過ぎてしまったと後悔する自分が居る。

 こう、落ち着いてくると……やりすぎてしまったと後悔する自分が居る。


 経緯はともかく、あいつは私を気遣って手を回しただけに過ぎない。実際ディックの手助けで私は少しずつ元気になれた。

 経緯はともかく、僕は彼女の力になれればと思って手を回した。敵対する立場にある相手からそんな事をされたら、元気なんか出るわけない。


 でも本当にディックの本心なのだろうか。打算も無く近づく奴なんていない、私を懐柔して、魔王軍を内から壊そうとしているのかもしれない

 でも僕のした事は全て本心からの事だ。彼女を助けたいと心から思ったから、僕は自分のできる事を考えただけだ。


 知りたい、ディックの本心が。そうじゃないと、恐いから。

 伝えたい、シラヌイに本心を。そうじゃないと、辛いから。


  ◇◇◇


「という事で一緒に来てくれる、リージョン」

「何の説明も無しに言われても困るのだが」


 俺ことリージョンの下に、シラヌイが突然やってきた。

 ノックも説明も無しとは、真面目な彼女には珍しいな。


「貴方に手伝ってほしい事があるの、地下牢へ一緒に来て頂戴」

「だから説明をしろ。地下牢というと、ディックの居る牢か?」

「……うん」


 シラヌイの事情を要約すると、ディックの本心が知りたいから手伝え、だそうだ。


 ……随分ややこしい理屈をつけているが、ようは前に酷い事言ったから謝りたいんだろう? 理由はどうあれ、ディックはシラヌイの体を癒していたんだ。礼を言うのが筋なのに、罵声を飛ばした。シラヌイは筋を通す義理の強い女、敵であろうとも、理不尽な振る舞いに罪悪感を抱いているのだろう。


 ただ、一人で行くとバツが悪くてまた悪態を言いかねない。だから一緒について来てほしい。そんな所か? もう彼女とは長い付き合いになる、考えている事くらいわかるさ。


 以前部下と飲みに行った時聞いたが、シラヌイはツンデレ、という奴らしい。プライドが高すぎて素直に感情表現するのが苦手なんだとか。

 全く、損な性格をしている奴だ。


「事情は分かった。ただし行く前に深呼吸だ、緊張した状態で行っては相手も警戒するぞ。チャームで本心を聞き出すのだろうし、余裕を持って取り組め」

「うん、わかった……」

「では行くぞ、ひっひっふー、ひっひっふー!」

「ひっひっふー、ひっひっふー! って妊婦じゃねーわ!」


 うーむ、最近ストレスも減って余裕があるせいか、キレのあるノリツッコミだな。

 やはりシラヌイはからかいがいがある。


「これセクハラよ。魔王様に上告してやるから」

「悪ふざけの代償でかすぎるだろう」


 最近魔王軍ではハラスメントに関して煩くてな、下手に女兵士と絡んだら即セクハラだのパワハラだの訴えられてしまう。

 そして四天王のまとめ役である俺は、上は魔王様から説教され、下は同僚と部下から突き上げられる毎日……中間職には世知辛い世の中になった物だ……。


 というよりお前サキュバスだろ、どれだけ貞操観念硬いんだよ、こんなガチガチにガードの硬いサキュバスとか早々いないわ。


「悪ふざけしていないで、早く行くわよ、ほら」

「分かった分かった。そう急かすな」


 ふっ、仕事まだ残っているんだが……同僚のためなら残業程度、覚悟してやろう。


  ◇◇◇


 シラヌイと共にディックの牢へ向かうと、奴は相変わらず牢の隅に座っていた。

 ディック曰く、端っこの方が落ち着くらしい。勇者パーティに居た頃も、フェイスと極力関わらないよう、隅っこに引っ込んでいたそうだ。

 ここまで来ると虐待だな、敵ながら同情するぞ。


「シラヌイ……? 来てくれたのか」

「別に好きで来たわけじゃない。尋問し忘れた事があったから来ただけ」

「そうか。だけど僕から話せる事は全部伝えたはずなんだけど」

「それは、その……」


 いや本音を言えよ。この間はごめんなさい、強く言いすぎた。それを言うだけで済む話だろうが。

 ……こら、すがるように俺を見るな。既に最初の一言の時点で会話の空気は最悪だからな。

 いくら俺でも廃屋を新居に建て替える事は出来ないぞ。……だから縋るように俺を見るな!


「あー、まぁなんだ。今一度チャームをかけさせてもらうぞ。その方がお前も話しやすいだろう」

「って事は、また感情を弄るのか。わかった、好きにしてくれ」


 ここ最近のシラヌイ相談で、俺とディックはそれなりに打ち解けている。それにチェスも強くてな、時折対局してもらってもいる。俺の趣味なのだが、周りに敵が居なくてな。ディックは中々のライバルだ。


 感情を操る力を使い、ディックをリラックス状態にする。普段は敵に恐怖を与えたり、殺人で快楽を感じるよう受け付ける力だが、使い方を変えれば相手を落ち着かせる事も出来る。攻めにも癒しにも使える万能スキルだ。


 ディックの体から緊張が解けていく。これならいいだろう。


「シラヌイ」

「……うん」


 ディックにチャームをかけ、シラヌイは座り込む。さて、何を聞くのやら。


「……、えっと、その……あー、うー……」

「なぁシラヌイ、ちゃんと考えて来たんだろうな?」

「考えて来たわよ! でもこう対面するとこう、口がもにょもにょして上手く言えないの!」


 こいつ面倒くせぇ! 


 危うく飛び出しそうになった声を喉の奥で堪え、気を落ち着けるために自分を殴る。よし気がまぎれた。


 どうして俺の周りにはこんなのしかいないんだ。


 ツンデレサキュバス、ゆるゆる堕天使、根暗な魔神。意識高い系魔王と宰相も挟まって胃が痛くなるわコンチクショウ。

 四天王のまとめ役なんて、実質係長やら課長みたいな物。給料も大して変わるわけじゃないし、誰か代わってくれ。


「なら俺の言う通りにしろ。ディック、貴方はどうして」

「貴方はどうして」

「私にそんな優しくするの?」

「私にそんな優しくするの? って何言わせてんのよ!」


 今お前が聞きたい事だろうがばっきゃろう。いらついてこめかみがビキビキ言ってるわ。


「シラヌイに母さんの影を追っていたのは、確かだ。きっかけはそれで間違いない」

「……それが迷惑だって言ってんの」


「ああ、君と母さんは違う、それは頭で理解できている。でも最初に会った時、目に隈を作って、体もぼろぼろで、酷く疲れていた。それに人を近づかせないような空気を纏っていたけど、相手を見下しているんじゃなくて、自分が傷つきたくないから遠ざけている。そんな気がしたんだよ」


 これにはシラヌイも驚いた様子だ。無論俺もだが。

 中々相手を見ているじゃないか。マザコンはよく言えば母親想い、つまりは相手を気遣う優しさの持ち主と言える。


 シラヌイは本来、臆病なサキュバスだ。それがとげとげしい態度を作り、人を遠ざける性格を作っているんだ。


「僕はそんな人を放っておけないだけだ。単にお節介なだけかもしれないけどな」

「……殺し屋の癖に」

「もともと好きでやってたわけじゃない。母さんが居なくなってからは、本業も遠ざかっていたからね」

「……私を懐柔して、魔王軍を切り崩そうとしたりは?」

「思わない。母さんが居ない世界がどうなろうと、僕の知った事じゃないから。それに僕はフェイスから切り捨てられた。人間を恨みこそすれど、必死になって守る価値は毛頭ない。今僕が生きてやりたい事は、シラヌイの力になる事。それしか頭にない」

「うっ……ま、真顔でそんな事を言わないでよ馬鹿! 私帰る!」


 大胆な告白にシラヌイが逃げていく。天然で歯の浮く事を言う奴だ。


「……また傷つけてしまったかな。上手く行かないや」

「むしろ逆だろう。あれで傷ついていたらこの社会で生きていけないぞ」


 顔を背けたから気づかなかったか。あいつが顔を赤くしていたのを。素直になれない相手には、素直に接するのが最適解ってわけか。

 ……彼にはチャームがかかっている、先ほどの言葉に嘘はない。そう思った時、俺の頭にある事が浮かび上がった。


 ディックの境遇を考えれば、俺達に協力してくれるだろう。


 元勇者パーティの剣士で、二千の魔物を一人で相手取る実力。魔王軍に欲しい人材だ。

 となれば、即断即決即行動。


「ディック、シラヌイの事が好きか?」

「難しい質問だな。確かに好きだ、でもその好きがどんなものなのかは分からない」

「母親の影を追っていたわけだから当然か。ただシラヌイはいいサキュバスだぞ。見ての通り純正のツンデレだし、淫魔だから夜の寝技も抜群だ」

「それセクハラだろ。彼女に聞かれたら魔王に上告されるんじゃないか?」

「……お前シラヌイに似てるな」


 真面目馬鹿が。かくいう俺も影でナチュラルハラスメンターとか言われている。……繰り返すが、世知辛い世の中だ……。


「まどろっこしい話は抜きにして、提案がある。お前からは魔王軍に逆らう様子が見えないし、むしろ人間達に対して敵意すら抱いている。是非とも提案したい事があるのだが、いかがだろうか」

「急に口調を丁寧にされてもな……わかりました、伺いましょう」


 相手に口調合わせるとか、どんだけ真面目だ。余程母親の教育が良かったと見れる。


「お前、魔王軍に入らないか?」

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