44話 幸せ(疑似)家族
私ことシラヌイが目を覚ますと、コーヒーのいい香りが漂ってきた。
むくりと起き上がり、まだ見慣れない部屋に驚く。ディックの家に来て二日だし、当然か。
「……落ち着かない」
四六時中あいつが傍に居るみたいで緊張する。向こうから持ち掛けた同棲だもんなぁ……それにほいほいついてきてしまう私って、もしかしてちょろい?
お腹を掻きつつ、リビングへ。そしたらディックの奴が朝食を準備している所だった。
ベーコンエッグにトーストにサラダ、おまけにコーヒー……ポルカ用のオレンジジュースまで完備か。どんだけ用意周到だ。
「おはよう、眠い?」
「……二日で新しい環境に慣れる度胸があると思う?」
「ごめん、急な申し出だったしね」
「別に嫌って言ってるわけじゃないからいいわよ。んで、ポルカは?」
「まだ寝てる。出勤時間もあるし、そろそろ起こそうか」
エプロンで手を拭い、ポルカを起こしに行くディック。その間に身支度を済ませる私。
んで、リビングに戻るとそこにゃあ……目をこすっておねむなポルカを連れたディックが居ると。
「むにゃ……おはよ……おかーさん……」
「ぐはぁっ!」
寝ぼけて私を母と間違えるポルカの一言がクリーンヒット! 大ダメージを受けて壁に額を叩きつけてしまった。
なんだこの幸せ家族の団欒は!? 破壊力デカすぎて胸が張り裂けそうなんだけど!
自慢の旦那にかわいい娘、でもってテーブルに並ぶあったかな朝食。なにこれ、マジでなにこれ!? 私の子供時代には全くなかった光景なんだけど!?
私が子供の頃、親なんか殆ど家にいなかったし、ご飯だってろくに与えられなかったし、こんだけ整った光景なんか夢物語だと思っていたくらいよ。
それがまさか、現実になるなんて……。
「あ、ごめんなさいお姉ちゃん……」
「いや、いいのいいの! ここに居る間は私がお……親代わりなんだし、気にせず呼んでちょうだい」
浮かれてばかりもいられない。あくまでポルカは一時的に預かっている子よ、自分勝手に浮かれてちゃダメ。
「さ、皆でご飯を食べよう。今日も一緒に魔王城へ行こうね」
「うん……いただきます」
三人で囲む食卓には、まだ慣れない。でもディックの作ってくれた朝食は美味しくて、ポルカもそれで思わず微笑んで。なんだか背景がオレンジ色に見える。幸せのオレンジ色。
「確か、角砂糖三つだったっけ? ミルクも多めだよね」
「そこまで熟知してんのかい。……正解だけどさ」
「お兄ちゃん、ポルカもコーヒー飲んでみたい」
「ん? 好きなのかい?」
「お父さんが飲んでたから」
「分かった、シラヌイと同じくらい、甘めに作っておくよ」
なんか子供扱いされた気がするけど、ポルカの手前黙っておこう。
という事で、二人そろってコーヒーを飲む。ちょっと苦かったみたいで、ポルカは渋い顔をしていた。
でも、離れ離れになった父親の面影を感じたのだろう。一生懸命に、カップ一杯のコーヒーを飲み切っていた。
◇◇◇
「シラヌイ様、失礼します! ポルカはいますか?」
「ポルカー、キャンディ持ってきたぞ、食べるか?」
「ディック、ポルカ貸してくれないかなぁ。羽がふわふわで抱き心地いいのよ」
んでもって出勤した後、ひっきりなしに部下がやってきていた。
家にほっぽりだすのもあれなんで、ポルカは私のオフィスに連れ込んでいる。そしたら兵士達の人気者になってしまい、気が付きゃポルカ目当てに沢山の部下が訪れるようになっていた。
あんたらねぇ、仕事しなさいよ仕事を。
「いい加減出ていけぇ!」
部下全員をファイアボールで追い払い、ぜいぜい息を切らす。もうこっちは気が散ってしょうがないってのに、ったく……。
「ポルカだって気が休まらないじゃないのよ」
「まぁ、魔王城の勤務に急に現れたアイドルだからね。暫くは騒がしくなるかも」
ディックは苦笑しつつ、ポルカを膝に乗せながら書類を片付けていた。
どうも収まりがいいらしく、ポルカは膝の上で大人しく座っている。ディックは時々書類をまとめる手伝いをさせて、役割を与えていた。
放っておくより、簡単な仕事を与えた方が子供としては安心できるのか。それに時々手品をしたりして、ポルカの相手もしている。
……イザヨイさんに沢山愛された奴だもんね、子供がどうすれば喜ぶのか、あいつはよく分かっている。
それに比べて私は、ポルカに何してやればいいのか分からない。昔から魔法の特訓しかしてこなかったし、それ以外の事を私はできないから。
「っと、ごめん二人とも、ちょっとだけ離れるよ」
「え?」
「これから打ち合わせがあるんだ、一時間くらいだけど、席を外させてくれ」
「あ、うん。わかった……って、え?」
それって、少しの間ポルカと二人きりってこと?
いやいやちょっと待って、私に預けられても困るんだけど!
心の声もむなしく、ディックはいなくなってしまう。ポルカと二人残され、私は悩んだ。
勿論、預かる決意をした身なんだし、乱暴する気はないんだけどさ……親からぞんざいな扱いをされた私に子供をあやせるのかなぁ。
気まずい……どうしよう。ポルカとどう話をしてやればいいんだろう。
「お姉ちゃん?」
「ふぁっ? あ、えーっと……あ」
そういや、一人で寂しかった時、これで遊んで紛らわせたっけ。
ポルカと目線を合わせて、両手を掲げる。そんでもって火の粉を出して、色んな模様を作ってみた。
♤、♧、♢、♡。トランプの模様を出してあげると、ポルカは手を叩いて喜んでくれた。
「わぁ、綺麗!」
「そう? 炎のあやとりって言うんだけど」
炎魔法の基礎を利用した単純なお遊びなんだけど、ポルカは目を輝かせて見入っている。
別に難しい技術じゃないし、練習すれば誰にだってできる。ちょっと教えてみようかな。
「魔法は使える?」
「うん、お母さんが教えてくれた」
「じゃあ、頭の中で作りたい模様を描いて、火を出してごらん」
ポルカは嬉々としてやりはじめた。思ったよりも筋がよくて、あっという間に橋や鳥と言った複雑な形も描けるようになる。
この子、結構魔法使いの素質あるかもしれないわね。
「ねぇポルカ、ちょっといい?」
って事で訓練室に移動して、魔法を教える事にした。と言っても私は炎魔法しか使えないから、ファイアボールを使えるようにするだけだけど。
「基礎の魔法だけど、使いこなせれば大きな武器になるわ。やってみて」
「うん……頑張る!」
基礎魔法とは言え、ポルカは結構苦戦した。
自分の魔力を炎に変える。言葉にすれば単純だけど、それには徹底的なイメージトレーニングが必要になる。まだ幼いポルカには、炎のイメージなんて中々できないでしょうね。
「むずかしい……」
「んー、そうだなぁ。じゃ、これを見て」
という事で、指先にマッチくらいの火を出す。
「これをよく見て、イメージして。炎を操るんじゃない、火と友達になるって」
「火と、友達?」
「そ。火ってのはね、決して敵じゃないのよ。ポルカが朝食べたご飯も、寝る前に当たっていた暖炉も、全部火のお陰でしょう? 乱暴に扱うから傷つくのであって、大事に扱えば私達を手助けしてくれるものなの」
「……じゃあ、ポルカが優しくすれば、火も優しくなる?」
「なるなる! 大事なのは、火を抱きしめるイメージよ」
「……うん」
ポルカは目を閉じ、手を翳す。そして、
「ファイアボール!」
手のひらから小さな火球を出し、火花を散らせた。
思わず嬉しくなって、私は拍手してしまった。
「上手上手! 良くできたじゃない!」
「えへへ……ポルカ、火と友達になれた?」
「なれたなれた! 凄いわよ!」
……あ、なんだ。難しい事じゃないじゃない。ポルカとの接し方。昔私がやってほしかったことを、そのままこの子にやってあげればいいだけだったんだ。
私はずっと、褒められたかった。頭を撫でて、「凄いね」って言ってほしかった。だから、ポルカにもそうしてあげればいいのよ。
「きっと将来は凄い魔法使いになれるわ。この調子でがんばりなさい」
目いっぱいポルカをほめて、頭を撫でてあげる。昔、私がずっとしてほしかった事をしたら、ポルカははにかんだ笑顔で喜んでくれた。
そしたら、胸の中がぱぁっと明るくなった。
この子には、昔の私みたいに傷ついた記憶なんか残したくない。昔の自分が救われるくらい、幸せになってもらいたいな。
「そっか……簡単な事よね」
恐がる事なんてないわ。だって私も最近、ようやく愛される喜びが分かったんだもの。
ディックが私にしてくれる事を、この子にもしてあげればいい。子供には、重いくらいの愛情を注げばいいだけなのよ。
そう思うと、ポルカが可愛くて仕方なく思えてきた。ぎゅっと抱きしめて、胸に押し付ける。私も子供の頃、親からこうしてほしかったの。
「私と居る間、沢山抱きしめてあげるから。遠慮なく甘えてきなさい」
「……いいの?」
「勿論。まだ出会ったばかりだけど、今だけは貴方のお母さんだから」
預かっている間、たっくさん楽しい事をしてあげよう。私はそう思っていた。
 




