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30話 宇宙一の大☆海☆賊!イン・ドレカー!!

 僕ことディックはリージョンの転移魔法により、大陸西方へと飛ばされた。

 人間軍と魔王軍の主戦場は大陸東南部で、北西方面は比較的穏やかな地域だ。

 と言っても、僕達が来たのは一面の荒野。岩山が断続的に並び、じりじりと日が照り付ける過酷な場所だった。


「イン・ドレカーはリゾート地の経営者じゃなかったっけ? 目的地から随分離れている気がするけど」

「魔王軍の、それも四天王が直接現れたら騒ぎになるでしょう。一応私、顔知られてるしさ」

「そうか、変に身分を明かすのはよくないね」

「でしょう。だから離れた場所から歩いて、一般客として行かないと。ドレカー先輩に迷惑かけられないし」


 シラヌイは髪を団子にまとめ、服装も以前公園で着ていた物に変えている。眼鏡もかけて、確かに傍目には観光客にしか見えないな。

 ……ただ、なんだろうな。イン・ドレカーの名を出しながら言われると、胸にもやもやした物が出てきてしまう。


「ぼさっとしてないでこっち。あんただって、もう一度刀を抜けるようにしないと」

「うん」


 言ってから、刀を握ってみる。やっぱり何度やっても、鞘から抜こうとする度に体が硬直する。

 二週間休んだけど、フェイスから受けた傷は相当根深く、治る気配は見えなかった。


「それにしても、不思議な場所だな」


 岩山が誰かに握られたように、不自然に欠けている。指で抉った様な痕があり、戦の後にしても、変な魔法の使い方をしないとああはならない。

 シラヌイと魔物を倒しながら進み、三十分。目的地が見えてきた。


 荒野の真ん中にオアシスがある。そこを起点に瓦葺きの平屋が並び、大きな街が広がっていた。街に向かう馬車や人の姿が多く見える。

 各地から湯気が立ち上り、風に乗って硫黄の匂いが漂ってくる。もしかしてあれは。


「温泉街か? 近くに火山はないけど、平地でも温泉が湧くんだ」

「地下水に岩盤の成分が溶け込むからね。この辺りは昔は海の底、海底火山があった場所らしいから、あちこちに温泉が眠っているそうなの」

「博識だね」

「これくらい常識よ。それじゃあ行きま……って何、どうしたの?」


 歩を進めようとしたシラヌイを、僕は止めた。

 急に異質な気配を感じた。そこに居るはずなのに居ないような、雲や霧を掴むみたいにはっきりしない気配。背負った大剣に手を伸ばし、警戒する。


『ちょちょちょちょーっと待った! わちき戦いに来たんじゃないヨ!』


 すると岩陰から、ひょっこりと少女が現れた。

 紺色の着物を纏った、おかっぱの少女だ。だけど……。


「足が透けてる……君は誰だ?」

『わちきはキャプテンの使いヨ。足が透けてるのは……うん、ここで言っちゃうとキャプテンの用意が無駄になっちゃうヨ。だから言わないヨ』

「キャプテン、って言うのは?」

「ドレカー先輩の事よ。じゃあ貴方は、先輩の使いね?」

『そうだヨ! キャプテンが待ってるヨ、わちき案内するから付いてきてヨ! それとシラヌイ様、わちき達の事はまだシークレットだヨ』

「はいはい。行きましょうか」


 シラヌイが警戒していないから、敵ではないみたいだな。

 しかし、この気配は何だろう。今まで感じた事のない、異質な気配だ。それは街に近づくにつれて、どんどん強く、多くなっていく。


『みんなー! シラヌイ様が来たヨー!』


 街に着いた途端、大声でそう叫ばれる。そしたら……。


『歓迎来妖怪休養地! ようこそ妖怪リッゾォートへぇ!』


 街のあちこちから、異形の姿をした魔物が一斉に現れた。

 思わず大剣に手を伸ばした。茶釜を装備した狸に、柄が足になっている笠に、空飛ぶ木綿……他にも一つ目の子供や首が異常に長い女に、砂をぶちまけてくる老婆。見た事のない姿の魔物ばかりだ。


「妖怪……今、そう言ったよな」


 東の大陸、僕の刀と起源を同じにする、東洋のアンデッドだったはず。曖昧な気配の理由はそれか。

 東洋のアンデッド達がこんな、荒野のど真ん中に大群を作っているのか?

 呆気にとられている内に、妖怪達が一斉に踊り、歌い始めた。


『ようようそこ行く兄ちゃん 物騒な剣仕舞っておくれやす♪』

『ここは天国 皆平等! 争いごとなんかありゃしない♪』

『人生悩まず楽しもう ここにゃあ快楽揃い踏み♪』

『それに俺達 私達 皆善良な妖怪さん♪』

『喧嘩上等? NO~~~! 暴力賛成? ぶるぶるぶるぶる!』

『死んでもなおまだ争うなんてナンセンス♪ そもそも妖怪死んでるの? 生きてるの?』

『そんなのどうでもいいじゃろがい 今が楽しきゃそれでいい♪』

『ここはリゾート妖怪天国 皆仲良く楽しもーおー♪』


 ……ミュージカル?

 シラヌイも苦笑しているし、なんなんだこいつら。毒気が抜けて、剣から手が離れた。


「はっはっはっは! どうかねシラヌイ、私からのサプライズは宇宙一最高だろう!」


 街の奥、オアシスに掛かった橋から男の声が轟いた。すると妖怪達のボルテージが上がっていく。


『おい見ろ! 来たぜ来たぜ妖怪達のキャプテンがぁー♪』

『さぁ声高らかに叫ぼうよ 呼べ呼べ名を呼べ我らがキャプテン♪』

『宇宙一の我らがキャプテン♪ イン・ドレカーのお出ましだぁー♪』


 妖怪ミュージカルに合わせ、奥から神輿がやってくる。その上に、金髪で褐色肌の、袴を着た男が、腕を組んで立っていた。


「かつて東に現れた大蛇を倒したのは誰だぁ!」

『イン・ドレカー!』

「西に現れた化け物虎を倒したのは誰だぁ!」

『イン・ドレカー!!』

「この辺境の荒野に平穏をもたらした男は誰だぁ!」

『イン・ドレカー!!!』

「そぉーう! 私こそ 宇宙一の大☆海☆賊! キャプテェェェェェン ドレカァァァ!」


 周りに煽りを入れながら、観光客まで巻き込んで、神輿の上から大ジャンプ。回転しながら僕達の前に着地して、男はすっくと立ちあがる。


「やぁシラヌイ! 久しぶりじゃないか!」


 無駄に白い歯を輝かせながら微笑み、男はシラヌイを抱きしめた。

 ……何シラヌイに抱き着いているんだこいつ。

 無意識に剣を握り、殺意が漏れてしまう。だけど男は意に介さず、僕まで強く抱きしめてきた。


「君がディックだね? 魔王様から話は聞いているよ。私からの宇宙一のサプライズはいかがだったかな?」

「ぷはっ……いや、その……んん?」

「ははは……コメントに困るのは分かるわよ。私から改めて紹介するわ」


 シラヌイは空笑いしつつ、


「この方が、イン・ドレカー。私の前任の四天王だった人よ」

「……イン・ドレカー……こいつが……してん、のう……」


 あの三人以上に個性が強すぎる。うん、シラヌイとソユーズが苦手なのが分かった気がした。僕も苦手だこの手合い。


「シラヌイ。私の後任、しっかりとやれているようじゃないか。流石はこの宇宙一の元四天王、イン・ドレカーの副官を務めていただけはあるなぁはっはっは!」

「あはは……どうも……」

「……さっき海賊って言っていたけど、それはどういう……」


「ああ、私は現役時代、海上戦が宇宙一得意だったんだよ。それ故ついた肩書が、「海賊のドレカー」。というわけなのさ」

「それでキャプテンって名乗っているのか。……陸に上がっているからもう海賊じゃないような」

「細かい事は気にしなーいはっはっはっはっは!」


 ……リージョン、確かに忘れられないよ。人の記憶に直接存在感を叩き込んでくるよこの人……。


「……僕の上官が君でよかったよ……」

「ありがと……ってか、私達がお忍びで来た事……」

「……全然意味なかったね」


 すっかりシラヌイは注目されている。こいつ本当に元四天王なのか? 知性の欠片も感じないんだけど。


「要件がいくつかあるだろう、私の邸宅に来るといい。そこで宇宙一のおもてなしをしてあげよう」

「いえ先輩、私達は仕事で来ただけですし、そんなに気を遣われなくても」

「シラヌイ、ここはリゾート地だ。主として、来賓につまらぬ想いをさせるのは許せないのだよ。ディックの診断をするにも、まずはリラックスしてもらわねばならないしね」


 忘れていた。ドレカーは医者もやっている、彼なら僕のイップスを治せるらしいけど……。


「その目を見るに、信用できないと言った感じかな? 確かに得体の知れない男を信じろと言っても無理があるな。だが私の腕は宇宙一だ、必ず君の心の病も癒してみせよう」

「はぁ……ん?」


 また奇妙な気配を感じ取った。妖怪達とは違い、はっきりとした気配。だけど、何もない所から突然現れた。

 地響きも鳴り、妖怪達が青ざめ、震え出す。次の瞬間、岩山の隙間から、山よりも遥かに大きな巨人が顔を出した。

 目が無くのっぺりした顔の、肥満体の巨人だ。肌はぬるりとした質感をしていて、日光に照らされ光っている。

 巨人は声も出さず、岩山を手すり代わりにしながら、這うように街へ迫ってきている。その時に岩山が指で抉られた。


「途中で見た痕は、あいつが付けた傷跡か。なんだあの巨人は」

「私も見た事がないわ、先輩!」

「そう慌ててはいけないよ。あの巨人はここでの日常の一部でしかないんだ」

「あんなのが、日常の一部……?」

「あいつの事はあとで教えるとして、まずはお客様に安心してもらわねばならないな」


 迫りくる巨人を前に、ドレカーは手を翳した。

 同時に、巨人が漆黒のブレスを吐き出す。触れた地面が瞬く間に腐食し、飛んでいた鳥が土くれとなってしまう。その規模はすさまじく、街一つを飲み込むほどだ。


「すまないが、君が入れる温泉はこの街にない。帰ってもらおう」


 だがそのブレスを、ドレカーは魔力でかき消してしまった。

 ブレスが霧散し、僕らは呆気にとられる。即座にドレカーが詠唱すると、巨人の頭上の次元が裂け、魑魅魍魎の大群が押し寄せてきた。

 魑魅魍魎は巨人に食らいつき、見る間に食い散らかしてしまう。ドレカーは指揮者のように手を振って、魑魅魍魎に指示を出していた。

 あれだけの魑魅魍魎を操るなんて、こいつまさか……ネクロマンサーか。


「先輩は冥界と交信する力を持っているの。それでアンデッドや霊魂を自在に操る事が出来るんだけど……現役時代より規模が大きくなってる」

「じゃあ強化されているって事?」


 山のようだった巨人は見る間に食い尽くされていく。ついには骨まで食われ、荒野には血液一滴すら残らなかった。


「さぁ皆、もう大丈夫だ! なぜならこの宇宙一のネクロマンサー、イン・ドレカーが退治してしまったのだから!」

『Oh Yes! イン・ドレカー!』


 妖怪達はまたしても大騒ぎ。ただ、僕も驚いたよ。

 あの巨人は刀が使えたとしても僕では倒せないだろう。そんな相手をいとも簡単に倒してしまうなんて、元四天王の肩書は伊達じゃない。


 ……色々ぶっ飛びすぎて意味不明だけど……なんなんだろうかこいつは……。

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