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27話 第一部・完

「あんの馬鹿、メイライトに体許して何考えてんのよ」


 私ことシラヌイは苛立っていた。ディックがメイライトに抱きしめられているのを思い出すだけでむかむかする。

 あいつらは古代魔法で制裁しておいた。手加減しておいたから死にはしないでしょう。

 大方、ディックがイップスを受け入れられずに落ち込んだ所をつけこんだんでしょうけど。あいつもあいつでそれなら私を頼りなさいっての。


 次私以外の女に靡いたらあんなもんじゃ済まさないわよ。


「……不機嫌だなシラヌイ、さっきの爆発はお前のせいか?」

「ソユーズ……まぁね、ちょっとしたお仕置きよ。悩み事あんならあいつじゃなくて私に頼れってぇのに……人に何言わせてんのあんた!」

「……お前が勝手に自爆しただけだろう」


 ごもっとも。ここ最近の私、自滅する事が多い気がする。

 だけどね、こっちはあいつのために色々調べてんのに他の奴を頼るのがなんか気に入らないのよ。

 私はもう一度、ディックが抜刀術を使う姿が見たいの。言いたくないけどあいつの抜刀術は綺麗よ、見惚れる位美しいの。


 それに苦しそうな顔をするのは見たくない。自信を持っていた物が使えなくなる辛さは私にもわかる。順序は逆だけど、私も似たようなものだからね。

 ディックには借りが残っている。それを返さないようじゃ、四天王として筋が通らないわ。


「ディックのイップスは私が治す。この役目は誰にも譲らないんだから」

「……素直じゃない奴だ」

「何よ。てかあんた、マスクの下笑ってるでしょ」

「……誰かのために強く入れ込むなんて、以前までのシラヌイでは考えられないからな」

「別に入れ込んでるわけじゃないわよ。あいつは凄く使える奴だし、変に調子崩したままじゃ私の仕事が大変になるだけだから、早く調子を取り戻してほしいだけ。……決して自信無くして辛そうなの見るのが嫌だとかなんか知らないけど守ってやりたいなーとか思ったりしてないし出来れば私以外の女に近づくのも止めて欲しいなとかは全然ないから勘違いしちゃだめよ」

「……あえて言おう、ノーコメントだと」


 おいこら、あんた物凄く冷めた目で私を見てるでしょ。私分かるのよ、落ちこぼれだった頃、よく周りからそんな目で見られていたから。


「別に私はあいつに構ってほしいとかそんな事一切思ってないんだから!」

「……ブレーキ踏め。今のお前、自ら恥部を露出しているようなものだぞ」

「サキュバスとしては正しいじゃない!」

「シラヌイ個人としてアウトだ」


 ソユーズが「……」を挟まずツッコんできた。流石の私も黙ってしまう。

 ……つか今私、何を口走った? あれじゃディックが好きでたまらないって自分から白状しているものなのでは?


「んなわけあるかぁっ! 誰があのマザコン男に好意を抱いたり……って何叫ばせてんのあんたわぁっ!」

「……お前昂ると好意が暴走するタイプなんだな」

「暴走なんかしてないけどぉ? 恋愛ってのはねぇ、先に恋に落ちた方が負けなのよ!」

「……だったらお前はとっくにコールド負けしているぞ」

「完敗なんてしてませんけどぉ? ただあいつが他の女と話しているだけでもむかつくだけだし、家に帰ってから次の日仕事行くのが楽しみなってるだけだしぃ。これのどこが私の負けだってのよ」

「……もうこの話題はやめておこう、ただシラヌイが自縄自縛になっていくだけだ」

 言われてようやく落ち着いた。私、語るに落ちる一方だわ。

「……そうまで語るのなら、傍に居てやれ。イップスに掛かった者は、メンタルに多大な負荷がかかっている。克服には周囲のサポートが必要だ」

「随分詳しいじゃない」

「……我も調べたのでな、それもお前の隣で。シラヌイが勝手に本を持ってくるから探すのが省けた」

「えっ、あんた私の横居たの? 嘘だぁ」

「……我に気付かぬくらい集中していたようだな」


 いや、いやちょっと待って。私はその、ほら! 自分にもイップスがかかるかもしれないからその予防として本を読み漁っていたわけであって、ディックの事なんかなんにも関係ないわけで。


「……もう自由に過ごせ。我もディックの復活を望んでいる、出来る事があれば言うといい」

「冗談。あいつと約束したのよ、私が刀を握れるようにするって。だから、私があいつを復活させる。誰にも譲るもんか」


  ◇◇◇


 僕ことディックは、気落ちしながら表彰台を眺めていた。

 僕達の最終順位は32位。全部で50チームが参加していたから、真ん中より低い。

 原因はどう考えても僕だろう。三戦目以降、僕は全敗してしまった。僕が足を引っ張ってしまったのが大きな敗因だ。

 それで優勝したのがリージョン。僕達に負けて以降は全勝したみたいで、勝ち点12を獲得。文句なしの一位だ。


「最後の最後で美味しい所取りしちゃってぇ。やぁねぇ」

「……まぁあいつはオチ担当だからな。たまには美味しい思いをさせてやろう」

「なんだろ、この負けたのに悔しくない感じ」


 さんざん言われているな。これでもリージョンが四天王のリーダーなのだけど。

 大喜びしているリージョンを見送ってから、僕はそっと離れた。

 イップスの影響は思った以上に酷い。母さんから貰った流麗な剣術は崩壊し、ただ力任せに振り回すだけの乱雑な物に成り下がっている。


 フェイスは僕から大事な物を次々に奪っていた。母さんから教わった誇りも、受け継いだ剣術も、何もかもが壊されている。


「これじゃ、死んだも同じだな……」


 僕にとって母さんは全てだ。でも今の僕には、母さんがくれた全てが無くなってしまった。

 剣士としての僕は、勇者フェイスに殺されてしまったようだ。


「なぁに独り暗くなってんのよ」

「いたっ!? シラヌイ?」


 急に彼女に背中を蹴られた。無理やりベンチに座らされると、シラヌイは隣に座ってくる。


「あんたの考えてる事当ててあげよっか。僕の中の母さんが死んじゃった、どうしよう。そんな所でしょ」

「凄いな、よく分かったね」

「よくも悪くもブレないからよ。それにあんたとずっと居るし、大体読めるようになってきたわけ」

「確かに僕は母さんが中心だからね。理解されて当然か」

「あんた見た目は悪くないのにマザコンで損してるからねぇ」

「女性にもてたいとは思っていないから構わないけどさ」

「男としてどうなのよ。……こっちとしては都合良いけど」


 僕らは他愛ない話をした。シラヌイと過ごしている間は、嫌な事を忘れられた。

 だけど剣に触れる度、否応なしに現状を思いだしてしまう。


「イップスの解消には、まず現状を受け入れる事から始めるみたいよ」

「?」

「? じゃないの。今日で分かったんでしょ、今自分が剣を使えない状態だって。辛いかもしれないけど、それを受け入れるのが治すための一歩だそうよ」

「受け入れるか……」

「おっと、余計な事ぐちゃぐちゃ言わせないからね」


 シラヌイが両手で頬を挟み、無理矢理顔を向けさせた。

 母さんと目を合わせているようだ。だけど目の前に居るのは姿が似ているサキュバス、母さんではない。

 胸が苦しい、心臓が激しく鼓動する。僕はシラヌイを強く意識していた。


「いい、今から私の言う事をちゃんと守りなさい。まず一つ、剣術修行は暫く禁止」

「えっ?」

「あんた毎朝素振りや型の確認をしているでしょ、それはやっちゃだめ。走り込みとか筋トレとかはいいけど、暫く剣から離れる事。いい?」

「どうして?」

「今のあんたはイップスを治そうと焦ってる状態よ。そんな状態で修行をしたらフォームを修正し過ぎて、かえって悪くなる一方なの。型はお母さんからみっちり仕込まれてんでしょ? だったら一ヵ月や二ヶ月くらいどうって事ないわよ。そう簡単に忘れたりしない」


 ……僕の剣は母さんが付きっ切りで教えてくれた宝物だ。彼女の言う通り、そう簡単に型を忘れるわけがない。


「二つ目。あんたは何にも悪い事してない、迷惑もかけてない。それを自覚する事。誰だって調子の悪い時くらいあるでしょ、あんたはまさにその時なの。今まで沢山助けてくれたし、今まで通りやってくれればそれでいいから。傍に居てくれるだけでも違うしさ」

「思うように戦えないから、迷惑かけるかもしれないよ。今日の敗戦も僕が原因だし」

「はいやめー! そんな事考えるなら、あんたにいつもの倍仕事をあげるから。嫌な事を考えられなくなるくらい、沢山出してあげるわよ。それが嫌なら、どっか遊びでも行けばいいし。ただし、私が監視としてついていくから。いい?」

「……成程ね」


 ここまで言われて分からない僕ではない。彼女はリラックスしろって言いたいんだ。

 剣から離れろか。多分他の人に言われたら、きっと反発していただろうな。けどシラヌイに言われると、母さんからも言われているような気がして、素直に頷いてしまう。


「それと、三つ目。今後、私以外の女と出来るだけ話さない事。と言うか色目使ったり抱きつかれたりするのも禁止。見つけたら焼いてやるから」

「仕事上それは難しいんじゃ」

「難しくても守るの! 第一あんた仕事の片手間に色んな奴手伝うから、私としては気が気じゃないのよ。わき目振られる方の身にもなって見なさい」


 いつになく強い口調で言われてしまった。

 ……いくら僕でも、こうまであからさまじゃあ勘づくよ。だというのに先へ進めない自分が情けない。

 心のどこかで今の関係が壊れる事を恐れる僕が居る。シラヌイとの関係は心地いいからこそ、踏み込む事で崩れるのが嫌なんだ。


 僕の我儘だ。けど言い訳させてもらうなら、僕が我儘を言える相手はシラヌイだけ。いつの間にか彼女は、僕の中で特別な人になっていた。


「ともかく、今言った事はちゃんと守りなさい。あんたがまた刀を握れるように、私も手伝うからさ」

「……ありがとうシラヌイ。その気持ちがとても嬉しい。けど」

「なによ」

「それを台無しにするのが三名居るみたいだな」


 さっきから気配を感じていたよ、物陰に隠れている四天王達。


「くそぅ、お前の気配探知は異常すぎるだろう。もどかしくもいい所でばらしやがって」

「ダメよぉシラヌイちゃあん、そこまで来たらもういっそ自分から言い出さなくちゃあ!」

「え……あ、あんたら……どこから見てた……?」

「……シラヌイがベンチに座った時から」


 ソユーズ、それ地雷。

 案の定、シラヌイの顔は爆発。頭から大量の湯気が噴き出した。


「あ、あ、あ、あ……あんた達……燃やしゅっ! 地の果てまで追いかけて燃やしゅっ! 燃やしてやりゅうっ!」

「シラヌイがキレたぞぉっ! 全員にげろぉっ!」

「やーん照れ隠しが過激すぎぃ、ちょっとは容赦してよぉ」

「なぜ我まで追い回されねばならんのだ……!」


 どったんばったん大騒ぎ、仲のいい四天王だ。

 母さん、僕は魔王軍で上手くやれているよ。人生で一番充実していると言ってもいい。

 だから必ず、貴方から受け継いだ宝物を取り返す。抜刀術も誇りも全てを取り戻して、もう一度フェイスと戦う。


「そして今度こそ、フェイスに勝ってみせる」


 どうか僕を見守っていてくれ。貴方に瓜二つの彼女、シラヌイと一緒にこの困難を乗り越えてみせるから。


  ◇◇◇


『やっぱ適正があるのはディッ君だけだったか』


 ワシこと魔王様は、魔導具を眺めていた。

 鬼ごっこ大会を開いたのは単に楽しむだけじゃあない。この魔導具に適性がある者が居ないか確認するためでもあったのだ。

 魔導具は闘争心の集まる場所で適合者に反応する性質がある。鬼ごっこは適合者を探すのに適した催しってわけよ。


 それで調べた所、ディッ君が出てくる時だけ魔導具がうっすら光っていた。現状魔王軍でこれを使えるのは、彼だけってわけだ。


『魔力は僅かに残ってるみたいねぇ。って事はこれ、復活できるにゃあ』


 失った魔力を回復させる方法はあるんだにゃあこりが。ついでにディッ君を元に戻すのも並行してやっちゃおっかな。


『勇者フェイスと戦える駒は一個でも多い方がいいしね。ディッ君を最強の剣士にしよう作戦、始動しちゃおっかな』


 エンディミオンは魔導具の中でもトップクラスの性能を持つ剣だけど、この籠手はどうやら魔導具の中じゃ最弱の物っぽい。けどその代わり、「アンチ魔導具」とも言える性質を持っているみたいだね。

 ぜひとも中途採用君には頑張ってもらわないと。勇者パーティなんてブラック企業じゃなくて、魔王軍ってホワイト企業に転職できたんだし。しっかり恩返しして貰わなくちゃ。


 彼には将来、四天王の一角になってもらいたいんだから。


『ライバル対決にシラヌイとの恋の行方に。うーん飽きないねぇこの展開』


 さぁて、それでは第二部へ移るとしよっか。勇者と魔王の戦いの、次のステージへとね。

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