56話 独占欲の表れ
私ことシラヌイが目を覚ました時、見慣れない部屋が移った。
そうだ、ここディックの新居だ。でもって私はここで一緒に暮らす事になった。うんよし、記憶はばっちり……。
「……ぼふっ!」
気絶した理由を思い出し、私は爆発する。そうだった、メイライトのバカが用意したあのYes/Noマクラのせいで大恥をかいたんだ。
あーもう、最悪……一般市民の前で四天王があんな醜態さらすなんて、末代まで残る黒歴史だわ……。
これも全部あいつがもてるのが悪いのよ! あいつがもてなきゃこんな不安な気持ちにならないってのにぃ。
「むぅぅ……大丈夫だと思うけど、他の奴にとられないかなぁ……」
フェイスぶっ飛ばして知名度上がっちゃったし、こっちとしては気が気じゃない。私より魅力のある女なんてたくさんいるんだもん、ディックを取られるのは、嫌だな。
とにかく、あいつと一回話をしとかないと……。
「おうシラヌイ、邪魔しているぞ」
そう思ってリビングに出たらだ。
「……この二人に無理やり連れてこられた。我は止めたからな」
なんでか知らないけど、
「はーいシラヌイちゃーん♪ 私のプレゼントは喜んでくれたかしらー?」
……同僚たちがディックと談笑していた……。
「なんであんたたちここに居んのよぉ!?」
『暇だから』
「四天王なら仕事しろボケがぁ!」
私とディックは半休取ってるからいいけど、あんたら今日バリバリシフト日でしょうが!
「と言ってもな、人間軍の前線が退いた今、ある程度余裕があるんだ。そのせいで午前中に今日の業務が終わったんだよ」
「ディックちゃん様様よねぇ、四天王が出るような仕事は当面なさそうなのよぉ。だからぁ、シラヌイちゃんがどんな感じになってるか見に行こうって思ったの♪」
「ディックぅぅぅ……」
「え、僕のせいなのか?」
いや、あんたは悪くない。悪いのは……私らをからかいにきたこの阿呆どもよ。
全く、制裁の炎を叩き込んでやろうかしら。
「……そうカリカリするな、一応、魔王様からの言伝も預かっている。その件での話もあったのだ」
「ソユーズ……あんただけは真面目で助かるわ。んで、その言伝って?」
「うむ……『四天王全員、まとめて休暇とっていいよ☆』……とのことだ」
「真面目に不真面目な言伝すんなっ!」
いやある意味真面目な仕事の話だけど、最高戦力が一斉にいなくなっていいの!?
「勿論急場になれば俺の力で戻るが、魔王様の占いでは一週間ほど戦線は穏やかになるそうなんだ。そこで先の戦いでの功労者である四天王とディックに、特別休暇を与えるというわけなのさ」
「せっかくだからみんなで旅行に行きましょうよぉ、魔王軍には旅費補助制度があるから、安く旅行できるのよぉ♪」
「へぇ、やっぱり福利厚生は整っているんだな」
魔王様が働き方改革進めてるからね、それはそれとして、旅行かぁ。なんか色々納得できない点はあるけれど、反対する理由はない。
休暇が与えられるなら、行きたいところもあったしね。
「だったら、行き先は私が指定していい?」
「ほぉ、シラヌイが提案するとは珍しいな、どこだ?」
「ドレカー先輩の妖怪リゾートに行きたい」
ポルカと別れてから、一ヶ月が経過している。そろそろあの子を抱きしめないと、なんだか気持ちが寂しいの。
ポルカに会いたい、だからポルカの居る妖怪リゾートへ行く。分かりやすいでしょう。
「むぅ、俺は山がよかったんだがなぁ」
「妖怪リゾート」
「海も良いわよぉ? 皆で開放的な気分になりましょうよぉ」
「妖怪リゾート!」
「……温泉も捨てがたい」
「妖怪リゾート!! にあるからソユーズは私の味方ね、ディックは?」
「僕も妖怪リゾートだな。ポルカが元気にしているか様子を見たいし」
「はいけってーい、行き先は妖怪リゾートで決定! 厳正なる多数決の結果よ、文句言わせないからね!」
『はぁーい』
渋々って感じの二人。でもこればかりは譲れないの。
「旅行の打ち合わせはまた後日やりましょう。今日の所はとっとと帰った帰った! 人のプライベートのぞき見して楽しむなんて趣味が悪すぎるわよ!」
「あーんもう、お客様を追い出すなんてひっどぉーい」
「全くお堅い奴め、そんなんじゃ勘違いされそうだし、ちゃんとあれ活用しろよ?」
「何よ?」
「今日はYes/No、どっちにするつもりだ?」
「あれあんたの入れ知恵かぁっ!!!!」
ドストレートな発言をしたリージョンに炎の槍を叩き込んで黙らせる。こんにゃろう、何メイライトを中継にしたテクニカルなセクハラかましとんのじゃい!
◇◇◇
僕ことディックは、魔王城に出勤して仕事を進めていた。
四天王達の大騒ぎもあったせいで、仕事に出てもシラヌイは不機嫌だった。
まぁあいつらが暇なもんで、かつてない程ボケの応酬をしていたからな。あれだけのボケをよく処理したものだよ。
今日は早めに終われそうだし、早上がりでもしておこう。たまにはシラヌイも仕事量を減らした方がいい。
丁度寄りたいところもあるからね。
「はいおしまい、確かに仕事無いわね」
「各地の戦況が穏やかだしね、四天王達の気がゆるむのも分かるよ。そうだシラヌイ、帰りに一軒、店に寄ってもいいかな」
「店? 新しい居酒屋でも見つけた?」
「そうじゃないさ」
勘違いされてしまうかもだけど、僕が行きたいのは宝飾店だ。
夕方ごろ、帰宅がてら寄ると、シラヌイは当然意識して肩に力が入った。尻尾もぴんと立っている。
「ちょ、あんたまさか……」
「あー……ごめん、想像している物は用意していないんだ。まだ付き合い始めたばかりだし、もう少し恋人関係を楽しみたいから」
「……あっそ……」
シラヌイは不機嫌になってしまった。期待させちゃって申し訳ないな。
僕を見るなり、店主はにこやかに例の物を出した。母さんのロケットだ。
実は新しい肖像画を入れたくて、宝飾店に頼んでいたんだ。それにもう一つ、彼女へ渡したいものもあったしね。
「それ、あんたが持ってた奴じゃない。壊れたの?」
「違う、これを入れて貰ったんだ」
ロケットを開くと、母さんの肖像画の隣に、シラヌイの絵が入っている。注文通りの出来栄えだ。
シラヌイは魔王四天王、彼女を題材にした肖像画は沢山ある。そのせいか、モデルなしでも彼女を綺麗に描ける画家が沢山居るんだ。
中でも彼女をよく描いている画家に頼んで、肖像画を作ってもらったんだ。
「これ、私? え、あ……ロケットに?」
「大切な人の姿は、いつもそばに置いておきたいんだ。許可を貰うのが遅れたけど、いいかな?」
「……あんたね、私が断ったらどうするつもりだったわけ?」
「やっぱ、ダメかい?」
「ダメじゃない、むしろ入れなきゃだめ」
シラヌイは赤らんで、そう答えてくれた。
よかった、断られたらどうしようって思ってたんだ。
「それと、これ。指輪じゃなくて申し訳ないけど、プレゼント」
「えっ?」
シラヌイのために用意していたのは、僕と同じロケットだ。ただ、中にはまだ何も入れていない。
「これ、中空っぽじゃない」
「シラヌイの好きな肖像画を入れて欲しい。出来れば……君が大切に思っている人を」
言葉の意図に気付いて、またシラヌイが爆発した。
これは僕の独占欲と言うか、我儘だ。彼女を誰にも渡したくないから、マーキングしておきたいんだよ。
シラヌイには、ディックって男がいつも傍に居るんだってね。
「しゃ、しゃーないわねぇ、んじゃ明日にでも画家に頼んであんたの絵でも描いてやろうかしら? それもとびっきりかっこ悪いやつでもさぁ! あは、あはは……っとにもぉ!」
シラヌイから照れ隠しのパンチを受けてしまった。けどこの痛みが、すごく心地よいな。




