50話 覚悟しろ勇者、逆襲の時だ!
僕ことディックは、塔への潜入に成功していた。
塔の中は、黒い柱が縦横に張り巡らされた、まるで張りぼてのようなつくりをしていた。
外見は立派だけど、中身はスカスカ……浮遊するキューブ状の物体が、なんだかもの悲しさを演出している。
こんな寂しい所に、ポルカは幽閉されているのか。
気配探知をしてみるけど、ポルカの気配はどこにもない。
「ポルカ、どこだ!」
「聞こえたら返事をしなさい、ポルカ!」
僕らの声が反響してくる。やっぱり、上かな。
ポルカは天辺に閉じ込められるのを見た。この塔に地下はない、となれば、真上に直進していくだけだ。
「ん、ちょっとディック、キューブを見て」
「何? うわっ!」
突然キューブがブーメラン状に変形し、僕達に襲い掛かってきた。
それだけじゃない、ビームや各種魔法を使用して、僕達を迎撃しにかかっていた。
「防衛機能ってやつか。面倒だな」
「ふん、数の暴力で押すつもり? でも残念ね、私はそれをひっくり返すスペシャリストなの!」
シラヌイが無数のファイアボールでキューブを打ち抜き、さらには巨大な火の鳥を出して、大量のキューブを焼失させた。
この足止めには意味がある。この塔、フェイスを運ぶゲートはポルカの命が糧になっている。ポルカが死んでしまったら、フェイスがここへ来なくても僕達の負けだ。
……明らかに意志を持った攻撃、あいつは気付いている。
「僕達がゲートをくぐったのを悟ったみたいだな」
「なら急ぎましょう! こんなくだらない遊びに付きあう必要はないわ!」
僕が先頭に立ち、防衛機能を薙ぎ払いながら突き進む。後ろのキューブはシラヌイが焼き払ってくれるから、気にせず進める。
「この杖、良いわね。どれだけ魔法をぶっ放しても全然疲れない!」
魔導具を改造した杖を振り回し、シラヌイは次々に大魔法を放っている。まるで炎と踊っているかのような、思わず見惚れてしまう姿だ。
加えて、突入口からさらなる援護が飛んできた。
『シラヌイちゃん、ディックちゃん! 今からホムンクルスを送るわね!』
『……我のファンネルソードもだ。フェイスと戦う力を温存しておけ』
メイライトの創造の力と、ソユーズの金属を操る力での援護だ。大量のホムンクルスと空飛ぶ剣が防衛機能を攻撃し、僕達を助けてくれる。
ありがたい、これならより早く進める。
「! シラヌイストップ!」
気配察知に反応があった。頭上から、大きな敵が落ちてくる。
硬質な素材でできた巨人、ゴーレムか。どうやら、防衛機能の中でも上位種みたいだな。
『ギギギ!』
ゴーレムがその剛腕を振り下ろし、足場を壊してくる。パワーだけならなるほど、フェイスに匹敵する物があるな。
だけど、その程度で臆する物か。
抜刀術で一刀両断し、真っ二つにしてやる。母さんが力を貸してくれたこの刃に、切れない物などない。
ただ、一体倒したらまた次々とゴーレムが。フェイスめ、遊び好きもいい加減にしてくれ。
『二人とも伏せていろ!』
リージョンの警告の後、空間に裂け目が現れた。
塔の中の空間が歪んでいるせいなのか、不安定なゲートが開かれる。その中にゴーレムが吸い込まれて、圧力に潰され消えていく。
『進め、雑魚にかまうな! 俺達がお前達を守る! 早く行け!』
「助かる!」
魔王四天王の援護、頼もしいな。
僕達は三人の援護を受けつつ、ポルカが待つ頂上へ急いだ。
同時に、肌にぴりつくような威圧を感じる。……どうやら、あいつもここへ到着したようだな。
二度目となる、勇者戦が近づいていた。
◇◇◇
「ふぅ、ようやく到着か。意外と時間かかったな」
俺ことフェイスは、長いゲートをようやく渡り終えて、幽玄の塔に到着していた。
幽体状態できたせいか、体が軽いな。まぁ霊体なんだし、体重自体無いも同然か。
さてと、外の様子はどうなってるかね。生み出した兵士軍が千人でも魔王軍をぶっ殺してたら楽しいんだけど。
空飛ぶ戦艦も用意したし、いくら魔王でも夜襲にゃ対応できないだろ。
『はーっはっは! 脆い船達だなぁ、ほらどんどんでてこーい!』
……なんだ、あれ? 異常に早い戦艦が俺の軍艦を体当たりで駆逐しているんだが。
んでもって街は? 全然壊れてねぇな。翼の兵士達も殆ど無力化している。
「なるほど、魔王の力で動きを止められたのか」
って事は、全然死んでねぇのか。へぇ、魔王軍やるなぁ。
んでもって、下の方に四天王が居やがる。能力使ってるなら奪ってやりたいところだが、物陰に隠れちまってて見る事が出来ない。これじゃエンディミオンのコピーも無意味じゃねぇか。
「あーらら、当てが外れちまったか」
本当なら全部逆の結果になって、辺り一面焼け野原の予定だったんだがな。流石に魔王の目の前じゃ上手く行かないか。
ま、別に魔王軍ぶっ倒すのが目的じゃないし、大まか戦力の具合が分かればそれでいいや。
俺のゲームの勝利条件は、別にある。一つは、あのクソガキの始末だ。
「さぁて、久しぶりだな、クソガキ」
捕まえたクソガキは、塔の天辺でクリスタルの中に封じ込めている。こいつの命を利用して作り出したゲートタワーだ、継続時間はあと一時間ってところかな?
こいつには、両親から存在を否定される悪夢を見せている。あの両親が大事に大事にしている愛情とやらをぶっ壊して、否定するためにこいつを殺してやる。
そしてこいつの死体を渡して、あいつらの心も破壊してやる。それが俺のゲームの、勝利条件その一だ。
んで、二つ目の勝利条件が……近づいてきているな。
「こんなあからさまな挑発にのるとは、相変わらず単純な奴だな、ディック」
大規模な騒動を起こせば、当然ディックは乗ってくる。俺に殺されるためにな。
あいつを完膚なきまでにぶっ殺して、この胸糞悪さを解消する。それが勝利条件その二だ。
ま、どちらも達成して俺の勝ちになるんだけどな。たかが魔王軍風情に、聖剣に選ばれた勇者様が負けるかよ。
それにこの体は、エンディミオンの魔力であらゆる攻撃を透過して、俺の攻撃だけが一方的に当たるようになっている。ワンサイドのバーベッドゲームだな。
「んじゃ、待っててやるか。にしても、勝つのが分かり切ったゲームってのも」
退屈でつまらねぇな。
◇◇◇
「見えたわディック、頂上よ!」
四天王の援護を受けて、ようやくポルカの待つ場所へ到着した。
固く閉ざされた扉を粉砕し、頂上の部屋へ飛び込む。そこには囚われの身となっているポルカと……まるで他人事のようにたたずんでいる、フェイスが居た。
「よう、また会ったな。あれだけやられたのにまだ俺に歯向かうなんて、大した奴だよお前は」
「あいにく、諦めが悪い性格をしていてね。……ポルカを返せ」
「ポルカ? 誰それ」
「お前がとらえたその女の子だ」
「へぇ、そんな名前だったのか。興味ないからわからなかったわ」
そんな事だろうとは思っていたよ。
見た所、また自慢の仲間はいない。確か魔王は、幽体の状態と言っていたな。
「本体の守りに当てているのか」
「まぁな。この状態の俺は無防備なんでね、本体がやられたら痛いし、なにより気分が悪い。それにあいつら邪魔だしな。思い切り暴れるためにはさ」
「仲間を当てにしていないのか」
「当然だ。そもそもあいつらの価値がなんだかわかってんだろ? 俺の性欲を満たすための捌け口さ。それ以上の理由なんか求めちゃいないよ」
……だろうな。こいつは誰も信用しないし、あてにもしない。仲間なんて上辺だけで、せいぜいコレクション程度の感覚でしかないんだ。
「んで、お前はどうしてこんなのに必死になってるわけ? 赤の他人じゃん」
「他人じゃない。今、一緒に住んでいる」
「私達と一緒にね」
「はぁ? 何、家族ごっこでもやってんの? ははっ! ははははっ! なんだこの笑い話、お前ら俺を楽しませるためにここに来てくれたの? 最高のジョークだぜ!」
フェイスは最高に下卑な笑みを見せ、僕らを嘲笑った。
「赤の他人同士が肩寄せあって? お父さんお母さんって呼び合って? そんなくだらない事してたのかよ」
「……そうだな、お前にとってはくだらない事だろうな」
「だけどね、私達にとっては、とても大事なことなのよ」
シラヌイは杖を振るい、炎を出した。
「その子は短い間だけど、私達の娘になってくれた。ポルカには沢山の幸せを貰ったわ。あんたにだけは、その幸せを否定させたりはしない。させるものですか!」
「幸せだぁ? ほんの一週間ちょっとで随分のぼせた事をぬかすなぁ」
「大事なのは過ごした時間じゃない、短くても、深く心でつながる事が大事なんだ」
もうこれ以上の会話は意味がない。こうしている間にもポルカは苦しんでいる、さっさと始めよう。
拳を握りしめ、フェイスに近づく。ハヌマーンを手にしてから、ずっとやりたかった事があるんだ。
「お? 何、俺を殴るの? いいぜ、ハンデで一発食らってやるよ。さ、思い切りやってみ。倍返しにしてやるからさ」
「そうか、じゃあ遠慮なくやってやる」
僕は走り出し、フェイスに肉薄する。奴は薄ら笑いを浮かべていたけど、僕のハヌマーンを見て、顔色を変えた。
ようやく理解したか、だがもう遅い!
「フェイス、僕がお前にやってやりたかった事、なんだかわかるか?」
それはな……その薄ら笑いを思い切り殴り飛ばす事だよっ!!!!
渾身の右拳が入り、フェイスの頭蓋が歪む。思い切り振り切れば、フェイスの体が何回転もしながら地面をはじけ飛び、壁に思い切り衝突する。
「ぐはっ……がはっ!? な、んだこれっ……!? 痛ぇ……痛ぇぇぇぇっ!!!???」
「その痛みは、今まで僕が受けてきた屈辱の分だ」
僕の分はそれ一発で勘弁してやる。次からは、母さんとシラヌイとポルカの分だ。
「僕の大事な人たちを侮辱し、傷つけ、利用した報い! その体にしっかり受けてもらうぞフェイス!」
さぁ、逆襲の時間だ!