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42話 ドヤ顔シラヌイ

 あの子を保護して、三日が経った。

 僕ことディックは、シラヌイと共にあの子のお見舞いに行くことにした。

 戦災孤児の施設には手続きを済ませたのだけど、医師から体力を回復させてから移動させるべきと言われ、今はバルドフの病院に入院していた。

 それに身体的なダメージより、精神的なダメージが大きいらしい。急な環境の変化は強いストレスになるし、まずは気持ちを落ち着かせないとな。


「それでディック、あんたどうすんの? また恐がられちゃうんじゃない?」

「大丈夫、事前に病院側と相談してある。むしろ、あの子から会いたいそうなんだ」


 看護師経由で事情を説明したところ、あの子は「助けてくれた人に酷い事をした」って後悔したそうだ。人間は恐いけど、一度僕に会って、謝りたいんだって。


「お土産に果物を持って行こうと思うんだけど、どうかな」

「いいんじゃない? 今ならスパークリングピーチが売ってるはずだし。私あれ好きなのよ」

「スパークリングピーチ?」

「実の中に炭酸を蓄えた桃よ。一口かじるとしゅわしゅわな果汁がはじけて美味しいのよ」


 ナイフを入れた瞬間果汁が噴出しそうだな。少なくとも病院に持って行ける果物じゃないし、それは避けておこう。

 適当に果物籠を見繕ってもらい、あの子が待つ病院へ向かう。個室病棟へ向かうと、あの子がベッドで座っていた。


「ぴっ! ……あ、お兄さん……?」

「やぁ。気分はどうかな?」

「……恐がって、ごめんなさい……」


 僕を見るなり、怯えながらも謝ってくれた。

 なにも謝る事なんてないのに、いい子だな。こんな子をフェイスは虐げたのか……。


「大丈夫、怒っていないよ。君が元気ならそれでいいさ」

「本当に? 本当にポルカを、怒ってない?」

「ポルカ? 君の名前かな?」

「あ、うん……ポルカは、ポルカだよ。ポルカ・クリードって言うの」


 ポルカ・クリードね。うん、覚えた。

 僕らも自己紹介をして、リンゴを剥いてあげる。このくらいの女の子なら、ウサギにすると喜ぶかな。


「あんた、やっぱ器用ね」

「やってみる?」

「やめとく。病院で怪我するわけにゃいかないでしょ」


 一応、シラヌイには料理を教えているんだけどな。まだ細かいのは苦手か。


「はいどうぞ。足りなければ新しく剥くよ」

「……うん、いただきます」


 手を合わせて、おずおずとリンゴを食べ始める。食欲はあるのか、少し安心した。


「……お兄ちゃんたち、食べないの?」

「君に持ってきた果物だからね。ゆっくりでいいから、おあがり」

「子供が細かい事気にしないの。バナナでよければ私が剥くわよ」


 それ誰だって剥けるでしょ。そう言いかけたけど、サキュバスのシラヌイに言うとちょっと卑猥になるな。危うくリージョンみたいにセクハラになるところだった。


「……じゃあ、食べて。ポルカ、一緒に食べたいから……お父さん言ってたの。仲直りには、一緒に食べるのが一番だって……」

「そう言う事なら、貰おうかな……」


 随分気にしていたみたいだな。とても心根が優しい子だってわかる。


「病院、どうしよう。ポルカお金がないの……」

「平気だよ、お金に関してはどうにかするから。今はゆっくり体を休めるんだ」

「なんかあったら私らを呼びなさい、シラヌイとディックって前置きしとけば、私達に連絡がいくようにしておくから」

「うん……ありがと……」


 ポルカの表情は暗く、元気がない。うっすらとだけど、背後にフェイスの幻影が見えた気がした。

 この子はフェイスに心を縛られている。大好きだった母さんや父さんを突然奪われたんだ、受けた傷は大きいに決まっている。


「あのね……ポルカのお家はね、不思議なお守りがあったんだって。でも、勇者って人はね、聖剣でお守りを壊したんだって。それで、ポルカたちを捕まえるって……悪い事している人だから、捕まえて牢屋に閉じ込めるんだって……」

「……随分な建前ね。どう考えても人売りに出す気満々じゃないの」


 シラヌイは腕を組み、不快感をあらわにした。

 あいつには僕と違って、ブレーキ役が居ない。ただただ褒め称え、増長させる女を従えているから、日に日に態度がエスカレートしているんだろう。


「お父さんね、勇者と戦ったの。でもね、勝てなくてね、お母さんが逃がしてくれてね……ポルカ……ポルカっ……!」

「もういいよ、無理をしないで。……ありがとう、僕達に助けを求めてくれて」


 必死になって嫌な記憶を話すって事は、そういう事だ。僕達に助けてくれって、必死にすがっているんだろう。

 うん、わかった。任せてくれ。

 シラヌイと頷きあい、二人でポルカの手を握った。


「約束する、必ず君のお父さんとお母さんを助けるって。捕まった人たちも皆、必ず取り返す」

「だから貴方は大船に乗った気で居なさい。って、ちょっと言葉が難しかったか」

「本当に? 本当にポルカを、助けてくれるの?」

『当然』


 フェイスが関わっていると知った以上、見て見ぬふりはもうできない。

 今の僕には、聖剣に対抗する力がある。その力で、必ずこの子を救ってみせる。

 リベンジを必ず果たしてみせるぞ、フェイス。もう僕はお前なんかに、絶対負けない。


  ◇◇◇


 病院を後にして、僕達は今後の方針を話し合う事にした。

 まず最終的なゴールとしては、フェイスに囚われた人達の開放、そしてフェイスの討伐だ。

 前ならいざ知らず、ハヌマーンを手にした僕ならフェイスと戦える。シラヌイもフェイスの能力を無視して戦えるし、二人でならあいつを倒せるはずだ。

 ただ、問題になるのは囚われた人達の開放か。


「もう事件から三日も経っている、あいつの事だからとっくに売り払っているだろうしな……今のうちに、人間領にいる草を利用して調査しておこう」

「それが良いかもしれないわね。まずは位置情報だけでもとっとかないと」


 人間領内にはスパイを幾人も放っている。彼らとやりとりして、有翼人種の奴隷が居ないかどうか確認しよう。

 有翼人種はとにかく目立つ、隠し通すのはほぼ不可能のはずだ。


「具体的な作戦はおいおい考えておくとして、もう一つ、やっておきたい事もある」

「ポルカの傷を治す事でしょ。体じゃなくて、心の」

「よく分かったね」

「もうあんたの事は大体わかるようになったわよ。あの子、母さんってつぶやいたんでしょ。それ聞いて、境遇重ねちゃったんでしょ。相変わらずマザコンねぇ」

「はは……だんだん君にも敵わなくなってきたな」


 僕と致したからか、彼女は妙な自信を身に着けていた。最近じゃ女性職員の恋愛相談も受けているようだし。

 ちょっと調子乗りすぎな気もするけど、かわいいから別にいいか。


「ふふん、今の私に敵はいないわ。何しろようやくサキュバスらしくなったんだもの、これまで処女サキュバスだのいくじなしだの言われてきたけど、もうそんな事言わせたりはしないわ」


 ……うん、ちょっとじゃなくて大分調子乗っているな。

 あんまり調子乗ると痛い目見ると思うんだけど。特に今、僕らの様子をうかがっている奴がいるし。ずっと僕の気配探知に引っかかっていたよ。


「んー? どしたのかなー? 私に頭あがらなくて悔しいんでしょ。んーまぁ、それを認めるならご褒美にキスくらいしてやってもいいけどぉ?」

「シラヌイ、扉扉」

「はい?」


 シラヌイが視線を向けると、扉越しににやにやとのぞき込んでいるメイライトの姿があった。


「…………」

「あ、シラヌイちゃん、私の事は気にしないで。ほらほらディックちゃん! 早く悔しいの認めてキスしてもらって! ちゃんと映像に収めておくから、ほらほら!」


 ……丸ほっぺ浮かべて、映像を記録する水晶を手に持つメイライト。目がめちゃくちゃ輝いている。……お前どんだけ楽しんでんだ。


「……ど、どどどどっから見てたの!?」


「最初から♡ あのうぶだったシラヌイちゃんが大胆になっちゃってぇ」

「ぬがーっ!? な、なんで黙ってんのよあんたぁ!」

「ごめん、言い出すタイミングを掴めなかった」

「はーいここで再生♪『んー? どしたのかなー? 私に頭あがらなくて悔しいんでしょ。んーまぁ、それを認めるならご褒美にキスくらいしてやってもいいけどぉ?』きゃー! ドヤ顔シラヌイちゃんってば、もうきゃわいーん!」

「殺すっ! あんたを殺して私も死んでやるぅ!」


 盛大に爆発しながら、シラヌイはメイライトを追いかけて出て行ってしまった。

 はは、強くなってもシラヌイは変わってないな。自爆癖を見るとちょっと安心するよ、僕の彼女は、確かにシラヌイなんだって実感できるからね。

 ……そうだ、今の彼女とだったら、ポルカの傷を癒せるかもしれない。

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