43話 同居生活の始まり。
僕ことディックは、部屋の掃除に勤しんでいた。と言っても普段から掃除しているから、改めて綺麗にするところなんかないんだけど。
今の住まいは魔王軍の社宅だ。結構な贅沢空間で、一通りの家具や調度品が揃っている。特に僕は急な入居だったから、家族向けの広い部屋を借りているんだ。
「今となっては助かるけど……こんな感じか」
家の中はこざっぱりとしている。殺し屋時代の習慣で、クライアントや仕事の証拠を残さないよう、余計な物をおかないようにしているんだ。
それに母さんがいつもせき込んでいたし、埃一つ残さないよう、徹底的に掃除したものさ。
にしても、改めて部屋を見渡して思う。……殺風景な部屋だ。
でもこれから綺麗な花が二輪も来てくれるし、少しは彩よくなるかな。
「ん、考えれば影か。開いているよ」
『……お、お邪魔します……』
扉を開けると、顔を赤くしたシラヌイに、緊張気味のポルカが入ってくる。
暫くの間、僕らは三人で暮らす事になっていた。
◇◇◇
事の始まりは、ポルカの見舞いを終えてからだった。
「何? あの翼の娘を預かるだと?」
僕はシラヌイと一緒にリージョンにその旨を伝え、相談する事にした。
「あの子はフェイスに襲われて、母さんや父さんを奪われた。それを知った以上、放っておくことはできないんだ。フェイスが関わっているのなら、僕がポルカの問題を解決したい。……これ以上、あいつの思い通りにさせたくないんだ」
「むぅ、気持ちは分からないでもないが……翼の娘は人間を恐れているのだろう? お前と同居するとなると、精神的につらいんじゃないか?」
「そこはシラヌイと一緒にどうにかするつもりだ」
「はい? 私なんにも聞いてないんだけど」
「だって伝えようとしたらメイライトを追いかけるんだもの、説明する暇もなかったしさ」
ちなみにメイライトはこんがりと焼きあがったみたいだ。
「シラヌイ、ポルカの件が解決するまで、三人で一緒に暮らそう」
「あーそう言う……え? は、えええっ!?」
シラヌイの顔が爆発した。確かに突拍子もない案だけど、今のシラヌイとならできるはずなんだ。
「あ、あんた……こいつの前で何ぬかしてんの!? それって、それって要はその……同棲って事じゃ……!?」
「同棲とはちょっと違うよ。ポルカが落ち着くまでの間協力して欲しいだけで、まだそこまで考えているわけでは」
「考えろっ!」
いたっ、みぞおちにパンチを食らってしまった。
「……ディック、よそ様の子供連れ込んでいる以上、致すならちゃんと寝入った時にしろよ?」
「あんたも何言ってんだぁぁぁっ!」
はい、本日二人目の丸焼き被害者の出来上がり。リージョンも一言余計なんだよなぁ。
「ともかく、ポルカはフェイスのせいで心に傷を受けている。同じ境遇の子が集まる施設より、マンツーマンで面倒を見れる環境の方がポルカのメンタルケアになると思うんだ」
「……げほっ……フェイスの事となると、目の色が変わるな……」
「ああ。僕は二度とあいつに負けないと決めた、ポルカの傷を癒せないようじゃ、あいつに勝つことは絶対にできない。フェイスに勝つために、僕はどんな些細な事でもやっておきたいんだ」
「……なるほどな。お前の意志は分かった。シラヌイは?」
「えっ!? ま、まぁ私も同じ気持ちだし、別に協力してやってもいいわよ。決して一緒に過ごせてラッキーとかそんな事思ってるわけじゃないから勘違いしないように!」
「おいディック、お前の迂闊な一言のせいでシラヌイの態度が後退しただろうが。少しは考えて発言しろ」
「いや、真面目に考えてはいるよ。まずポルカとどう接するかちゃんとプランを立てないと」
「そう言う事じゃない。お前もお前でかなりの天然野郎だな全く……」
んー、確かにソユーズ達からも言われるけど、そんなに僕は天然だろうか。
ともあれ、これが僕とシラヌイが一緒に住む事になった経緯だ。
◇◇◇
というわけで、私ことシラヌイは、ポルカの心の傷が癒えるまで、ディックと一緒に住む事となってしまったわけだが……。
「大丈夫落ち着け私……これはポルカが元気になるまでの辛抱……大丈夫落ち着け私……こいつは決して変な意味で呼び込んだわけじゃない……大丈夫落ち着け私……」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「ひゃいっ!? いいいやなんでもないからっ!」
ポルカの声でびっくりしてしまった。そうそう! 目的はポルカを癒してあげる事で、決していやらしい事が目的ではないわけで! いつものこいつのど天然お節介が発動しただけだから! 何も緊張する必要はないんだからぁっ!
って私は誰に対し言い訳してんだごるぁぁっ!
「……お兄ちゃん、お姉ちゃんが暴れてるけど、どうしたの?」
「シラヌイ、ポルカが怯えているから落ち着いて」
「はっ!? べ、べっつにぃ、なんでもありませんけどぉ?」
こんな時、誘われた女はどうすればいいの? お願い誰か教えてぇ!
「二人の部屋は用意してあるから、自由に使ってくれ。昨日ソユーズと一緒に家具を買い込んだんだ」
「あんた、あいつと仲良いわね……そんな、家具買う程金あるわけ?」
「貰った給料殆ど使ってないから。この間ボーナスも出たけど、貯金してそのままだし」
フェイスと違ってこいつ、本当に質素よね。部屋の中も殺風景だし、買う物つったら剣の手入れ道具くらい? 倹約家なのはまぁ、将来の事思うと頼もしいけど……だから違うってぇのぉ!
……案内された部屋はきちんと私らの趣味に合わせていて、私の部屋には魔導書が詰まった本棚や、最近はまっているアロマセットが。ポルカの部屋には天蓋付きの子供用ベッドに、ぬいぐるみが沢山。おまけに飴の缶詰まで置かれていた。
事前調査して用意したんだろうけど、準備良すぎだ馬鹿野郎。
「他にも必要な物があったら言ってくれ、すぐに準備するよ」
「あんただけ負担すんじゃないっての、私も出すから」
「けどここは僕の家で、君達は客人だ。客人にお金を使わせるわけにはいかないよ」
「なら私はあんたの上司よ、上司命令には従いなさい」
「プライベートにまで上司権限を出さないでくれよ。都合悪くなるとなんでも上司命令にするのはよくないよ」
「にゃにおう? こうでもしないと無茶する誰かさんが居るからでしょうが」
「君のための無茶は無茶じゃない、むしろ君のほうが……いや、これ以上はやめよう。子供の前だ」
「おっと……ごめんね、ポルカ」
大人げない喧嘩しちゃったわね、恐がってないかしら。
心配とは裏腹に、ポルカは少しだけ笑っていた。
「ごめんなさい……でも、お兄ちゃんとお姉ちゃん見てたら、お父さんとお母さんを思い出したの。ポルカのお父さんとお母さんも、楽しそうに喧嘩してたの。『君のために買ったケーキなんだから君が食べろ!』『私が昨日つぶやいていた事覚えててありがと、でもこんな高いの食べられない。あーんしてあげるから貴方が食べなさい!』って」
それどんな会話? こんな子供が覚えるくらいだから相当似たようなやりとりしてたんじゃない?
……ん? ちょい待て。私らの言い争いって、もしかしてポルカの両親と同レベル?
「二人は仲良しだったんだな」
「うん!」
頭を抱えてもだえる私の横で、ディックとポルカが微笑ましいやり取りをしている。
おいディック、あんたも気づけ。私ら本気の喧嘩してるのに、周りから痴話喧嘩だって思われてんのよ。これじゃ私らが仲良しカップルみたいに思われるじゃない!
こいつが好きでも四天王としての威厳を考えたら面目丸つぶれなんだけどぉ!
せ、せめて共同生活の間、主導権は私が握らなければ。折角最近こいつから優位とれてるのに、またマウント状態になるのは勘弁してほしい。
「あ! 果物用意してるなんて準備良いじゃない。よし、じゃあ私が剥いてさしあげよう」
「君が言いだすなんて珍しいね……ってシラヌイ! その桃はだめだ!」
「え?」
私がナイフを入れた瞬間、桃から炭酸水がふきだし、目に直撃した。
濁った悲鳴を上げてもんどりうってしまう。ちょ、これスパークリングピーチじゃないのよ!
「君が好きって言っていたから買ってみたんだけど」
「それなら早く言ってよぉ……目が、目が痛いぃぃ……」
「落ち着いて、ほら、目を拭くから」
目の痛さに耐えかねて、ディックに甘えてしまう。ちくしょー……これで完全に主導権握られた……もう私、死ぬかも……。
「お兄ちゃんとお姉ちゃんって、仲良しなんだ。お父さんとお母さんみたい」
「……まぁね。君の家族を取り戻すまで、僕達が君の家族になるよ」
うぅ、こいつ飛躍した話をしおってからに……。
ちょっとの間でも、ポルカの母親代わりか。私に務まるのかなぁ。
ディックは問題ないでしょう、イザヨイさんから沢山愛されてたし、どうやって子供に接すればいいかわかっている。
でも私は……親から見放され、ネグレクトを受けて育った。
虐待を経験して育つと、子供にも虐待を繰り返すって聞いた事がある。もしかしたら私、ポルカに酷い事をしてしまうかも。
十分注意するつもりだけど……やっぱり、不安は尽きないわね。




