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28話 これが最後のじれったいシーン

 僕ことディックがイップスになって、二週間が過ぎていた。

 フェイスの情報は先の交戦以来途絶えている。あいつの事だ、各地を物見遊山でほっつき歩いているのだろう。

 その間僕は変わらず仕事に励んでいる。変わった事を言えば、シラヌイから回される仕事の量が多くなった所か。


「シラヌイ、終わったよ。ついでに兵站割り当ての見積もり表や四天王軍への異動希望者リストも作っておいたし、クレーム対応の手紙も出しておいたよ」

「えっもうそこまでやっちゃったの? じゃ、じゃあ次はえーっと、えーっと……あんた仕事早すぎんのよぉ!」


 ……まぁこんな感じに、僕が空気読めない事してシラヌイを困らせてしまう事も多いのだけど。

 仕事量が増えたのは、僕にとってはありがたかった。事務処理をしている間、僕の頭から剣の事が離れるから。

 シラヌイの言いつけ通り、僕は剣術の訓練を休止している。だけど今まで刀を握らない日はなかったから、何もしていないとどうしても頭に刀の事が浮かんでしまう。

 今の僕にとってそれは苦痛だ。僕は刀を振るどころか、鞘から抜く事すら出来なくなっている。今まで出来ていた事が出来なくなる苦痛は、日を追うごとに強くなっていた。

 もう一度、前のように刀を振るいたい。気持ちは焦るばかりだ。


「ほら、顔上げる。今刀の事考えてたでしょ」


 シラヌイに胸を叩かれ、我に返った。

 彼女は目を細くし、大きなため息を吐いた。


「あんたって根っからの剣術バカね。そりゃ、あんたの母親が教えた物だし、思い入れが強いのも分かるけど」

「ごめん。母さんの思い出は僕にとって、切っても切れない事だから」

「もう耳にタコが出来る位聞いたわよ。……それじゃ、次刀の事を考えそうになったら……」


 シラヌイが言いかけた時、ノックが聞こえた。

 出てみると、女性の兵士が二人、書類を抱えてやって来ていた。

 ふさふさの毛皮を携えた人狼と、ラミアか。何度か一緒に仕事してたっけか。


「あの、頼まれていた資料を届けに着ました」

「わざわざ届けてくれたのか? 助かるよ」

「ディック、貴方剣が使えないって聞いたけど、大丈夫なの?」

「ん……どうにかする。いつかまた使えるようになるだろうし」

「でも困るでしょう? 私達に出来る事はない?」

「貴方がまた剣が使えるようになるなら、協力するから。な、なんなら今度一緒に出掛けたり……殺気!?」


 僕も感じた。恐る恐る振り向くと……。


「辣臥剛縺ォ縺翫¢繧玖√″繧剃ク弱∴繧薙?∵ア晁ヲ壽縺ッ蜃コ譚・縺溘□繧阪≧縺ェ縲」


「古代魔法の詠唱してる!? 二人とも早く逃げて!」

「は、はわわわわ!?」

「失礼しましたー!」


 ラミアと人狼が一目散に逃げていく。古代魔法の詠唱は僕もひやりとしたよ。


「シラヌイ……ファイアボールならまだしも古代魔法はやりすぎ……」

「んで、出かけるの?」

「ん?」

「ラミアと人狼に色目使われて鼻の下伸ばしてんじゃないっての。行きたきゃ勝手に行けばいいじゃないのよバーカ」


 ……拗ねてる、相当拗ねている。尻尾がへにゃっと垂れ下がっているのが証拠だ。

 最近になって分かったけど、シラヌイはかなりのヤキモチやきだ。些細な事ですぐに機嫌を損ねてしまう。そんな時は……。


「すみませんでした、もうしません」


 素直に謝るに限る、ソユーズから教わった事だ。


「違うでしょうがっ」

「あだっ」


 だけどすぐに殴られた。話が違うぞソユーズ。


「そうじゃなくて、どっかに出掛ける時は私が一緒って言ってんでしょうがアホンダラ」

「いてて……ごめん、聞き取れなかったけど、何?」

「……私の事を考えなさい」

「へっ?」


「さっき、刀の事考えそうになったらの話の続き。ほら、私ってあんたの母親と同じ顔してんでしょ。意識反らすのに使えるんじゃないかなーって思っただけで、その他深い意味はないからさ」


 いや、尻尾が思い切り揺れているよ。深い意味があるんだろう。

 彼女の意図する事が分かって、つい苦笑してしまう。そしたらシラヌイは脛を蹴り飛ばしてきた。


「なぁにぃ? その馬鹿にしたような笑いは。私なんか変な事言ったかしらねぇ?」

「違うよ。前に比べて分かりやすいなと思っただけ」

「!? そ、そりゃそうでしょうよ! 私も誤解されないよう気を遣ってるんだから! 変に勘違いされて異動届でも出されちゃ、私一人でまた仕事やんなきゃならないし……ともかく! 私の副官になれんのはあんただけ! あんたを副官で扱えるのも私だけ! その辺理解しときなさいよ!」


 シラヌイは照れると口数が多くなる。最初会った時からは考えられない位、表情豊かになったな。

 仕事に戻りながら、そっとロケットを覗き込む。ロケットの中では元気だったころの母さんが優しく微笑みかけている。

 不意に母さんの顔にシラヌイの影が重なり、目を瞬いた。なんだろう、最近母さんの肖像画を見ると、シラヌイの影がだぶるようになっていた。


「シラヌイには母さんの影が映らないのに……どういう事なんだろう」

「なんか言った?」

「いや、なんでもない」


 意識してしまったからだろうか。僕は赤面し、シラヌイの顔を見れなかった。


  ◇◇◇


『って考えてるんだけど、どうかなリージョン』

「そうですね……俺もディックが適任だと思います」


 俺ことリージョンは、魔王様からある相談を持ち掛けられていた。

 魔王軍が手にした魔導具の件だ。現状我々魔王軍が対処すべき問題は、勇者フェイス。奴の持つ聖剣エンディミオンを対処せねば、将来奴は大きな脅威となる。

 現時点ですら奴は無敵に近い。俺の見立てでは、四天王の力を結集してようやく同等以下と言った所だろう。それだけ分が悪い相手だ。


「勇者と戦える者は一人でも多い方がいい、特に魔導具が扱える者は重要です。ディックが適合者として選ばれたのなら、あいつに魔導具の復活を任せるべきでしょう。勇者との因縁もありますしね」

『だよね。ところでディッ君のイップスは治ったのかな?』

「まだですね……俺としても早く治って欲しいのですが」


『文官にするには勿体ないからね。折角お買い得な中途採用雇えたと思ったのに、フェイスってば壊してくれちゃってぇ。……イップスって労災適用していいのかな?』

「えっ? うーん……確かに業務内で受けた心傷ですけど……うーん?」


 ケガやうつ病なら分かるが、イップスってどうなんだろうな。ちょっと線引き曖昧だけど……適用しちゃっていいんじゃないか? 分類上、PTSDとして通してもいいだろうし。


「軍医のメンタルケアを受けているようですし、セカンドオピニオンで外部の医師を受けたら出してもいいのでは?」

『前例無いけど作っていっか。んじゃまぁ早速予約入れちゃおうかね』

「えっ?」


 魔王様は水晶玉に手をかける。通信用の魔具で、一定の魔力を込めると遠方に連絡できる代物だ。


『あ、もっしードレカー君。久しぶりだねー』

「! ドレカー先輩!?」


 通信先の名前を聞いて驚いた。魔王様と話しているのは……俺達の先輩だ。


『うんうんそーなの、魔導具の修復と、ちょっとイップスっちゃった社員のメンタルケアをしてほしいんだ。今一応お医者さんもやってんでしょ? え、保険証と紹介状持ってこさせろ? うんわかったーそんじゃねー』

「……魔王様、ドレカー先輩、医者になっていたんですか? というよりドレカー先輩にディックを診せるんですか?」

『ドレカー君なら任せられるよ。向こうで心療内科をやってるし、一旦環境変えるのも気分転換になるだろうし』

「は、はぁ……」


 とは言っても、ドレカー先輩は人を激しく選ぶ。俺達以上に濃すぎる人だし、かえって悪化させたりしないだろうな。


「……本当に大丈夫なのか?」

『大丈夫だって、ドレカー君はワシと波長が合うからさぁ。退職しちゃったのが残念な人材だったよーうんうん』


 あんたと馬が合う人だから余計に心配なんだよっ!

 ディックが行くとなるとシラヌイも行くだろうし……はぁ……あいつら胃に穴が空かなければいいんだがな……。

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