29話 シラヌイの前任の四天王
『って事でシラヌイ、ディッ君。二人に魔導具復活のため出張を命じまぁす』
私ことシラヌイは、謁見の間にて魔王様の辞令を受けていた。
なんでも魔導具はディックを所有者として認めているらしく、あいつでないと使いこなせないとの事。だけどフェイスに魔力を殆ど吸われて使い物にならなくなっているから充電してこい。指示をざっくり説明するとこんな感じだ。
『詳しい事は追って書類を出すから読んでね。それとディッ君、君にはもう一つ指示を出すよ。出張先でイップスを治して来て頂戴』
「イップスを……出張先に医者でも居るのか?」
『うん。ワシの知る限り一番頼りになる男だよ。シラヌイが知っているだろうから、名前だけ教えてあげるよん』
「私が知る人?」
誰だろう、自慢じゃないけど私は友人どころか知り合いも少ない。その中で医療関連の人なんかいただろうか。
『イン・ドレカー君。よーく知ってるでしょお』
「イン・ドレカー……!? 医者ってドレカー先輩ですか!?」
私は思わず立ち上がった。あの人医者じゃないでしょ。え? やりたい事があるから退職したって聞いたけど、医者になりたかったのあの人。
『医者になりたくてなったわけじゃなくて、向こうで医者が居なかったから成り行きでなったみたいだよん。その道三十年やってるから信頼は出来るかな』
「そう言う問題ではなくてですね……ドレカー先輩が、ディックの治療……?」
全然イメージ出来ない……かえって悪化させないかしら……!
『ま、ドレカー君にはもう伝えてあるから。ディッ君、保険証忘れちゃダメだからねー』
「了解」
こいつめ、ドレカー先輩を知らないから子供とお母さんみたいなやり取りしおってからに……。
にしても、ドレカー先輩かぁ……。
「随分難しい顔をしているけど、イン・ドレカーって誰なんだ?」
謁見の間から出た後、ディックからそう尋ねられた。
ディックも知らないか。当たり前よね、あの人が現役だったのって、こいつが生まれる前の事だもの。
「イン・ドレカー先輩は、元魔王軍四天王だった人。……私の前の四天王よ」
「シラヌイの前任……!?」
そう、ドレカー先輩は私の前任で、リージョンの前に四天王を統率していた人だった。
約百年の間四天王の一角を務め、数々の武勲を上げた先輩なのだけど、三十年前突如魔王軍を退職し、はるか西の辺境へ引っ越してしまった。退職理由は「やりたい事が出来た」、ただそれだけを言い残してたっけ。
「ドレカー先輩は私の上官だった人なの。短い間だったけど副官も務めた事があったわ」
「じゃあシラヌイは、そのドレカーの後を継いだのか」
「ちゃんと昇格試験を受けてね。ただ、まさか先輩の後を引き継ぐとは思わなかったわ」
私は四天王の中では新顔だ。他三人はドレカー先輩が統括していた頃から今の地位に就いていたし。
ただ、あの人が抜けてから凄く大変だったのよね。
「ドレカー先輩を追って退職した兵士が続出しちゃってね、就任直後の仕事が新規兵の募集になっちゃったくらいよ」
「それだけの兵が辞めるなんて、凄いカリスマだったんだな」
「確かにカリスマ性は溢れていたわ。……うん、カリスマ、だったかな……」
「なんでそんなに歯切れが悪いんだ?」
「……魔王様と異常に波長が合っていた。これで察して頂戴」
「ああ……成程……」
大方人物像が分かったようね、これ以上の説明は不要でしょう。
私も四天王としては尊敬しているけど、一個人として見ると苦手なタイプだ。一緒に居ると凄く疲れる人だったし……。
でも憎めないし、不思議な魅力の持ち主だったな。
「しっらぬいちゃーん! 聞いたわよぉ、ドレカー先輩の所に出張でしょお!」
と、メイライトがどっからともなく現れて抱き着いてきた。
その後ろにはソユーズとリージョンも居る。大方、リージョンが出張の話でもしたんでしょう。
「あんたねぇ、仲間内でも一応任務には守秘義務があんのよ?」
「ドレカー先輩は俺達も世話になったから、ついな。懐かしい人だよ」
「……我はあまり得意ではないが、恩はある」
ソユーズとは対極に当たる人だもんね。賑やかすぎる人だし、そう言うのはやっぱ苦手か。
「あらまぁ、ドレカー先輩ほど素敵な男性はいないわよぉ。私新卒で入隊した時に求婚したものぉ」
「あんたみたいなのは波長が合うから当然か……って求婚?」
「そうよぉ、婚姻届け持って「結婚してくださぁい♡」って♪」
『お前が入隊した時からあの人四天王だっただろうが!』
四天王全員でツッコんでしまった。どんだけクソ度胸あんのよこのビッチは!
「……楽しそうな所、ごめん。僕はそのイン・ドレカーって人が分からないから、話についていけないんだけど」
「おっと、すまん。ここで先輩の事を聞くより、実際に会った方がいい。恐らく一発で記憶するだろうしな」
「……あの人ほど忘れる事の出来ぬ人は居ない。ただ悪人ではない。気楽に行くといい……」
「何しろあの人、今リゾートの経営者やってるのよぉ♪ 出張ついでに楽しんできなさいなぁ」
「リゾート? 医者じゃなくて?」
「あら、先輩お医者様もやってるの? 全然知らなかったわぁ」
「……なんだその慌ただしい奴……(汗)」
ディックの反応は正しい。医者だったり経営者だったり元四天王だったり、出鱈目な経歴の持ち主だもんなぁ。
「……本当に僕のイップス治せるのかな?」
「そこは……まぁ先輩だし何とかするんじゃないか」
「アバウトすぎるだろ……なんか不安になってきた……」
「私もちょっと不安だけど……けど確かに、何とかしてくれるとは思うわ」
副官として見てきたけど、あの人は周りを安心させてくれる。きっとディックの力になってくれるはずよ。……多分。いやきっと……うん、恐らくは……。
「シラヌイにしては珍しいな、信頼しているんだ。そのドレカー先輩を」
「そりゃ元上司だし。どしたのディック、眉間にしわ寄せて」
「……別に」
ディックにしては珍しく態度悪いわね。なんか気に障ったかしら。
「先戻ってるよ。また後で」
「ちょっと? なんでそんな怒ってるのよ」
「怒っていない」
行っちゃった……何よもう。
「シラヌイもそうだが、ディックも大概だ。似た者同士だなお前ら」
「何がよ」
「……相手をしていられん。我も戻らせてもらおう」
ソユーズも居なくなった。なんなのこの空気。
「んもうニブチンちゃん! 他の男の話するからディックちゃん拗ねちゃったのよぉ」
「拗ねるって、あいつがまさか」
「忘れたか? ディックが鬼ごっこ大会で俺に対し見せただろう」
そーいや、リージョンと握手した時妙に機嫌悪かった気がする。私も大概だけど、ディックも案外嫉妬深い奴よね。
「そろそろ関係をはっきりさせた方がいいんじゃないか? その方がストレス溜めずにすむだろう」
「それにドレカー先輩の所行くんでしょ? あんな事やこんな事し放題じゃない、既成事実を作る大チャンスよぉ!」
「ば、バッカじゃないの!? 既成事実とか、そんなんなんで私がやらなきゃならないのよ!? それに出張よ、仕事よ!? そんなおふざけ半分で行くわけないでしょうが!」
「しかし出張先で男女の仲になる社員は多いぞ? 先日俺の部下も出張先でやっちまったから婚約したのが二組いるし」
「同じく私は三組いるわよぉ」
「この職場の貞操観念どうなってんの!?」
やり放題のバイキングかっ。恋愛ってのはもっとこう……清く正しくゆっくり進めていく物であってねぇ……。
「そういうのをヤるのは! 互いに愛し合った二人じゃないとダメなの、純愛の果てにするもんなの!」
「お前サキュバス辞めたらどうだ?」
「今時珍しい純情な子ねぇ」
「悪かったわね異端児で」
こればっかりは性格上どうしようも出来ないのよっ、個性よ個性! ……サキュバスとしてはパーソナリティ障害だけどさぁ……
「けどうかうかしていたらディックちゃん他の子に行っちゃうわよぉ? あの子が人気なのは知っているわよね?」
「うっ……」
「お前サキュバスなんだし、自分から押し倒しても不自然じゃないだろ。というか積極的に男に跨って搾り取っていくのが正しい姿だろ?」
「セクハラよ、訴えてやる」
「だからなんで俺に対し辛辣なわけ!?」
「お堅い事考えないで、自分のやりたい事を優先してあげなさいな。あの子と一緒に居る時の貴方、笑ってる事が多いんだもの。自分に素直にならないと、貴方が辛いだけよ」
「……まぁ、考えとく」
私としてもあれが別の奴の所に行くのは嫌だし、逃げられないよう鎖を付けておくのも上司としての務め、かしら。
……はぁ、なんか余計な仕事抱え込んだ気がするわ。
 




