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3話 ディックの気遣い

「以上が僕の話せるフェイスの全てだ。他に何かあるかな」


 ディックの聞き込み調査はあっさりと終わってしまった。魅了で嘘を言えないようにしたから、彼の情報は正しいはず。

 それにしても、すんなり行き過ぎてちょっと恐い。ロケットの肖像画も気がかりだし、落ち着かないな。


「今の所は、特に。また気がかりな事があったら連れてくるから。誰か、こいつを牢に戻して」

「……そうか、もう、終わりなのか……」


 ディックは名残惜しそうに私を見つめている。そんな子犬みたいな目で見られても困るのだけどな。

 尋問室を後にして、リージョンと情報を共有する。その間も、頭の中ではディックの悲し気な顔が離れない。


「あの剣士、勇者から随分な目に遭わされていたみたいね」

「らしいな。捕まった直後は、服従の首輪をつけられていたようだ。たった一人で大群に特攻させた辺り、噂の勇者とやらは随分ねじれた性格の持ち主らしい」

「……それに元殺し屋で、死刑囚でしょ? 人間の世界に居場所なんてないじゃない」


 敵ながら同情してしまう。人間側に味方がいないから、魅了で情報を引き出されても、何の抵抗もなかったわけか。どうせ人類が滅んでも、自分には関係ないわけだし。

 いや、一つだけ抵抗された。ロケットを押収しようとしたら、それだけは酷く抵抗されてしまった。

 私の肖像画を持つなんて気味が悪いから、取り上げておきたかったんだけどな。


「あの肖像画は奴の母親だろう。シラヌイを見た直後に呟いていたが、聞いてなかったか?」

「そうなの? ロケットに気を取られて聞き逃してた。でもそう、母親の肖像画なんだ」

「世界には自分に似た存在が三人居ると言うが、まさかシラヌイと同じ姿の人間が居るとは思わなんだ。それにあの暴れ具合からして、母親を余程大事にしていたようだな」

「ようはマザコンでしょう。女々しい奴ね」


 聞けば得物も母親の形見らしい。どれだけマザコン拗らせた男なんだか。


「ともあれシラヌイのお陰で沢山の情報を手に出来た。奴がもたらした情報で、勇者討伐に近づけばいいな」

「そうね。二人には貴方から伝えておいて。私はまだ仕事残ってるし、彼の情報も改めてまとめておきたいから」


 今回の任務報告書を作って、次の作戦立案をして、それに伴う経費試算と申請書の作成もしないといけないし……はぁ、これはまた徹夜かな。ここ暫く寝不足で頭が痛い。

 思えば最後にゆっくり眠ったのっていつだったかな。もう忘れちゃった。


 ◇◇◇


 牢に戻されてからも、シラヌイの顔が頭から離れなかった。

 彼女は母さんに瓜二つだ。長い黒髪に青目、それに見惚れてしまうほどの美貌。あまりに似すぎていて、幻覚でも見たのかと思ってしまった。


「とても疲れているように見えたな……」


 目の下には酷い隈が浮かんで、肌も酷く荒れている。綺麗な黒髪もぼさぼさだ。

 シラヌイは魔王四天王の一人だと聞いた。魔王直属の部下という事もあって激務なのだろう、あの様子では碌に眠ってないはずだ。

 相手は母さんじゃない。分かっているけど、母さんと同じ姿をしている人が苦しんでいるのに、黙ってはいられないな……。


「そう言えば昔、母さんがよく眠れない時に淹れていたお茶があったな……」


 タイムサワーというハーブだ。煎じてお茶にすると高いリラックス効果を持つ薬草になる。でもこれはあまり知られていないんだ。

 というのも、タイムサワーはどこの道端にも生えていて、世間じゃ雑草なんて呼ばれる野草だ。そのせいで誰もお茶にしようなんて思わない。


 ……昔風邪を引いた時、母さんは僕のために薬草を調べて、タイムサワーのお茶にたどり着いた。リラックス効果だけじゃなくて体を温める作用もあるから、風邪を引いた時には最適だそうだ。

 それを彼女に飲ませれば、少しは気持ちを安らげるんじゃないだろうか。誰かに話を通せば、シラヌイにタイムサワーのお茶を出す事が出来るかな。


 牢を見張っているのはゴブリンか。果たして僕の話を理解する知性があるだろうか……。


「看守、話をしてもいいか」

「いーよ。人間の世界の観光名所教えてくれる? 出来れば食べ歩きできる所がいいなぁ」


 ……フレンドリーなのはいいけど、これじゃ話を理解してくれないだろうな。

 その時、足音が聞こえてくる。僕が顔を上げるなり、看守はぴしりと背筋を伸ばした。


「メイライト様! このような場所にどのような用件で?」

「うふん、そこのボーヤに用があるの。ごめんあそばせ」


 僕の前に黒い翼を生やした、煽情的な服装の女堕天使が立ちはだかる。こいつは確か魔王四天王の一人、創生のメイライトだったはず。


「僕に何の用だ?」

「勇者パーティの剣士様に興味があったのよ。リージョンから報告受けただけじゃ、どんな人なのか分からないもの」


 品定めするように僕を見つめる彼女は、猫のような、気まぐれな印象を受けた。


「ふぅん……リージョンの軍勢を一人で迎え撃ったから、どんな子かと思ったのだけど……随分若いわね。抱いてもいい?」

「断る」


 最低の口説き文句だな。しかも服脱ぎだしてるし、なんだこの歩く性犯罪。


「あら残念、折角若い子に拘束プレイが出来ると思ったのにぃ。年齢は?」

「二十歳だ」

「私の10分の1しかないの? あらあらまぁまぁ、そんな若さで素晴らしい剣士様だこと。余程優れたお師匠様だったのね」

「当然だ。僕に剣を教えたのは、僕の母さんなのだから」

「あらそうなの、とても素敵なお母様だったのね。どんな方なのか、一度でいいからお顔を拝見したかったものだわ」


 母を褒められ、少し気を良くした僕は、ロケットを見せた。

 今思えば、メイライトの目的はロケットだったのかもしれない。母の肖像画を見るなり、彼女は目を細くした。


「本当にシラヌイちゃんそっくりだこと。世の中珍しい事もあるものねぇ」

「……お前、ただロケットが見たかっただけか?」

「そうよぉ。私はとぉっても気まぐれなの。シラヌイちゃんにそっくりな人間なんて見てみたいじゃない?」


 よく分からない奴だ。ふわふわした性格で、どこか掴みどころがないな。

 ……気まぐれを自称する奴だ、話が通じるか分からないけど、試してみるか。


「今度は僕が話す番だ、シラヌイの事で話がある。聞いてくれるか」

「シラヌイちゃんの?」

「ああ。タイムサワーってハーブを知っているか? それを茶にすると高いリラックス効果があって、よく眠れるようになるんだ。それをシラヌイに飲ませてみてくれ。あと……」


 記憶が正しければ、メイライトは時を操る力があったはず。


「お前の力なら、シラヌイの部屋の流れを変えて、彼女が寝る時間を作れるんじゃないか。碌に寝ていないんだろう、彼女」

「あら? あらあらあらら? 敵にとぉっても優しいじゃない。何? シラヌイちゃんを好きになっちゃったの?」

「母さんと同じ姿をしている人が苦しんでいるのに、黙っていられないだけだ。それより、どうなんだ。タイムサワーは知っているか? さっき言った事は出来るのか?」

「知っているけど、それをお茶にするなんて初耳ねぇ。もしかしたら毒かもしれないし、はいそうですかって用意できないわよぉ」

「……当然、だよな……」


 敵の言う事なんて信じられるわけないよな……。そう思った途端、メイライトは笑いだした。


「なーんてね。タイムサワーのお茶なら私、愛飲しているのよ。いいわよねぇあのお茶、ミントティーみたいで私大好きなの」

「……? なんで知らないふりを?」

「貴方が可愛かったから、つい意地悪したくなったの。それじゃ、私はこれにて。さようならー」


 メイライトは腰をくねらせながら、地下牢から去っていく。話が通じたのかいないのか……不思議な空気を纏った奴だ。

 ため息を吐きながら腰かける。どうせ敵の言った戯言だ、メイライトは動いてはくれないだろう。


「……何やってるんだろうな、僕は……相手は、母さんじゃないのに……」


  ◇◇◇


 シラヌイちゃんの部屋について、私ことメイライトはノックをする。

 タイムサワーのお茶なんて、いいアイディアじゃない。ちょっとした興味本位で見に行ったのに、いい事聞いちゃったわ。


 ……よっぽどお母様を大事にしていたのね。シラヌイちゃんへお茶を出すよう言った時の必死さときたら、思わず気圧されたくらいだもの。


 シラヌイちゃんはマザコンだって言っていたけど、お母様を大切に出来る愛情深い人は私、好感度高いわよ。


「何、メイライト。今忙しいのだけど」

「忙しい時ほど休憩は必要よぉ。疲れに効くお茶持ってきてあげたんだから」

「……はぁ、ちょっとだけよ」


 文句を言いつつも、シラヌイちゃんは付きあいがいい。早速お茶を淹れてあげて、二人で飲んでみる。


「んっ、ハッカみたいねこれ。喉がすーってする。甘い匂いがして、なんだか肩の力が抜けるような……」

「うふん、タイムサワーのお茶なの。疲れている時に飲むと効果てきめんよ」

「タイムサワー? あの雑草がお茶になるの?」


 やっぱり驚くわよねぇ。タイムサワーをお茶にしようなんて、余程の物好きじゃないと考えつかないもの。


「なんか体があったかくなってきたな……気持ちよくて、頭がぼーっとしてきた……」

「徹夜は体に悪いわよ、今日はもう寝てしまいなさいな」

「そうはいかないわよ……まだ、書類仕事が沢山、残って……る……」


 シラヌイちゃんはこと切れたように倒れ込んだ。急いでキャッチして、ソファーに寝かせてあげる。

 余程疲れていたみたい。小さな寝息を立てて、深い眠りについていた。風邪ひかないよう、毛布を掛けてあげましょう。


「書類仕事くらい、私も手伝ってあげるわよ」


 とは言え、シラヌイちゃんの書類は彼女の身長位積まれている。これを一人で片付けるのは骨ね。

 こういう時こそ人海戦術。指を鳴らして創造の力を使い、小人のホムンクルスを量産した。

 それと、ディックのアイディア通り、この部屋に流れる時間をちょっと遅くしてあげましょう。外で一時間が流れる間、この部屋は八時間が経過する様調節してあげる。これならシラヌイちゃんもぐっすり眠れるでしょう。


「辛い時は頼っていいのに。意地っ張りなんだから……」


 人一倍の努力で四天王になった人を、どうして馬鹿にするのよ。すっかり心が疲れて、強い被害妄想に囚われちゃってるわね。

 せめて今だけは、全部忘れて休みなさい。起きたらミルク粥でも作ってあげるから。


「勇者パーティの一人に助けられるなんて。思いもよらなかったわ」


 今後も何かあったら頼ってみようかしら。つっぱって可愛い子だし、何より……上手く扱えば面白そうな事も出来そうだしね♡

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