32話 リージョンより悪質なセクハラ
「なんっで、私がっ、風呂掃除をっ、やらなきゃっ、なんないのっ!」
私ことシラヌイは、なぜか露天風呂の掃除をやらされていた。
先輩が経営する温泉宿には、立派な露天風呂が設置されている。毎日入浴客が少ない十五時に清掃するそうなんだけど……なんで私とディックが風呂掃除に駆り出されるのよ。
「文句言いつつきっちりやりやがるなぁ。あたいあんた嫌いじゃないよ」
ちなみにガランの監督付き。この人怒らせると恐いから頭が上がらないのよね……。
「しょうがないですよ、仕事しないとディックの診察結果を教えてくれないんだから。なんでこんな事しなきゃならないのかわからないけどっ」
「キャプテンは意味ない事やらせる男じゃないよ、これにも何か意味があるからやらせてんだろうさ。ほれ、もっと腰入れてこすれこすれ! くたばれ消え去れ雑菌どもよぉ~♪」
ガランは鼻歌交じりにデッキブラシで床をこすっている。ここでも歌かぁ……どんな社員教育してんですか先輩……。
「しかし人間のために一生懸命になるたぁ、あんた随分変わったねぇ」
「そりゃ、私だって心境の変化くらいありますし……」
「そいつは重畳。まぁ、深くは聞かないよ。四天王になろうが、あたいにとっちゃあんたは後輩だ。あんたはあんたの道を行け」
ねちっこいメイライトと違って、ガランはこざっぱりした性格をしている。私とディックの関係を根掘り葉掘り聞こうとしないから、私としてはとっつきやすいな。
……この人に聞いてみようかな、ダイダラボッチの事。
「あの、ダイダラボッチの正体ってなんだかわかります?」
「あたいも詳しく教えてもらってないんだ。ただ、キャプテンがここにリゾートを建てるきっかけだって事は教わったよ」
「ダイダラボッチが先輩の退職したきっかけ?」
「そうらしい。けどあたいにはどーでもいいさ、あたいはキャプテンに付いていくって決めてんだ。あの人が魔王軍を辞めるってんなら、あたいも一緒に辞める。リゾート造るってんなら、あたいもその夢に協力する。そんだけの価値があの人にはあんのさ」
……先輩がこうまで慕われているのには理由がある。あの人が四天王だった頃、スラム街に居た貧民全員に働き口を見つけたのだ。
腕っぷしが強い奴は魔王軍に、それ以外には一人一人カウンセリングをして適した仕事を紹介してと。お陰でバルドフには貧しさで困る人が居なくなったのよ。
なんでそんな事をしたのか、先輩は教えてくれなかった。ただ一言、「男が動く理由なんて、宇宙一シンプルな物さ」ってだけは言っていたけど……。
多くを語らず、大きな成果を見せたから、先輩はスラム出身の兵を中心に慕われている。これがあの人にたくさんの兵がついてきた理由なのだ。
「ところであんた、サキュバスなんだよねぇ」
「え、なんです……ねぇちょっと目が恐いから近寄らないでいやいやいやぁーっ!」
◇◇◇
「ワシとガランはスラム出身なんだな。仕事が無くて毎日腹空かせて、辛い人生だったんだな……けどキャプテンはワシらを拾い上げて、腹を満たして、歌と踊りを教えてくれて、毎日を楽しく明るくしてくれたんだな」
「……凄い人だな、イン・ドレカーってのは」
僕ことディックは、風呂掃除の合間にマサラからドレカーの話を聞いていた。
バルドフを見ていて、人間の国に比べて貧富の差が少ない事に疑問を感じていたけど……ドレカーが解決していたなんてな。
「そんな人なら皆着いていくのも分かるよ。けどそれならどうして魔王軍を辞めたんだろうな」
「それは教えてもらってないんだな。けどキャプテンは人を不安にさせるのが嫌いなんだな、ワシらに話さないって事は、そう言う事なんだな」
「なるほどね……洗面器の掃除終わったよ」
「もう!? 仕上がりまで完璧……予備含めて六十セットあったのに、早すぎるんだな……」
このくらい十分で出来るだろ? ただ汚れを落とすだけの簡単な作業なんだし。
改めて風呂場を見渡す。うん、磨き残しはなさそうだな。
「いつもの半分の時間で終わったんだな……なんなの君……」
「元殺し屋だ。痕跡残さないよう後始末するのも仕事の内だし、掃除は得意なんだよ」
「掃除の範囲が広すぎるんだな……」
まぁ人ごと纏めて掃除するからね、血に比べれば垢なんて落としやすいよ。
「時間が余ったし、女湯の掃除も手伝おう。なんか騒がしいし」
「どうせガランがさぼってるんだな、ガラン悪ふざけ大好きなんだな」
掃除中なら覗きになる光景なんかないだろうし、かまわないだろ。とっとと掃除を終わらせて診断結果を聞かないと。
「ほれほれほれぇ! なんだこの乳、立派なもん持ってんじゃないか!」
「ぎゃーっす! や、やめ、揉むのやめー!」
覗いちゃいけない光景が広がっていた。
シラヌイがガランに羽交い絞めにされ、胸を揉まれている。なんだこの状況。
「お! なんだお前達、休憩にでも入ったのか? なら丁度いいや、見ろよこのタプタプ! やっぱサキュバスなだけあっていい物持ってるぜ!」
「だ、だからやめっ……ディック!? ちょ、だめ! 見ないで、見ないでぇぇっ!」
……何この状況……。
「ガランってレズなのか?」
「バイなんだな」
「冷静に会話すんなぁ! つか助けなさいよぉ!」
「わははははーっ! これで男知らないとかもったいなさすぎだろー!」
確かにローブや服越しじゃわからなかったけど、結構大きい。着やせするタイプなんだな。
「って何冷静に分析してんのぉっ!」
「わっ!?」
無詠唱でのファイアボールは反則だって!
ギリギリで回避したら、脱衣所に飛んでいく。そしたら中にいた誰かに直撃した。
直撃した人を見た僕とシラヌイは、一斉に硬直した。
「……お風呂掃除は終わりましたか……?」
ドレカーの妻、クミンに当たっていたんだ。幽霊ってファイアボール当たるもんなの?
しかもご丁寧にボンバーヘッドになってる。幽霊の髪って燃えるもんなの?
それに表情変わらず無表情だし。幽霊ってそもそも喜怒哀楽あるの?
「……お風呂掃除は終わりましたか……?」
「後は女湯が終われば完了なんだな」
「……では次のお仕事を……」
「って軽っ!? 先輩の奥様に本当に申し訳ない事を……し、失礼いたしました!」
「平気平気! キャプテンと奥さんはこの程度じゃ怒らないって」
「ファイアボール直撃して酷い有様をこの程度で済ませられるのか!?」
「おや、どうしたのかな。随分騒がしいが」
ここでドレカーが登場。流石にこれは怒られ……。
「クミン? その髪型……なんて可愛らしいアフロヘアーなんだ!」
『へあっ?』
「やはり君はどのような姿でも宇宙一美しい! まさしく宇宙一の私の花嫁だ!」
「……私も、旦那様に愛されて宇宙一幸せです……」
「そうだろうそうだろう! シラヌイ、君がセットアップしてくれたのかい?」
「……アフロヘアー、気に入りました……またよろしくお願いします……」
クミンをお姫様抱っこして、くるくる回るイン・ドレカー。でもって周りで歌と踊りで盛り上げるガランとマサラ……。
「……何このカオス……」
「ドレカー先輩だから仕方ないのよ」
抽象的なのに説得力ありすぎて納得してしまったよこんちくしょう。
◇◇◇
結局その後も、僕達はドレカーの旅館を手伝わされた。
僕は料理が出来るって事で厨房を、シラヌイは事務作業を任されて、目を回すような忙しさに見舞われた。
あいつめ、なんで患者をこき使ってんだ。意味が分からないぞ。
「おいディック! お前の料理でお客さんが至極感動しているんだが!? 意味が分からないぞ!」
「意味わからないこと言ってないでこれも運んでくれ、どの部屋の料理が滞っている?」
……僕も結構楽しんでいたから文句は言えないんだけどね。
ともあれ忙しい時間はあっという間に過ぎ、夜の十時。ようやく僕らは仕事から解放された。
「この時期は繁忙期で人手不足なんだ、宇宙一頼りになる助っ人が来てくれて助かったよ。はいこれバイト代」
「先輩……私達バイトするために来たんじゃないんですけど……」
「……でも意外と入ってるな……」
「そりゃそうとも。私は宇宙一気風のいい男、イン・ドレカーだからねっ。ともあれ今日はお疲れ様。あと一時間もすれば風呂場を利用できる、ゆっくり汗を流したまえ」
そうさせてもらうか。でもその前に手を休めたい、包丁使いすぎて指がひりひりするよ。
「私は先に戻るわ……なんか頭が疲れた……」
シラヌイはよろよろと戻っていく。僕も部屋に行こうかな。
「ディック、もう少しだけ時間をくれるかな。シラヌイもいなくなった事だし、今の内に話しておきたいのさ。君の診断結果をね」
「僕の? どうしてこのタイミングで?」
「私は宇宙一女性を大事にする男だ。女性の心に傷をつけるのは主義じゃない」
「どういう意味だ?」
「君の部屋で話してあげるよ」
というわけで僕にあてがわれた部屋に行き、縁側でお茶を出された。いい香りがしてリラックスできるな。
「君のイップスの原因はフェイスとの敗戦ではない。その一歩手前の段階で君には大きな傷が付けられていたんだ。別の人物にね」
「誰だそいつは」
「他でもない、シラヌイなのさ」