24話 聖剣の恐ろしさ。
「確かに私は三人に比べれば、接近戦が得意じゃないわ。でも、あくまであいつらが化け物なだけなのよ」
私ことシラヌイは、フェイスの出した改造人間達を殲滅していた。
ディックにはフェイスの足止めを頼んである。その間に雑魚を焼き尽くす算段だ。
さっきも言った通り、私は他の四天王より接近戦が苦手なだけで、一般兵よりは遥かに強い自信がある。
接近戦をする時、私は火炎魔神シウテクトリを召喚する。そいつは私の背後に幽体として浮かび、近づく者を炎の拳で粉砕するのだ。
私の動きと連動させれば、より攻撃力を増して殴打を放てる。纏っている状態の私に触れれば、剣だろうが矢だろうが瞬く間に溶け落ちる。接近戦が私の弱点だと思ったら大間違いよ。
「もう人間に戻れないのなら……一思いにやってあげる」
火炎魔神の腕で横殴りにし、消し炭にしてやる。苦しませずに死なせるのがせめてもの慈悲よ。
改造人間は倒した。ディックは大丈夫かしら。
フェイスを相手に激しく切り結んでいる。刀と剣がぶつかり合い、激しい火花が散っていた。
時折放たれるディックの居合斬りは、遥か後方まで切り裂き、壁に巨大な亀裂を走らせる。ディックも飛ぶ斬撃を使えるんだ。
それだけでなく、ディックはすさまじい速度で切り結んでいる。私の目にすら捉えられないほどの斬撃が、フェイスをあらゆる角度から、空間ごと切り裂いて襲っていた。
一撃必殺の居合斬りを連発し、神速の剣術で翻弄し、大剣での斬撃を織り交ぜ変化も付けている。まるで嵐のような猛攻……あれがディックの本気なんだ。
気配探知による先読みも加味すれば、ディックの本気は四天王と同等と言っていい。なのにフェイスは、あくびでも出そうな退屈そうな顔で、全ての攻撃を捌いていた。
「せいっ!」
ディックの双剣による一撃がフェイスを捕えた。大きく吹っ飛ばされるけれど、フェイスは軽い体捌きで受け身を取った。
「へぇ、やる。初対面の時の雑魚さ加減が嘘みたいだ」
「寝込みを襲われれば当然だ。……どうしてお前は僕を狙った」
「別に。深い意味なんてないさ。しいて言うなら、殺し屋業界最強の男を試した。そんなところかな」
エンディミオンを振り、フェイスは首を鳴らした。
こいつはまだ本気を出していない。その証拠に、エンディミオンの力を一切使っていない。
……素の状態でディックの未来予知と神速剣術に対応しているなんて。
「遊び感覚で挑んでいるなら……その間に仕留めてやる!」
ディックが飛び出した。フェイスは聖剣を構え迎え撃つけど、ぶつかる直前でディックは大剣を投げつけた。
魔法を使い、丸鋸のように回転しながら飛んでいく。フェイスも予想外だったのか、少し反応が遅れた。
当然ディックが見逃すはずがない。居合斬りが鞘走り、フェイスの左腕を切断した。
だけどフェイスも聖剣でディックの脇腹を切りつける。互いにダメージを受けたけど、フェイスの方が重傷のはずだ。
「腕を持っていかれたか。少し甘く見過ぎたかな」
なのにフェイスは動じていない。些末事のように、切り落とされた左腕を見下ろしている。
「それじゃあ望み通り、遊びを止めてやるよ。聖剣の力も少しだけ披露してみるかな」
言うなり、聖剣が光り出す。そしたらフェイスの左腕が、生えてきた。
トカゲのしっぽみたいに、ずるりとだ。いよいよ聖剣の力を使い始めたみたいね。
「超再生能力……違う、不死身の魔法ね。例え塵になったとしても、聖剣さえ無事なら何度でも蘇る……!」
「フェイスの厄介な力だ。あいつは、物理的に殺す事が出来ない……」
聖剣がある限り、フェイスは無限コンティニューが出来るんだ。聖剣に選ばれたからって、反則過ぎるでしょ。
「あいつを倒すにはまず、封印か何かで対応する必要があるんだ」
「封印術……一応使えるけど、その前にあいつを弱らせないと」
「何こそこそ話し合ってんの? こんな物、序の口だって。そいつから聖剣の力は聞いているんだろ? 四天王。さぁ来い、火炎魔神!」
聖剣を掲げるなり、フェイスからシウテクトリが飛び出した。私と同じ様に背中から幽体として浮かび上がって、奴の動きと連動している。
私の魔法をこうも軽々と真似されると、気分悪いわね。
エンディミオンのもう一つの力、コピーだ。あの剣を持つ者は一度見ただけで相手の技術を自分の物にする事が出来る。しかも、
「コピーがオリジナルに勝てるわけないでしょ!」
「ダメだシラヌイ! あいつのはただのコピーじゃない!」
私とフェイスの火炎魔神がぶつかり合う。だけど私は一方的に押し負け、弾き飛ばされてしまった。
そうだった。こいつにコピーされた魔法や技は、二度と通じなくなるんだ。だから同じ攻撃を打ち合ったら、オリジナルが絶対負ける。おまけに聖剣から延々と魔力を供給され続けるから、体力が尽きる事もない。
理不尽の集合体みたいな能力じゃないの。
「勇者が魔王に負けると思うか? そんなわけないよな」
「フェイス!」
ディックとフェイスが鍔ぜり合うけど、ディックもまた一方的に押し返された。腕を再生する前より強くなってる……!
「解説してやろうか? 俺は傷つけば傷つく程強くなる。ようはダメージを受けたら勝手にレベルアップしちゃうんだよ。聖剣がそうしてくれるのさ」
「どこまでチート能力持ってんのよその魔導具!」
死ねば死ぬほど強くなり、技を受ける度に技を増やし、おまけに耐性までついて来る。こいつ、どうやったら倒せるの?
私とディックは必死になって応戦した。だけど時間が経つ毎にこいつは強くなって、私達の手に負えなくなる。
相手が魔導具を使っているなら、こっちも魔導具を使わなくちゃ勝ち目がない。
ファイアボールで地面を撃ち抜き、煙幕を作る。この隙に籠手と具足をディックに装備させれば……!
「ディック! これを……!?」
手に取って違和感を受ける。さっきまで感じていたエネルギーが、なくなっている?
「ははは! こいつが魔導具を手にしたら勝てると思った? 残念だけど、それはもうただのガラクタだよ」
まさかこいつ、戦闘中に魔導具の魔力をドレインしたってわけ!?
「俺はお前らより強いんだ。そんな物いつだって奪えるに決まってるだろ。ただ、独り占めするのは可愛そうだしさ。抜け殻だけはあげようと思ったんだ」
「そんな……これじゃ……!」
勇者フェイス、強すぎる。聖剣から力を受けて、人間とは思えない化け物になっているじゃない。
「さてと、いい加減飽きてきたし。イベントを終わらせるとしようか」
「フェイス……くそっ!」
ディックが居合を放とうとした瞬間、肩をエンディミオンが貫いた。あいつが抜刀術を使おうとする度、フェイスは悉く出だしを潰してくる。
「ママに教えて貰った居合術が通用するとでも? ばぁーか!」
抜刀術を潰され、ディックが蹴り飛ばされた。私は咄嗟に受け止めたけど、勢い余って壁に衝突する。フェイスは聖剣を担ぎ、襲い掛かってくる。
こいつだけは、やらせない。
ディックに覆いかぶさり、盾になる。せめて、こいつだけは守りたい!
そしたら突然指輪が光った。すると私とフェイスの空間に裂け目が出来て、刃がフェイスの背中に突き刺さった。
「空間転移? これは」
「そうだ、俺の能力だ」
フェイスの首にゲートが開いた。すぐに閉ざされ、奴の首が斬り取られる。
でも聖剣の力ですぐに再生してしまう。フェイスは距離を取り、視線を上向ける。
つられて視線を向けると、そこには……。
「遅くなったなシラヌイ。魔王四天王、援軍に来たぞ」
リージョン、メイライト、ソユーズ。魔王軍最高戦力が揃っていた。
「あんた達、どうして……」
「うふん、二人に指輪を渡したでしょ? その指輪はねぇ、貴方達が危なくなったら私に通知が来るようになってるのよ」
「……後はメイライトの能力で時間を調整し、その間にリージョンの力でここへ転移したのだ」
……本当にお守りだったんだ、この指輪。
「魔王四天王の揃い踏みか。俺でも流石に、お前達全員の相手は勘弁願いたいな」
「そうか。ならば俺達は望み通り、全員でかかってやろう」
「私を前にして逃げ切れると思わないでねぇ。時間を操る力があるんだもの」
「……唸れ、我が邪眼っ……!」
ソユーズが目から光線を射出した。フェイスも光速には対応できなかったのか、聖剣を持つ手が断ち切られた。
リージョンが空間を操る力で聖剣を手元に引き寄せ、奴から武器を取り上げる。更にメイライトが奴の時間を止めて、身動きを封じてしまった。
「魔導具は装備していなければ効果は出ない。そして死ぬダメージを負わねば、再生能力で脱出する事も出来まい」
「チェックメイトねぇ。これで人間軍の最高戦力、殲滅完了♪」
「……他愛ない相手だったな」
やっぱ、こいつら強すぎるわ。勇者フェイスをこうもあっさり無力化してしまうなんて……と思っていた時だった。
聖剣が砂になって消えてしまう。リージョンが驚く間に、フェイスの高笑いが聞こえてきた。
『残念! お前らが出てきた瞬間、ドッペルゲンガーで影武者を残して脱出していたんだよ。いくら俺でも、四天王全員をまとめて相手したらその結果になるのは見えていたからな』
「まさか……ディックの気配察知で未来予知を」
慢心しているように見えて抜け目が無さすぎるでしょ、どこまで隙が無いのよこの勇者。
『今回の所は水入りにするか、程よい暇つぶしにもなったしな。また次に会える時を楽しみにしておくよ』
人を小馬鹿にするような笑い声の後、フェイスの気配は完全に消えてしまった。
◇◇◇
フェイスが出した被害は、酷い物だった。
外の兵達は奴の仲間に徹底的にやられたのか、死傷者三十名の被害が出ていた。加えて樹海の拠点を襲撃しながら脱出したらしく、そこでも甚大な損害を被っていた。
……恐ろしいのは、これだけの被害を遊び感覚で出した事だわ。
奴は自分以外に何の関心も持っていない。味方の命ですら平気で玩具扱いして、ゴミのように捨ててしまう。あんな奴が、どうして勇者として選ばれたの?
「シラヌイ……」
「ディック、怪我は?」
「メイライトに治してもらった。時間を操る力で、体を過去の健康な状態に戻せる、だったっけか」
「聞くだけでも意味不明な能力ね。けどよかった……無事で」
でも、私達のプライドはズタズタだ。
奴には手を抜かれていた。あの実力差ならフェイスは、私達を瞬殺できたはず。なのにわざと手加減して、獲物を弄ぶネコのように、私達で遊んでいたんだ。
力を失い、抜け殻となった魔道具が、より濃厚に私達の敗戦を彩っている。
手に入れようと思えばすぐに奪えた魔導具から、戦闘中に魔力だけを抜き取って私達に手渡す。圧倒的な強さの演出を見せつけられたわね……。
「……悔しいな。あいつにとって僕達は、殺す価値すらないって事か……」
「四天王の名が泣くわ……こんな腹立たしい負け方は初めてよ……」
「だがそれでも、お前は四天王だ」
「! リージョン」
後ろにはメイライトとソユーズも居る。三人とも悔しそうな顔だ。
「私達も気分悪いわぁ。四天王揃い踏みで勇者を逃がしちゃうんだものぉ」
「……勇者フェイス、改めて対策を立てる必要があるな」
「そうね。特にあんた達の能力も見られちゃったし……」
リージョンの空間能力に、メイライトの時間操作まであいつに……。
「おいおい、流石にそこまでやられっぱなしじゃないぞ。聖剣のコピーは、相手が使っている所を直接見ていなければ成立しないんだ」
「だから見られたんじゃ……」
「うふふのふ。私のもう一つの力をお忘れかしら」
「……それと我の能力もだ」
ソユーズが指を鳴らすと鉄の人形が現れ、私達そっくりの姿に変わった。
「……金属と光を操る力で鉄分身を作った。お前達の前に居た我らは、この分身だ」
「それでぇ、私の創造の力でこれを作ったのよぉ。遠隔操作で能力を発動する魔法道具よ」
メイライトは鉄製のリングを取り出す。そうか、ソユーズの鉄人形に埋め込んで、能力を使っているように見せかけたんだ。
「魔王様は聖剣の能力を熟知されていてな。出発直前、この方法であればコピーされないと教えてくださったのだ。奴は俺達の力を奪えたと思っているだろうが、所詮ぬか喜び。四天王として、一矢報わせてもらったぞ」
「あんた達……!」
「奴は強いが、隙が無いわけではない。落ち込んでいる暇はないぞ。敗北を通して、戦士は強くなる。違うか?」
そうね……フェイスとはまた戦う事になるでしょう。
その時までに鍛えればいいのよ。私も、ディックも。
改めて私達は抜け殻となった魔導具を見やった。
「この屈辱は、必ず返す……」
「首を洗って待ってなさい、フェイス!」




