23話 勇者フェイス、現る。
私ことシラヌイは、ディックと共にダンジョン探索を行っていた。
ダンジョン攻略なんて新兵の頃以来だし、気を引き締めていきたい所なんだけど……。
「シラヌイ、そこに落とし穴があるから気を付けて」
「ん」
「分かれ道か。でも右は行き止まりみたいだな」
「あ、そうなの?」
「魔物の気配がする。僕が処理をしよう」
「え、あ、じゃあお願い……」
「パズル形式の仕掛けか。けどここをこうしてこうすれば……よし解除できた」
「…………(汗)」
私の出る幕が全っ然ないんだけど。私の仕事、ランタン持ってるだけなんだけど。時々結界の張られた扉解除する時しか出番ないんだけど。
こいつは周囲の気配を探る力を持っている。母親から教わった東洋の技術らしいんだけど……あまりに高精度すぎて全部ディックが対処していた。
一応私上司なんだけど、部下が優秀過ぎてやる事ない。……ちょっと寂しいんだけど。
「私にもダンジョン攻略させなさいよ。これじゃ足手まといみたいじゃない」
「体力は温存していたほうがいい。特にシラヌイの方が戦闘力は上なんだ、雑務は僕に任せてくれ」
「そしたらあんたの方が消耗するでしょうが」
「大丈夫、体力には自信があるんだ」
そりゃ、仕掛けを先読みして対処してりゃ疲れるわけないわな。世話のし甲斐が無い奴だわね。
ってこれじゃ私がこいつの世話したがってるように聞こえるじゃない。
違う違う、こいつ最近有能すぎて調子に乗ってる所があるからここらで一度上司としての威厳を取り戻そうとしているだけであって別に私は何の他意も持っていないのであって。
「シラヌイ、シラヌイ!」
「何よ?」
「そこ罠がある!」
「えっ?」
気付いた頃には遅かった。足元でカチッと音がしたかと思ったら、天井から金タライが落っこちてきた。
「ふぎょおっ!?」
勿論脳天直撃、目から火花が出る。地味だけどめっちゃ痛い。
「ってなんで古代遺跡で現代的な罠があんのよ!?」
「多分かかった人が嫌がる事を具現化する罠じゃないかな。同じ物を見た事がある、トラウマを刺激して苦痛を与える罠だったはず」
「踏んだ人によって効果が違うわけね……ってそれじゃあ私が内心金タライトラップを嫌がってる事になるじゃないの」
「心当たりは?」
「……いやあるんだけどさ……」
魔王軍にはダンジョン攻略の訓練施設がある。そこで必ず金タライが落っこちる罠が用意されていて、一般兵時代、散々引っかかったのだ。
教官の趣味らしいけど、これが凄く痛くて心折れるのよ。酷い時には錫が入ってて気絶する事もあったし。
「でもやっぱ痛った~……これ本当に嫌いぃ……」
「どれ、見せて」
ディックの手が伸びて、頭に触れた。反射的に体が硬直して動けなくなる。
「たんこぶになってるから大丈夫かな。けど痛みが引くまで一旦休憩しよう」
「い、いい! 休まなくてもいいから!」
傍に居られたら私がどうにかなる。こいつが一番のトラップだわ。
ディックを置いて先に進んだら、また足元でカチッと音がした。
まさか。と思う間もなく顔面目掛けてパイが射出。勢い余って後ろにもんどりうって倒れ、後頭部を強打。……昔リージョンに悪ふざけでパイぶつけられたのを思い出すわ。
「シラヌイ!? また同じトラップに……」
「……殺る気あんのかこの遺跡ぃ!」
メイライトが作ったドッキリダンジョンじゃないでしょうねここ!
◇◇◇
連続でしょぼいトラップに引っかかり、若干心が折れた私は、ディックに全部任せる事にした。
結局あいつに全部任せた方が楽だし、下手な意地張らない方がいいわ。……本当に私ってポンコツよね……。
全部ディックが頼れる男なのが悪い。マザコンの癖に優秀だし強いし、欠点がマザコン以外なさすぎるんだけど。
それだけに時々、こいつの傍に居ていいのかと思う事もある。
こいつを副官に付けてから、上司らしい事全然出来てないし。むしろ自分のダメさ加減が浮き彫りになっているし。でもディックと出会えてよかったと思う自分も居るし。
ディックが現れてから私はどんどんダメにさせられている。こいつがなんでもかんでも甘やかして楽にしてくるから、自分の悪い面が浮き彫りになっている気がする。
私、もうちょっとしっかりしないとダメよね。いつまでもこいつに甘えっぱなしじゃあ、四天王の名折れだわ。
「シラヌイ、見えてきたよ。魔導具がある場所だ」
「ってまた先越されたぁ」
本当に勘弁してよぉ、ちょっとはあんたから頼られたいのに。
渋々走ると、開けた場所に出た。
儀式を執り行う場所なのだろうか、半球のドーム状の空間で、壁がうっすらと輝いている。足元には幾何学模様を使った魔法陣が描かれ、チェスの駒みたいな石像が各所に置かれていた。
奥には、玉座を思わせる椅子がある。そこに鈍色の物体が見えた。
「魔導具、かな」
「ええ、間違いなく」
流石にここまでくれば、強いエネルギーを感じるわね。勇者フェイスの聖剣と同じくする魔道具だわ。
近づいてみると、シルエットがはっきりした。籠手と具足かしら。それぞれ肘と膝までを防護する大振りの防具だ。魔力を感じるけど、光ったりしていない。見た目は普通の武具ね。
「鎧の一部かな。胴体の部分が無いけど」
「けどここ以外に力は感じない。これでワンセットみたいね」
ただこれ、私じゃ装備出来ないかな。どう見ても前線で戦う人向けだし。ともかく回収しちゃいましょうか。
「……待ってシラヌイ」
「ん? どしたの急に」
「……ああ、急にだ。背筋がぞくりとしたんだ」
刀に手を当てて、警戒態勢に入っている。私も思わず身構えた。
ここに来るまで強敵は現れなかった。なのに突然ディックが警戒する程の強敵が出てきた。となると対象は一人だけ。
「奴だ……フェイスが来た!」
ディックが振り向いた瞬間、斬撃が飛んできた。
咄嗟に彼に飛びつかれ、どうにか回避する。壁に亀裂も無く切り傷が出来、威力を物語っている。
「魔王軍がたむろしてるから何かと思えば、こんな所に魔導具があったのか。しかもだ、死んだはずのお前に会えるとは思っていなかったよ」
そう言って入ってきたのは、身の丈程もある剣を担いだ、ディックと同じくらいの若い人間。魔王軍が最も警戒している危険人物。
勇者フェイスその人だった。
◇◇◇
「フェイス……!」
「お前なんで生きてんの? 俺お前に死ねって言わなかったっけ?」
僕ことディックを見て、フェイスは小馬鹿にするような笑みを浮かべた。こいつ対策は、意味を成さなかったか。
ふつふつと腹の底が燃えてくる。撤退するべきなのに、その意志を破って闘志がわいてくる。こいつにされてきた数々の屈辱、忘れるわけがない。
「……一人で来たのか。理想の仲間とやらはどうした?」
「上で魔王軍と遊んでいるよ、俺をここに通すため、道を切り開いてくれ。そう言ったら素直に従ってくれてね。小説のワンシーンみたいでドラマチックだろう?」
「お前なら一人で全滅出来るだろう」
「たまには連中にも活躍する機会を与えてやらないとダメだろ? ほら、俺って強すぎるからさ。弱いふりしないと仲間が離れてっちゃうんだよ」
ようは遊び感覚で仲間を使っているわけか、相変わらず狂った人間性の勇者だな。
「いやー、女ってのは面倒だけど扱いやすいよ。今頃張り切って競ってんじゃない? 誰が一番俺の役に立つのかってさ。活躍した女には、今夜ご褒美をやるって約束してやったんだ。勇者なら女を上手く使いこなさないとな」
「相変わらずの悪趣味だな、反吐が出る」
「お前に言われたくないよマザコン」
フェイスは聖剣エンディミオンを突きつけてきた。
「そのロケットだけは、何度命令しても捨てなかったよな。なんでか知らないけど、それに関する命令だけは全部拒否してきたっけか。いつまでも母親なんてくだらない奴を愛でるなんざ気色悪い、俺は何度も注意してあげたよな?」
「女を道具として扱っているお前の方がよほど気色悪いと思うがな」
このロケットは、母さんの姿が映った唯一の物だ。これだけは絶対に捨てる事は出来ない。
服従の首輪に何度も捨てられそうになったけど、必死に抵抗して死守した。その度に僕はフェイスから酷い暴行を受けた物だ。
「ま、今更死んだ人間には興味ないさ。ここに来たのも何となく強いエネルギーを感じたから、暇つぶしに来ただけだし。それより気になるのは、お前の後ろに居る女だ。随分と母親そっくりだな、誰だそいつ」
「さっきから随分上から目線で物を語るのね」
シラヌイが前に出た。掌に炎を出して威嚇する。
「私は魔王四天王の一人、緋焔のシラヌイ。人間の癖に頭が高いわよ、勇者フェイス」
「勇者だから頭が高いに決まってるだろ。つか、お前がシラヌイか。四天王最弱の癖に粋がるなよ、雑魚サキュバス。それよりディック、お前がその雑魚と一緒に居るって事は何? お前魔王軍に入ったわけ? その母親そっくりの四天王の部下になったわけ? マザコン拗らせすぎだろ」
フェイスは顔に手を当て、高笑いを始めた。
「乳離れ出来てないお前にはピッタリじゃないか。確か結核だっけ? 無駄にせき込んで血を吐いて、汚らしい姿で死んだらしいじゃないか。……ばっちいな。病気広げるんならとっとと死んどけよ。無駄に生きて、人に迷惑かけてんじゃねぇよ」
瞬間、僕は奴に切りかかっていた。
母さんの刀とエンディミオンが鎬を削り合う。こいつは今、言ってはならない事を口にした。
「今……なんて言った?」
「病気広げるくらいならさっさと死ねって言ったんだ」
「お前が死ね!」
完全に堪忍袋の緒が切れた。こいつだけは絶対に許せない……母さんを侮辱したお前は、絶対に許さない!
剣をぶつけ合い、距離を取る。するとフェイスは鼻を鳴らし、
「シラヌイだっけか、お前の顔も見飽きてるんだよね。こいつが何度もロケット見返すもんで、覚えたくもない顔を覚えてさ。いい加減その気持ちの悪い顔を忘れたいんだ。ついでに処分しといてやるよ」
「……よくもまぁそこまでピーチクパーチク悪態をつけるもんだわ。感心してあげる。その見上げた人間性も含めてね」
「じゃ、感心ついでにプレゼントをやろう」
フェイスが指を鳴らすなり、魔法陣が浮かび上がった。
召喚術だ。出てきたのは、異質な姿になった人間達だ。
数は五体。針や釘を刺されていたり、瞼や唇を切り落とされていたり……まるで拷問にでもあった様な姿だ。そして体が熊のように大きく、異様に筋肉が膨れ上がっている。
「旅の途中で出会った気に食わない連中を改造したのさ。勇者である俺に挨拶しなかったり、肩ぶつけたのに謝らなかったり。失礼な奴らだよ。けど俺は優しいからさぁ、役に立つよう加工して許してあげたんだよ」
「お前、その程度で……!」
「殺し屋のお前が言い返していいのか? ってか、俺は勇者だよ。世界の平和を守るためなら、多少の犠牲は出してもいい。違うか?」
「……あんた、一体何を目的に魔王城を目指しているわけ? 魔王軍と人間軍が戦っている現状を、どう見ているの?」
「別に。何も。所詮他人事だしな。どこで誰が死のうが、俺には関係ない。ま、勇者って立場を利用して戦争を眺めるのは楽しいし、あちこちで好き勝手しても誰も咎めないし。人生と青春を謳歌させてもらっているよ、戦争万歳だ」
成程……要するにこいつは、暇つぶしで勇者パーティの旅をしているって事なんだ。
「……どうやら別れて以降、より心根が腐ったようだな。フェイス!」
勝てる勝てないじゃない、こいつとは戦わなければいけない。こいつは、この世に居ちゃいけない生物だ!
「シラヌイ、無茶を承知で頼む。僕と戦ってくれ。こいつは、ここで駆除しなきゃならない」
「言われなくてもやってやるわ。久しぶりに私も、キレたから」
神は力を与えた人間を間違えたようだ。こんなクズに、どうして勇者の力を与えたんだ!
殺してやる、フェイス! お前との決着をここでつけてやる!




