48話 ディックよ、四天王と共に戦え!
僕ことディックが帰宅する頃には、すっかり夜も更けていた。
随分無理して連れまわしてしまったし、ポルカを寝かしつけないと。
沢山はしゃいでいたからね、きっと疲れたんだろう。眠そうな顔で目をこすって、パジャマもまともに着れていない。
ほら、ちゃんと着替えないと眠れないよ。
「さ、ポルカ。袖を通して」
「ん……あふぅ……」
だめだこりゃ。半分夢の中に入っちゃって、どうしようもない。
着替えさせると、ポルカは僕に腕を伸ばし、しがみついてきた。
「おとーさん……だっこぉ……」
「はいはい、おいで」
僕を父親と間違えて、ポルカが腕の中に納まる。仕方ないな、少しだけだっこしていよう。
昔母さんも、僕を同じようにしだっこしてくれたしな。
「ディック、ポルカ寝た? って、甘えちゃって」
「少しだけいいだろ? ポルカにまでヤキモチやくのは勘弁してほしいな」
「別にやいてないし。……ほんとだし」
じゃあなんで僕の隣に座るんだい? でもって袖を引っ張るのはやめて欲しいな。
「ポルカくらいの年頃じゃ、まだまだ両親に甘えたいだろうからね。母さんも僕を甘えさせてくれたし、子供の頃は誰かに甘えていないと」
「ま、今ならその理屈も分かるな。子供に優しくすると、私も気持ちいい気分になるし」
ポルカを撫で、シラヌイは柔らかな表情を浮かべる。彼女も肌を重ねてから、もともとの優しさが強調されている気がする。
この子が来てくれたおかげで、僕達はより関係を深める事が出来た。そう強く感じるな。
「さ、もう寝かせよう。ポルカもすっかり夢の中だ」
「そうね、じゃ、おやすみポルカ」
シラヌイがポルカにキスをしたのを見届けてから、ゆっくりベッドの中へ。また明日も、この子にとって幸せな日になるといいな。
そう思った時だった。
ポルカの体から、黒いオーラがほとばしったのは。
僕らが驚く間もなく、オーラがポルカに巻き付いていく。助けようと手を伸ばしたけど、強い力ではじかれてしまった。
後に残ったのは、ポルカの羽一枚だけ。彼女の姿が消え、愕然とする。突然、何が起こったって言うんだ……?
「これは一体……!?」
「外からも何か聞こえる! 行きましょう!」
急いで外へ出ると、バルドフの中央広場から影があふれ出し、巨大な塔を作り出した。
その天辺には、ポルカが囚われている。
「ポルカ!? 何、何なのあの塔は!?」
「分からない……ん?」
ベルトのバックルが光り出すなり、ハヌマーンが飛び出してきた。
僕に装備されると、ハヌマーンはゆったりとした口調で、
『虚無の魔導具の力を感じる。主よ、我が倒すべき敵の気配だ』
「虚無の魔導具……! じゃああの塔は」
「フェイスの作り出した物ってわけ?」
塔から影の魔物が現れた。翼をもった、鎧を着こんだ魔物だ。
まさかフェイス、ポルカを利用してバルドフに攻撃を仕掛けてきたのか?
「くそ、行こうシラヌイ!」
「ええ!」
まずはバルドフの避難を進めないと!
◇◇◇
「見つけた……あのクソガキだ」
俺ことフェイスが取りこぼしたガキを見つけるのに、そう時間はかからなかった。
このクソ親子は、随分とまぁ愛情とやらで結ばれていたらしいからな。こいつらの互いを求めあう感情を利用すりゃあ、探し出すのは簡単だ。
でもってクソガキは、両親と離れ離れになった事で心に隙が出来ていた。寂しいって虚無の感情がな。
そいつをエンディミオンで増幅させてやりゃあ、魔王軍を内側から壊す術を使う事が出来るって寸法さ。
まぁ反動でガキも両親も死ぬかもだけど、別にいいか。
「どうせまだ生きてるんだろ? ディックちゃんよ」
お前の事を考えるだけでイライラするんだよ、目障りだ。そろそろ息の根を止めてやる。
魔王軍は残してやるさ、まだまだ戦争は続いて欲しいからな。だけどディック、お前は殺す。愛情だかなんだかに縛られたお前との付き合いを、ここで消してやるよ。
「さてと、バルドフへ攻め込むとしますか。ディックをぶっ殺しにな」
◇◇◇
「邪魔だ!」
「どけぇ!」
僕とシラヌイは、塔から出てくる翼の兵士達をなぎ倒しながら、住民達を避難させていた。
翼の兵士はたいして強くないが、数が問題だ。無限とも思えるくらい際限なく出てきていて、倒してもきりがない。
「ディック、シラヌイ! 加勢に来たぞ!」
「……北方向の民は皆避難させた。もうじきメイライトも来る」
リージョンとソユーズが合流してきた。二人が通った後には、無残な姿になっている翼の兵士達が。
魔王四天王が勢ぞろいしている今、そう簡単に突破される事はないはずだけど……この数はこたえるな。
『うーん、突然いやーな予感がしたかと思ったら、まさかこんな事が起こるなんてにゃあ』
すると、魔王の声がバルドフに響き渡った。
「魔王……戦うのか?」
これまで玉座におさまっていた魔王の力を、ここで見れるのか?
そう思うなり、翼の兵士達が急に苦しみ始め、次々に墜落していく。魔王の力の一端か?
「皆、ここに居たのねぇ。魔王様がお呼びよぉ、急いで魔王城に行きましょうかぁ」
メイライトがやってきて、伝言を伝えてきた。
フェイスの急襲に対応できるのは魔王四天王と、ハヌマーンを持つ僕だけだ。なんとしても止めないと!
◇◇◇
『翼の兵士達は今の所、ワシの力で抑え込んでるよん。民たちの避難場所も結界を強化しているし、当面の問題は解消できたにゃあ』
謁見の間に着くと、魔王は間延びした声でそう伝えた。
この騒動を前にこの余裕、魔王と言うだけあって、まるで焦りが見えない。
『これは勇者フェイスの仕業だねぇ、エンディミオンでポルカの心を探知して、寂しい気持ちとかに付け込んで、呪術を仕掛けたんだろうさ』
「やっぱりフェイスか……けどどうして、ポルカの居場所を探れたんだ」
『簡単さぁ、あの子の両親を利用したんでしょ。ポルカを心配する気持ちを利用して、ここまで探知を広げた。そう考えるのが妥当さ』
じゃあポルカの両親は今、フェイスの所に居るって事か?
フェイス……人の、大事な人を思う心に付け込んで……! 卑劣な奴め!
「魔王様、勇者の目的はなんでしょうか」
『うん、あの塔を通して、こっちに近づく気配がある。フェイスだね。きっとあの子と両親を利用して、バルドフへつながるゲートを作ったんでしょ』
「ゲートだって?」
『エンディミオンの力があれば可能さ。ただ、来るのは多分幽体状態のフェイスさ。安全なところから、この魔王様のお膝元を争うって算段なんだろうね。いい度胸しているじゃないの、かつてのディッ君のリーダーは』
あの野郎、また狡猾な方法で攻めてくるつもりか。
『エンディミオンの不死の力を利用して大胆に攻め込むつもりみたいだねぇ。しかも一人で来てるって事は、ワシを殺しに来たわけじゃない。さしずめ、バルドフを荒らすだけ荒らすためだけに来ている。ようは遊び半分で攻め込んでいるわけだ』
「くっ……また遊びだなんて……!」
「随分自由な勇者ねぇ。お姉さんも流石にかちんと来ちゃうわぁ」
シラヌイとメイライトが不快な顔をする。ソユーズは僕を見やり、
「……遊び半分でここへ来るという事は、ディック、お前を最優先で襲いに来るのではないか?」
「ふむ。魔王様の首が目的でないのなら、有り得る話だ。魔王軍を削り、そしてディックを殺す……奴が考えそうなゲーム内容だろう」
「……確かに、あいつが考えそうな事だ」
目的が分かりやすいだけに性質が悪い。それにこれだけの大規模な魔法だ、ポルカの命も危ないんじゃないか?
ポルカが残した羽を握り、塔を見やる。……あの塔に、ポルカが……!
「ポルカの命は……大丈夫なのか?」
『危険だね。あの魔法は、生贄の命を代償にしている。急がないとポルカが死んじゃうだろうね』
「くそっ!」
こうしちゃいられない、ポルカを助けに行かないと!
『まぁお待ちなさいな、ディッ君。これから命令を下すから。熱くなりすぎたら、勝てる戦も勝てないよ』
勇み足になっていた僕を、魔王が止めた。
『まず結論から言うと、ワシの力があれば、騒動を止める事自体はできるよ。ポルカの命を犠牲にしていいのなら、の話だけど』
「!?」
『ワシ魔王だよ? こんな勇者の子供だまし程度に負けるわけないじゃん。でもねぇ、あの勇者は遊び半分でこのバルドフに攻め込むような男だ。ワシが出張った所で、「あ、負けたか。でもしょうがないかーははー」で終わらせちゃうだろう。それじゃ、勇者に大ダメージを与えられない。むしろこっちはポルカを死なせて、部下二人に重大な傷を与えて終わってしまう。試合に勝って、勝負に負けてしまうんだ。どうせ勝つのなら、勝負にも勝たなきゃ意味がないでしょう』
……何が言いたいんだ、はっきり言ってくれ、魔王。
『って事で、勇者フェイスに一泡吹かせるために、ディックに命じる。魔王四天王を率いて、勇者フェイスを撃破せよ!』
「なんだって?」
僕が、シラヌイ達を率いて戦うだって?
『魔王権限で、一時的に四天王達の指揮権を君に譲る。彼らを好きに使うといい。勇者フェイスに大打撃を与えられるのは、彼と因縁のある君だけだ。そしてエンディミオンに立ち向かえるのも、ハヌマーンを持つ君だけ。なら、君を主体として戦うべき。意見ある?』
「いや、無い」
与えられた権限が大きすぎて面食らったけど、僕にとって願ったりかなったりな命令だった。
フェイスとは決着をつけなくちゃいけない、その機会を早々に得られたのは、むしろチャンスだ。
『遊び半分でここへ来た勇者の鼻っ柱をへし折って、返り討ちにしてやりなさい。それが君の任務だ、任せたよ。ディック!』
「……了解!」
僕の気持ちを汲んでくれて、ありがとう、魔王様……!
フェイスの心に、刃を突き立てる。そのためには!
「皆、一般兵の僕の下に付くのは、腹立たしいかもしれない……けど僕は、フェイスに勝ちたい。そのためにも、お願いだ! 僕に力を貸してくれ!」
「ふっ、当然だろう。お前ほどの男に命令を受けるのならば、むしろ歓迎だ」
「……我が友の頼み、聞き入れた。我に出来る事があるのなら、何でも言うがいい」
「お姉さんにまっかせなさい! 絶対ポルカちゃんを助けてあげましょうね!」
なんて心強い返事だろう。一人じゃない、そう思うだけで力が湧いてくる。
「さ、号令をかけなさいディック。あんたがリーダーなんだから」
「わかった……魔王四天王、作戦を開始する!」
『応!』
僕達は、ポルカを助けるべく飛び出した。