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41話 新たなる火種

 僕ことディックは少女を連れ帰り、医務室へ運んでいた。

 彼女の血は全部返り血で、外傷はない。だけど強く抱きしめられていたのか、腕に赤い痣が浮かんでいる。

 ……この子はさっき、「お母さん」と言っていた。きっと誰かの襲撃に遭った時、母親が必死になって守ったんだ。


「それで、転送術を使ってバルドフに……」


 同じく母さんを失った身として、いたたまれない気持ちになる。この子の様子から言って、お母さんはもう……。


「ディック? どうしたのよ、戻るなり医務室に駆け込むなんて。何があったの?」


 部下から報告を受けたんだろう、シラヌイがやってきた。彼女に少女の事を話すと、シラヌイも神妙な顔になった。


「わずかな情報だけで推理すると……戦災孤児かしら。有翼人種は人間の間だと、奴隷として高値で売り買いされてるみたいなの。多分奴隷商に襲われたのかもしれないわね」

「……可能性は高いな……くそっ……!」

「落ち着きなさい。この子を拾った以上、どうするべきか考えないと。……独りぼっちになっちゃったのよ、この子……大人の私達がちゃんとしなくちゃダメよ」


 シラヌイは親身になって対応している。尻尾の動きも弱弱しくて、この子の受けた悲劇に酷くショックを受けている様子だ。

 ……シラヌイの過去を思えば当然かもしれない。彼女も種類こそ違うけど、強い孤独を知る女性だから。


「まずは容体だけど、ドクター?」

「命に別状はありません。ただ、酷いショックを受けたのでしょうか。精神的な衰弱が酷いようでして……」

「精神的な衰弱?」

「この水晶を見てください。これは対象者の心の容態を見るものでして」


 ドクターが出した水晶を見ると、紫色に濁っている。平常時であれば緑色、怒りなら赤色、警戒状態なら黄色と、患者の心理状態を見るときに使う道具だ。


「紫色は恐慌状態……酷いショックを受けて衰弱している状態なのです。恐らく、目の前で同胞を酷く痛めつけられる様を見たのでしょうな。この年頃の子供には辛い光景です」

「……こんな事をする奴は、一体どこのどいつだ。もし現場にいたら……!」


 ……もうたらればの話はやめよう、過ぎ去った過去はどうする事も出来ない……メイライトの力でも、大きな時の流れは逆行できないらしいし……。


「ん……」


 少女が目を覚ました。彼女はぼんやりした目で辺りを見渡し、僕と目が合った。


「……やぁ、気分はどうかな?」


 僕は目線を合わせ、軽く声をかけてみた。そしたら女の子は酷く怯え始めた。


「や……や! 来ないで、来ないでっ!」

「え?」


 女の子はもんどりうって、危うくベッドから落ちかけた。

 どうしたんだろう、僕を見るなりそんなに怖がって。


「人間……人間、恐い……! 恐いの……!」

「……そうか、人間に追われたから」

「ディックが恐怖の対象になっているわけね」


 ちょっと配慮が足りなかったな、反省しないと。そう思っていた時だった。


「酷い事をされたの……奇麗な剣を持った人に……酷い事をされたの……! 勇者だって言って、村に入ってきて……嫌……嫌っ! いやぁぁぁっ!」

「勇者!? まさか、君を襲ったのは……!」

「あいつね……フェイス!」


 ……僕はこの出会いを受けた時、奴と戦う時が近づくのを、うっすらと感じ取っていた。


  ◇◇◇


 私ことシラヌイとディックは、一度医務室を後にした。

 意外なところからフェイスの因縁が繋がれるなんてね。でもちょっと気になる事がある。

 フェイスが現れた事から、あの子は人間領に居た事になる。有翼人種は臆病で、特に人間に対して警戒心が強いから、人里に居を構える事はないのだけど。


 それになんて言うか、あの子ってどんな種族なんだろ。

 首に黒い帯状の模様がついていた。昨今の有翼人種で、そんな模様がついている種族なんていないはずなんだけど。

 ……いや、そんな事はどうでもいいか。今はあの子の処遇を考えとかないと。


「……どうした二人とも、随分険しい顔をしているな」

「ソユーズ……実は」


 たまたま通りかかったソユーズに事情を説明すると、ソユーズはペストマスクを撫でた。


「……勇者フェイスの襲撃か。相変わらず、えぐい事をする勇者だな……」

「フェイスはともかく、あの子をどうするか考えないと。今夜は医務室に泊まってもらうとして……その後は?」

「……ふむ、状況からして身元がな……戦災孤児用の施設があるから、そこへ移すしかあるまい。最善とは言い切れないが、ともあれ安楽な場所を提供してやらねばな」

「それもそうか……今すぐ手続きしてくる」


 ディックはいそいそと走り出した。全く、自分と同じ境遇だから、お節介心が動いたみたいね。

 ……私としても気になるわ。今は混乱しているけど、落ち着いてきたら自分に起きた事を実感して、心が潰されるでしょうね。


「関わっちゃった以上、フォローしてあげないと」

「……酷なことを言うようだが、その娘のような境遇の子供は山と居る。一人一人に同情して回っていたら、お前自身が壊れるぞ」

「わかってる。でも分かっていたって、納得できないことはあるでしょう」


 我ながら変わっちゃったな。そう私は感じていた。

 以前の私なら多分、何とも思わなかったでしょうね。でもディックに愛されるようになってから、あいつのお節介が移ってしまったみたいなの。

 だから、せめて私が関わった子くらいは、救ってあげたい。理屈とか抜きにして、私がそうしてあげたいのよ。


「第一、私は悪魔よ。悪魔が依怙贔屓して悪い?」

「……わかった、もう何も言わん。好きにするといい」


 私は四天王、ある程度の好き勝手はできるわ。サキュバスなんだから、自分の気になった子を依怙贔屓するくらい、かまわないわよね。


  ◇◇◇


「……褒められた事ではないが、いい意味で変わったな、シラヌイ」


 我ことソユーズは、子供のために奔走する二人を眺めていた。

 全く、戦災孤児一人一人に関わるわけにはいかないだろう。一人を助けたら、その他の孤児全員を助けねばならなくなるぞ。


 まぁ、ドレカー先輩ならしたかもしれないがな。二人して、先輩の悪影響を受けすぎだ。全く……。

 さて、二人がそうまで救おうとする孤児とはどのような者か。一目だけ拝見するとしよう。

 ドクターの許可をもらい、件の子を見る。そしたらふと、首の黒い模様が気になった。


「ふむ……? ドクター、この子の種族はわかるか?」

「血液検査で調べてみましたが、該当種族が居ません。魔王軍の資料には、ほぼ全ての有翼人種を網羅しているのですが」

「……話を聞く限り、人間領で襲われたようだが……人間領に有翼人種なんて存在しただろうか」


 そもそも有翼人種は臆病で、特に自身を襲う人間達を嫌っている。占拠された魔王領にも、有翼人種が居た場所はなかったはずだが……。


「……この少女、何者だ?」


 どうやら、一度調べてみる必要があるようだな。

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