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33話 ディックの心の傷

「シラヌイが、イップスの原因?」


 僕ことディックは、診断結果に驚きを隠せなかった。


「君がフェイスに殺されかけた時、彼女が庇ったと聞いた。その時君は何を感じた?」

「……それが、思い出せないんだ……」


 実はシラヌイが庇った時、その時だけの記憶が抜け落ちている。気づいたらリージョン達が駆けつけていて、フェイスを退けてくれたのだけど……。


「人は強いショックを受けた時、その記憶を消すと言われている。ただ、記憶は消せても消えない物はあってね。君の記憶を見た時、残渣を感じ取れたよ」

「……それはなんだ?」

「感情だ。君の抜け落ちた記憶には、強い感情が残っていた。悲しみ、苦しみ、そして恐れ。たった一瞬で、十何年もの間蓄えていた負の感情が一斉に噴出したんだ。君は頭のいい男だ、これだけ言えば、刀を抜けなくなった理由も分かるんじゃないかな?」


 ……そういうことか。

 シラヌイが庇った瞬間、僕の脳裏に母さんとの別れがフラッシュバックしたんだ。

 僕は母さんを助けようと必死に刀を握り続けた。でも母さんは結局救えなかった。フェイスと戦った時もそう。僕は奴からシラヌイを守ろうと立ち向かったんだ。


 だけど僕は敗北し、その末にシラヌイを殺されかけた。


 その瞬間、僕の意識に「何も守れない」って蓋が付けられた。

 どれだけ僕が大切に思っていても、どれだけ僕が抗っても、僕は誰一人として守れない。

 ……その絶望と諦めが、僕の心をへし折ったんだ。


「君が刀を抜けなくなった本当の理由は、自分には大事な人を守れない、そう思ってしまったから。その諦めと絶望が、君の心に枷をかけた犯人だ」

「……僕のせいじゃないか……」


 シラヌイのせいなんかじゃない。僕が勝手に諦め、絶望して、殻にこもっただけなんだ。

 刀が抜けないのは……僕が弱いのが原因だ。


「青年。君はなんのために生きているんだい?」

「……急になんだ?」

「私はね、「人生は楽しんだものが勝者だ」って宇宙一のモットーを持っている。だけどそれにはあえて隠している言葉があるんだ。私としても歯が浮くセリフなんで、自分の中で留めているのだけどね」

「それは一体……」

「『人生は、恋した人と楽しんだ者が勝者だ』。それが私の真のモットー、それを軸に私は生きているんだ」

「恋した人と……」

「この荒野はね、クミンの故郷があった場所なんだ」


 ……なんだって?


「ダイダラボッチが国を滅ぼしたと言っただろう? その国が彼女の故郷だったんだ。クミンはそこの貧民街出身でね、仕事を求めてはるばる魔王軍に入隊したのさ。私と同時期にね。たまたま入隊式で隣になったんだけど……」

「だけど?」

「いやぁ、まさか一目惚れしちゃうなんてなぁ! 出会った時から宇宙一の美人でねぇ! ついつい初日で口説いてしまって即OKをもらって! 入隊初日からバラ色のスタートだったよあっはっは!」

「帰っていいか?」

「待った待った、良い所なんだからちゃんと聞いてくれ」


 あんたの惚気話聞くためにここへ来たんじゃないんだよ。


「ただ、彼女の顔はいつも晴れなくてね。当時のバルドフは貧富の差が酷く、クミンはそれに心を痛めていた。彼女にはずっと笑っていてほしかったから、クミンの暗い顔を見るのはつらい物があったよ」

「それは、分かるな。僕も母さんが苦しい顔をするのは、見たくないから」

「だろう? だから私は決めたのさ。四天王になって彼女に笑顔を見せようってね」

「……え?」


「四天王クラスの権力があればなんだって出来るからね。四天王になった後、私は真っ先にクミンが心を痛めた原因のスラム街を片付ける事にした。貧困で苦しんでいる人達に仕事を与え、貧しい人達を全員助けたのさ。

 それと当時の魔王軍もガチガチで息苦しいと言うか、皆暗い顔をして仕事をしていたからね。それじゃあクミンの心によくないだろう? だから歌って踊って明るく楽しい職場にしようと、私自ら道化を演じる事にした。そしたら職場がどんどん明るくなって、業績がどんどん上がっていったのさ。

 勿論いい事ばかりじゃない。四天王となれば危険な仕事も多くなって、クミンに心配をかける事も少なくなかった。だから私はいつも彼女に言う事にしたのさ、自分が宇宙一の男であると。彼女が心配できないくらい、強い男であるとアピールし続けているのさ」


「…………」


 なんだこいつ……行動の全部が、たった一人の女のためだって言うのか?


「クミンの笑顔が増えてきたころに、私は彼女の故郷へ行く事にした。そこでプロポーズしようと思ってね。だがそこで現れたのが……ダイダラボッチだった。

 私は戦ったが、まるで歯が立たなかった。ダイダラボッチは一晩で国を滅ぼし、私の目の前でクミンを殺したんだ」

「なんだって?」


「私と君、似ているだろう? それにダイダラボッチに殺された者は、成仏できなくなる。異形の妖怪として地縛霊となり、永遠に苦しみながら生かされてしまう。このリゾートの住民が妖怪なのは」

「全員が、ダイダラボッチに殺された人だからか……じゃあクミンも」


「そう。妖怪にされ、この世界に縛り付けられて、永遠に苦しむ事を強要されたんだよ。私とてショックだったさ、三日三晩は泣いたよ。でもね、三日後にはまた新たな目標を見つけた。私もこの地に留まり、クミンが泣く暇もないくらい楽しいリゾートを作ろうってね」


 たった三日で立ち直った? 僕とはまるで違うな……。


「それで私は魔王軍を辞め、この地で苦しみ嘆いていた妖怪達と共にリゾートを作り出した。幸い、ガランやマサラを始めとした、私について来てくれた者が大勢いたからね。わずか半月でリゾートを立ち上げて、妖怪達に歌と踊りを伝えたんだ。周りが幸せになって笑顔を見せれば、クミンも泣き続ける暇が無くなるだろうしね。そしてダイダラボッチを倒せるよう、鍛錬も積んだ。あれを簡単に倒せるようになれば、クミンが心配する事もなくなるから」

「……全部、クミンなのか?」

「ん?」

「あんたの行動は全部、クミンのためなのか? どうして彼女のためだけに、それだけの行動を起こせるんだ?」

「よく聞け青年。男が頑張る理由ってのは、宇宙一シンプルでいいんだよ」

「……なんだ?」


「愛する人のため。それ以外に理由は必要ないのさ」


 聞いた途端、僕は強い衝撃を受けた気がした。

 僕もドレカーと同じく、「母さんのため」に頑張っていた……つもりだった。なのにドレカーの言葉があまりにも重くて、僕の決意が軽いような気がして、雷に打たれたようだった。


「言葉に出して、行動して、初めて男の声は重みを得るのさ。ただね、独りよがりではいけないよ。愛する人と心が通じていなければ、声に重みは出ないんだ。そうだろう、クミン」


 はっとし、僕は振り向いた。

 そこに居たのはクミンと……シラヌイだった。


  ◇◇◇


 時間はちょっとだけ遡る。

 私ことシラヌイがクミンに呼び止められたのは、部屋に入る直前だった。


「ディックの診察結果?」

「……旦那様には止められていましたが、私は貴方もうかがうべきだと思います……」

「どうして今になって……」

「……あの方は女性を傷つけるのを嫌います。私を傷つけているようで嫌になると……」


 最初は言葉の意味が分からなかった。でもこっそりディックの部屋に忍び込んで、診断結果を聞いて、私は重苦しい気持ちになった。

 私の軽率な行動のせいで、ディックに余計な枷をつけてしまった。


 だけどもし何もしなかったら、ディックは殺されていた。そんなのは嫌だったのに、私のせいで余計な苦しみを与えてしまったんだ。


「私が……変なことをしなければ……」

「……いいえ、貴方が悪くはありません。それに、あの人のお話はまだ終わってませんよ……」


 クミンの言う通り、先輩は自分の事を話し始めた。

 私達四天王にも教えなかった大きな傷口を抱えて、それでもあの人は愚直に突き進んでいる。どうしてそうまで、クミンのために戦えるのか、私はわからなかった。


「……男が動く理由は、とてもシンプル……でも動き出すきっかけは、女にしか作れません……」

「どういう事ですか?」

「男の背中を押せるのは、いつの時代も恋する乙女だけ……そう言う事ですよ……」


 ドレカー先輩がリゾートを作るきっかけは確かに奥様だったらしい。でも動き出すきっかけになったのは、奥様の声だった。


『もう泣かないで……ドレカー……!』


 この一声を聴いて、先輩は立ち上がったという。

 本当は先輩も泣きたいくらい苦しんでいる。でも奥様に背中を押されて、涙は見せないようになったらしい。


「こんな体になった私に出来るのは、あの方の傍に居る事だけ……ですが貴方は、生きている……私とは別のやり方で、彼の背中を押せるはずでは……」

「……分かっています」


 私はディックが好き。もう隠したってしょうがないから口に出してやる。

 あいつが苦しんでいるのなら、そこから引き上げるのは私の役目なんだ。

 他の誰にも出来ないし、させたくない。私は私のやり方で、ディックを元に戻してやるんだ。


「シラヌイ……」

「……今の、全部聞いてたから」


 とは言っても、どうしよう。何の作戦も立てずに出てきちゃったから、どう言葉かけをすればいいのやら……私の気持ちを伝えるのは場違いだしなぁ……。


「やはりいい所で来てくれた。流石は私の妻だね」

「……旦那様の事なら、私はなんでも分かりますから……」

「うんうん。では、私も最後に二人の後押しをしようじゃないか」


 ドレカー先輩が印を組みだした。すると紫の焔が浮かび上がって、大きな輪を作り出す。

 降霊術だ。冥界に居る死者の魂を呼び出す術。


「君達にサプライズをしようと準備していてね。気付かれないように旅館の手伝いをしてもらったのさ。何しろ、この人を探し出すのに時間がかかってしまったから」

「……あなた達の迷いを晴らす、太陽のような人ですよ……」


 炎の輪から、人が現れた。

 その人は私に瓜二つの姿をしている。長い黒髪に、サファイアのような青の瞳。顔立ちに至るまで、そっくりだ。

 ディックが立ち上がる。だってその人は、ディックにとって大事な人だから。


「……母、さん……?」

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