52話 ディックが持つチート能力
ちっ、女どもを使っても、戦況はやや分が悪いか。
俺ことフェイスは悪態をつきつつ、状況を整理していた。
体が透過するもんだから、シラヌイが厄介すぎる。この狭い中で広範囲の炎魔法を出されたら、いくら俺でも避けられない。女を盾にしたくても、霊体じゃそれが出来ないからな。
エンディミオンの力さえ使えれば、こんな奴ら……ちっ、考えを変えろ。
現状こいつらにエンディミオンの効果はない。幽体の体じゃ、俺の切り札を使うこともできないからな。
なら、こいつらの敗北条件を考えろ。こいつらがどうすれば俺に負けるのか、そこにリソースをかけるんだ。
「……あ、そうか……!」
って、考えるまでもなかったな。思い切り、弱点が見えているじゃねぇか。
このクソガキだ。大事な大事なお子様を、こいつらが傷つけられるわけがねぇ。
「武器を捨てろ!」
クソガキにエンディミオンを突きつけるなり、ディックとシラヌイが止まった。くくっ、やっぱ効果てきめんじゃねぇか。
「とうとう人質を利用したか。勇者が聞いてあきれるな」
「戦略と言って欲しいな。……お前らを殺すのなら、もう手段は選ばねぇよ」
形勢逆転だ。こいつらは絶対、俺が殺す。
そのためには……あの魔導具が邪魔だ。
「ディック、籠手と具足を外せ。そいつが無けりゃ、てめぇはただの雑魚だ」
「……くっ……」
ディックは戦慄きながらも、籠手に手をかける。そうだ、そのまま外せ。外した瞬間、お前を殺す。
ははは! やっぱ力こそ全てだ、世界で一番強い俺こそが、全てを思い通りに操れるのさ!
だがそう思った時、ディックの懐から何かが落ちた。
◇◇◇
「これは?」
僕ことディックが落としたのは、ポルカの羽だった。
ふわふわと、舞うように落ちて、ハヌマーンに乗っかる。直後、ハヌマーンがこれまでにない輝きを放ち、室内をまばゆく照らし出した。
「な、なんだ、なんだ!?」
「こいつぁ、どういうことだ!?」
そうだ、思い出した。ハヌマーンが言っていたことを。
「ウィンディア人の羽には、魔導具を強化する力がある……!」
「なんだと!? エンディミオンにこいつのクソ親の羽が乗っても、そんな現象は……!」
『起きないのは当たり前である』
僕とフェイスに、ハヌマーンが語り掛ける。
『ウィンディア人の羽には、感情の力が蓄積されている。沢山の情愛を受けたウィンディア人の羽でなければ、効果はない』
「……そうか、フェイスのことだ……ポルカの両親を拷問か何かしていたんだろう」
優しくすればその人に力を貸し、虐待すれば力を与えない。それがウィンディア人の特殊能力なんだ。
誰かを優しく出来ない奴に、ポルカ達の力を受けられるはずがない。この羽は、ポルカが僕達に残してくれた、愛情って切り札だ。
『主、今の我ならもう一つの力が使える。その力でウィンディア人を救うがよい』
「もう一つの力?」
『教えたはずだ。我が力は、人と人との絆を繋げる事こそ本質なり』
「絆……そうか……ハヌマーンのもう一つの力は!」
魔導具の光を、囚われているポルカに照射した。
ポルカの体が淡く輝く。フェイスが驚き聖剣を突き立てるも、見えない力で弾き飛ばされた。
「なんだ、なんだこれ!?」
「黙れフェイス。……ポルカ、聞こえるかポルカ!」
「……聞こえてたら返事をして、ポルカ!」
僕達は叫んだ。悪夢に囚われているポルカを助けるために。
◇◇◇
『死ね! 死ね!! 死ね!!!』
『消えろ! 消えろ!! 消えろ!!!』
お父さんとお母さんが、ずっとポルカをいじめるの。
ポルカはいきてちゃいけないの? 死なないとだめなの? いやだよ、ポルカ、お父さんとお母さんがすきなのに……どうして、ポルカをいじめるの?
やめてよ……もう、やめて……だれか、たすけて……!
『ポルカっ!』
「! お兄ちゃん……それに、お姉ちゃんの声も……?」
お父さんとお母さんのまえに、お兄ちゃんとお姉ちゃんが出てきた。
お姉ちゃんがポルカをだきしめてくれる。お兄ちゃんはお父さんとお母さんと、たたかおうとしていた。
『ポルカ、まさかこいつらが本当の親だと思っているのか?』
『貴方のお父さんとお母さんは、あんなひどい事を言う人なの?』
「……いわない。いちども、ポルカにひどいこと、したことない……」
『なら分かるだろ、あいつらは偽物だ! 勇者が作り出した、偽物の二人なんだ!』
『優しいから、ポルカは二人を好きになったんでしょう? それなら分かるでしょ、本当のお父さんとお母さんがどこかに居るって!』
「ほんとうの、お父さんと、お母さん……!」
『今、偽物の正体を暴く。姿を見せろ、フェイス!』
お兄ちゃんが、お父さんとお母さんに光を当てた。
そしたら、お父さんとお母さんが、ポルカをいじめた勇者になっちゃった。
『こいつがポルカをいじめた奴の正体だ! 人の幸せを奪い、踏み躙り、心を壊す悪魔だ!』
『ポルカ、一緒に倒しましょう。私が教えた魔法で、一緒に!』
「……うん!」
お姉ちゃんが教えてくれた魔法で、お父さんとお母さんを……たすけるんだ!
「かえして……ポルカのお父さんとお母さんを、返してぇっ!」
ポルカの出したファイアボールが、勇者にあたった。
勇者がもえて、いなくなっていく。お兄ちゃんとお姉ちゃんがポルカと手を繋いでくれた。
『帰ろう、僕達の家に』
『私達の居る場所に、ね?』
「うん!」
ポルカ、帰るよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんが居るお家に!
◇◇◇
「……うわあああああっ!」
ポルカの封じられていたクリスタルが砕けた。
私、シラヌイと、ディックの思いが届いたんだ。
「な、なんだとぉ!?」
「ポルカ、急いでこっちに!」
「うん!」
ポルカが駆け出した。勇者と下僕どもが止めようとするけど、
「喝!」
ディックが雄たけびを放つなり、すくんで動けなくなる。その隙にポルカは私の胸に飛び込んできた。
「こわかった……こわかったよぉっ!」
「もう大丈夫……もう大丈夫よ、ポルカ」
もう離さない、この子は私の大事な人だから。
「な、なんだあの光は!? ディック、お前何をした!?」
「ハヌマーンの力だ。ハヌマーンは魔導具の力を無効化するだけじゃない、人と人の心を繋げる力がある」
「その力で私とディックの心をポルカと繋げて、この子の精神世界に入ったのよ」
『ただし、籠手と具足のように、心が深く結ばれた者同士でなければ効果はない。限定的な物だ』
魔導具の力としては地味だし弱い、だけどその最弱の力が、最強の力を打ち破ったのよ。
「信じられねぇ……あんなガキが、お前ら如きが! 聖剣エンディミオンの力を超えたってのか!?」
「……フェイス、お前は強いよ。間違いない。だけど、お前には決定的に足りない物がある」
ディックが刀を握りしめると、ハヌマーンの光も増していく。
そしたら彼の背中に、沢山の影が浮かび上がっていく。魔王軍兵士達に、魔王様、ドレカー先輩、ソユーズ、メイライト、リージョン、そしてポルカ。
沢山の人の支えを受けて、ディックは勇者に立ち向かおうとしていた。
「僕は誰かに助けられなければ、生きられないし前に進む事も出来ない。お前にやられた後、僕は沢山の人から力を受けて、こうしてここに立っているんだ。たった一人じゃ何もできないから、人類最強のお前に比べればずっと弱いよ。だけど……」
そう、ディックは決して最強じゃない。だけど最強じゃないからこそ、この世で一番強い力を手にしている。
絆、命、友情、愛……ディックは人として大事な、心の強さを持っている。その心の強さが、沢山の人を引き寄せてくれる。
それこそがどんなチートにも負けない、ディックが持つ本当のチート能力なのよ!
「僕は……人の心が何よりも大事な物だと母さんから教わった……だからこそ! 人との繋がりの大切さが!! 人を好きになる事の素晴らしさが分かっている!!! 人の命を壊すだけの空っぽなお前に……僕は絶対負けてはいけないんだ!!!!」
「ぬかせぇっ!」
フェイスが聖剣を握りしめる。私はとっさに、ディックの背中を押した。
私の手に、誰かの手が重なった。
それは私に宝物を譲ってくれた、イザヨイさんの影。
ディックは私とイザヨイさんに、背を押されていた。
「『いっけぇ! ディィィィック!』」
私達の力を一身に受けて、ディックが走り出した。
二振りの刃が交差して、フェイスとディックがすれ違う。ディックは刀を振るうと、ゆっくり鞘に納めた。
「これがお前の否定した……愛する心の力だ!」
ディックが刀を収めるなり、フェイスが断末魔を上げて消えていく。奴の下僕たちも姿が薄れ、消え去った。
「勝った……ディックが、勝った……勇者フェイスを……倒したぁ!」
思わず歓声を上げ、私はディックを抱きしめていた。