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26話 鬼ごっこ大会

 俺ことリージョンは、背後から迫りくる恐怖から逃げ惑っていた。

 どうして、どうしてこんな事になってしまった。何度考えても分からない。明確なのは……襲ってくるあいつが、想像以上にヤバかった。それを理解できなかったんだ。


「く、くそぉっ!」


 道中置かれていた板を倒して道を塞ぐも、あっさりと踏み壊される。窓を超えたら、壁を壊されて追いつかれた。


「嘘だろ……やめろ、やめろ! お願い乱暴しないであああああああっ!」


 ぶちのめされた俺は捕まり、檻へと運ばれた。開始僅か二分、勝負にすらならなかった……。


「……やるんじゃなかった……鬼ごっこ大会……」


 どうしてこうなってしまったのか。話は少し前に遡る……。


  ◇◇◇


『魔王様主催! 魔王軍対抗ドキドキ☆鬼ごっこ大会ー!』


 私ことシラヌイとディックは、呆れた顔で魔王様を見上げていた。

 四天王を始めとする配下を集めて何をするのかと思えば……こんなくだらない催しにどうして四天王が参加しなきゃならないのよ。

 おまけに観客まで集めてさぁ……しかも満員御礼だし。何? この国には呑気な奴らしかいないの?


「これは魔王軍の伝統行事なのかい?」

「んなわけあるか。例によって魔王様の思い付きよ」


 つーかなんで鬼ごっこ大会? そんな子供みたいな行事になんで満員の観客が来るの? どうしてメイライトもリージョンもソユーズもやる気なの? ツッコミどころ多すぎるんだけど。

 魔王様の演説をよそに私はため息を吐いた。


「こっちはディックのイップス抱えてるってのに、無駄な時間だわ」

「いや、丁度いい息抜きになるよ。抜刀術が使えないのは、確かに辛いけども……焦っても仕方がない。少しでも頭から忘れておかないとね」


 ディックは微笑んでいるけど、拳を握り込んでいる。必死になって気持ちを抑えているのね。

 一朝一夕で解決できる問題じゃないからこそ、ディックも悩み苦しんでいる。そこから離れる時間も必要なのかもしれないわね。


「しょうがない、それなら私も付きあってあげる。抜刀術使えるよう手伝うって、約束しちゃったしね。今日くらいは楽しみましょうか」

「思えば他の四天王と戦える機会でもあるんだ、逃したら損だよね」

「負けたら承知しないわよ。四天王最弱とは言っても、あいつらにだけは負けたくないんだから」

「大丈夫、鬼ごっこは得意だから」

「言ったなぁ。それじゃあ」


『はいそこ二人、いい加減いちゃつくのやめー』


 魔王様からの注意を受け、はっとする。

 気付いたら周囲の視線が集まっている。なんというか、生温かいと言うか、嫉妬交じりと言うか……小声で「リア充爆発しろ」とかも聞こえたような……。


「だ、誰がこいつと付きあってるってのよ!? まだ付き合ってねーわ!」

『まだ?(ニヤニヤ)』

「あっ……」


 はい、錯乱して私シラヌイ、自爆しました。


  ◇◇◇


 見事に大恥をかいちゃった……この屈辱、鬼ごっこで晴らしてくれるわ。

 改めてルール確認っと。基本的なルールは鬼一人に対し、四人の逃げる人が居る。フィールドは六十メートル四方の迷宮で、中には窓枠だったり板だったり、逃げるのに使える障害物が用意されているようね。


 逃亡者は制限時間十分の間、一人でも逃げ切れば勝利。鬼はその前に全員捕まえれば勝利。これを両チーム一回ずつ行って勝敗を決める二本勝負だ。

 各チーム五戦ずつして、勝ったら三ポイント、ドローで一ポイント、負けたらゼロポイントの勝ち点を計算。そのポイントで順位を決めるってわけね。


 結構ざっくりしたルールだわ。まぁ武道大会じゃなくて単なる遊びのお祭りだし、これくらい大雑把な方が気楽に挑めていいかもね。


 能力はどちらも使っていいけど、四天王だけはハンデとして使用禁止か。


 確かにリージョンならワープが使えるし、メイライトも時間を止められちゃあどうしようもないし、ソユーズも壁とか鎖とか操って話にならないし、私も迷宮を焼き払っちゃえば事が済むし。妥当なルールね。


「となると私は……逃げる側がいいな。鬼側じゃ捕まえられる自信ないし」


 私は運動音痴だし、足も遅い。まだ逃げる側がマシだわね。


「じゃあ僕が鬼をやるよ。さっきも言ったけど、鬼ごっこは得意なんだ」

「……思えばあんた、絶対得意よね。うん、あんたしか適任居ないわ」


 んで、私らの最初の相手は……へぇ、あいつかぁ。


「見つけたぞシラヌイ。まさかお前達と最初に当たるとはな」

「奇遇ね。今同じ事を考えていたわよ、リージョン。四天王のリーダーと当たるなんて、こんな光栄な事はないわ」

「こちらこそ、いきなり四天王一の努力家と当たるとは願ったりだ」


 私達四天王は直接戦う事はない。だからかな、こうした勝負事になると……ライバル意識が強く働いてしまう。

 こいつにだけは負けたくない。いかに最弱と言えど、勝ちは譲れないわ。


「ディック、容赦なく潰してやりなさい! 遠慮はいらないわ!」

「ふっ、こちらこそ遠慮する気はない。思い切りかかってこいや!」


 がっしと握手を交わして別れる。あいつが相手である以上、全力で逃げ切ってやる。


「仲がいいんだな」

「なんだかんだ付き合いは長いしね。ってどしたのよその顔」


 ディックにしては珍しく不機嫌そうな顔してる。もしかしてこれ。


「あんたさ、私があいつと握手したの気に入らなかったりする?」

「そんな事はない」


 ぷいってそっぽ向くなっての。それ言ってるような物でしょうが。

 こいつもヤキモチするんだ。ちょっと意外……ってヤキモチ?


「違うから!」

「え?」

「大体なんで今更そんなんするのよ、リージョンとはもう結構な付き合いになるでしょうが。私とあいつがどんな間柄くらいわかってるでしょ」

「話が見えないんだけど、どうしたのシラヌイ」

「どうしたのって、あーうー……」


 とぼけてるのか誤魔化してるのかわかんないなぁ……元殺し屋だから、ディックの方が腹芸得意だしさぁ……。


「ともかく私はリージョンを同僚としか見てないから。不機嫌な顔されたらこっちも不機嫌になるっての」

「……そっか。うん、ごめん」

「謝るくらいなら、鬼として活躍しなさい。いいわね」

「分かった。じゃあ宣言するよ」


 ディックは指を二本立てた。


「二分以内にリージョン達を全滅させる。見ていてくれ」


  ◇◇◇


 と言う事でディックを鬼にゲームが始まったわけだけど、始まってすぐに試合は終わったような物だった。


 だってあいつ、気配察知が出来るのよ。おまけに短時間の未来予知が出来るのよ。そんな奴相手にどうやって逃げろっての? おまけに元殺し屋だから気配を消す方法も熟知しているし、ステルス性もばっちりときたもんよ。


 それに刀が使えなくても、大剣は使えるのよあいつ。


 剣で壁壊して、気配察知で見つけた逃亡者を面白いように捕まえていったわ。


『ディーック!? おま……剣握れないんじゃなかったのかぁ!?』

『刀と抜刀術が使えないだけで、普通の剣なら使えるんだ』

『どーいう理屈だそれぇ!?』


 格闘技で、相手のボディは殴れるけど、頭は殴れなくなるイップスに掛かった事例があるらしい。あとは大怪我をして、得意としていた技を使えなくなるとかも。

 ディックのイップスはまさにそれで、剣その物が使えなくなったわけじゃなく、自分の得意とする種類の剣と技が使えない状態なの。


『という事で大人しく捕まってくれ』

『や、やめ、あああああっ!?』


 あえなくリージョンも捕まって、宣言通り二分で終わらせちゃった。こりゃ、相手が可哀そうになるわね。


「あらー凄いじゃなぁいディックちゃん。お姉さん驚いちゃったわぁ」

「こら、何堂々と敵情視察しにきてんの」


 ひょっこり現れたメイライトを睨むと、あいつは嬉しそうに笑った。


「私もディックちゃんの事心配してたのよぉ。あれならきっとイップスもすぐ克服できるわねぇ」

「……そう簡単な話じゃないわよ。多分、と言うか間違いなく。この先あいつは通用しなくなるわ」

「あんなに活き活きとしているのにぃ?」

「まぁ、見ていれば分かるわ」


 ディックなら剣で壁を切断している。叩き壊すって方法を取る時点で違和感があるわ。

 ちなみにリージョンとの戦いは、私が最後まで逃げ切ってどうにか勝ちをもぎとったわ。


  ◇◇◇


 僕ことディックは、三戦目の鬼をやっていた。

 気配察知で逃亡者の位置を探り、剣で壁を叩き壊して道を開く。ワーウルフの兵士を見つけて早速捕まえにかかるけど、彼は僕に戦闘を挑んできた。


 ワーウルフは剣を受け止める程硬い毛皮と皮膚を持っている。僕の一太刀は左腕で受け止められ、そのまま跳ね飛ばされた。

 倒れている隙に逃げられてしまい、再び追いかける。だけど追いついても僕には、相手を抑え込む馬力が無かった。


 そろそろぼろが出始めたか。


 僕の基礎である抜刀術が使えなくなった影響か、細かな足捌きや体重移動も出来なくなっている。そのせいで剣に充分な力を伝えられず、普通の剣術すら弱体化していた。

 二戦目までは腕力だけでどうにか誤魔化せたけど、後半になってくると相手も分かって来てしまう。僕が力任せで雑な攻撃しか出来ないと。


 結局時間内に二人しか捕まえられなかった。抜刀術が使えないだけで、思い通りの戦果を出せなくなっている。


「シラヌイちゃんが言ってたのって、この事だったのねぇ」


 四戦目はメイライトと戦う事になったけど、この頃になると完全に対策されてしまった。

 どうせ僕に見つかるのなら、あえて固まって全員で迎え撃つ作戦に切り替えられた。居合のない僕では、一体多数になるともうどうする事も出来ない。いくら攻撃しても相手をダウンさせられず、一定の距離を保たれ逃げられてしまう。


 とうとう、誰一人捕まえられずに終わってしまった。


 抜刀術が使えないだけなのに、まるで自分の体じゃないような錯覚を感じる。それが物凄く苦しかった。

 今まで出来ていたはずの事が出来なくなるのが、悔しくてたまらない。母さんから貰った物が壊れてしまったような気がして、涙が出てしまいそうだ。


「ごめんなさいねディックちゃん、なんか、悪い事しちゃったわ」

「メイライト……いや、謝る事じゃない。遊びでも勝負の場なんだし、対応できなかった僕が悪いんだ」

「でもぉ、抜刀術が使えたらきっと破られていたわよぉ。やっぱりまだ難しそう?」

「解決の糸口も見えていないな」


 相変わらず刀を抜こうとすると体が硬直してしまう。何度訓練しても悪化する一方で、長いトンネルに入ってしまったようだ。

 落ち込む僕を、メイライトが優しく抱きしめてきた。


「本当はシラヌイちゃんの役目なんでしょうけど、庇護欲くすぐられちゃったわぁ。お姉さんが慰めてあげる。ちょっとでも元気出して頂戴」

「……ありがとう」


 気遣いは嬉しいけど、心は晴れない。一体どうすればいいんだろうな。


「……あんた達、何してんのかしら?」


 落ち込んでいたら、凄くドスの利いた声が聞こえてきた。

 振り向けば、そこには見た事のない不機嫌顔のシラヌイが、古代魔法を詠唱しながら立っていた。


「あ、あらーシラヌイちゃん。違うのよぉこれは私が慰めたいなーって思ったからやってるだけで、この子のせいじゃないのよぉ。ねっディックちゃん」

「……この場合どう言えばいいんだろうか」

「真面目にボケかまさないでぇディックちゃあん!」

「遺言はそれでいいようねぇ」


 直後、僕とメイライトに強烈な爆裂魔法が叩き込まれ、一時大惨事となってしまった。

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