20話 僕と私の距離感
「……協力、感謝する」
「乗り掛かった舟だしね」
僕ことディックは、ソユーズの事後処理を手伝っていた。
魔法薬で暴走した樹木はシラヌイが一撃で蒸発させ、グリッドはソユーズの力でがちがちに拘束されている。僕とシラヌイが早期に避難を促していたからか、大きな被害は出なかったようだ。
「……協力はここまででいい、休日ならばこれ以上は不要、あとはお前らの好きに過ごせ」
「そりゃどーも……んでさ、バケット見なかった?」
「……ああ、回収してある。持ってこい」
ソユーズが部下に持ってこさせたバケットを見て、シラヌイは酷く落ち込んでいた。きっと、凄く頑張ったんだろう。その成果を台無しにされたら、悔しいに決まっている。
よく見ると、まだ食べられそうなサンドイッチが残っている。
「貰うよ」
「へっ? あ、こら!」
シラヌイの隙をついて一口頂く。砂利が混じってて、噛む度にじゃりじゃり音が出る。でも味は悪くない、むしろ美味しい。
「うん、いいね。グリッドが余計な味付けをしなければ、もっと美味しかったな」
「あ、そ、そう……けど、これ以上食べたらだめ。お腹壊すから」
残念、バケットをひっこめられた。一個でも食べられたから、まぁいいか。
「なんっで、あんたはそう……」
「シラヌイ?」
「~~~ちょっと来い! 先帰るからねソユーズ!」
「……そもそも今日仕事じゃないだろお前達」
真っ赤になったシラヌイに腕を引かれ、連れていかれる。尻尾がビンと立っているから、悪い感情は持っていないと思うけど。
勢いのままに連れていかれたのは、シラヌイの家だ。僕を座らせるなり、彼女はエプロンを着ける。
「ご注文は?」
「?」
「ちったぁ察しなさいよ! あれ台無しにされたから、新しいの作ってあげるっての!」
「あ、成程……」
勢い良すぎて分からなかった。それなら、そうだな……。
「グラタン、作れるかな」
「えっと……よ、よゆーよよゆー」
材料がギリギリ余ってたみたいだ。最初はしょぼくれてた尻尾が、急に元気になった。
シラヌイの後姿を見ていると、母さんが元気だったころを思い出す。子供の頃に戻ったような気がするな。
けど、シラヌイに母さんの影はもう見えなくなっている。いつの間にか僕は、シラヌイ自身を見るようになっていた。
◇◇◇
「これでよし。竈もちゃんと温めておいたから、200℃で十分焼けばいい……砂時計の用意っと」
私ことシラヌイは、メイライトから貰ったレシピを見つつ調理を進めていた。
メイライトにこれだけは覚えとけって釘刺されてたから、上手く作れる自信はある。練習しててよかったと思う反面、どうしてグラタンだけ練習させられたのかは分からない。
と言うかさ、当初の目的を忘れてない?
私がこいつとの時間を作ったのは、私達の関係をはっきりさせるためだ。
こいつが私をどう思っているのか、でもって私はそれとどう向き合えばいいのか。それをきちんと整理しなくちゃならない。
「ようやく落ち着けたわね」
「うん、そうだね」
「…………」
……いや、会話を弾ませんかい。こちとらメイライトやリージョンと違って話膨らませんの苦手なんだっつーの。
かと言ってソユーズみたいな陰キャだと思われるのも嫌だし……うーん……。
「んで、なんでグラタン? どーせあんたの事だから母さんが作ってくれたからーとか言うんでしょ?」
「それはあるけど、単純に好きな物なんだ。それをシラヌイが作ってくれるのが、なんだか嬉しくてさ」
「へうっ?」
「母さんに作ってもらうよりも楽しみなんだ。さっきのサンドイッチも美味しかったしさ」
「う……ま、また美味くできる保証なんかないから。程ほどにしといてよね」
大した事言われてないはずなのに、なんでこんな嬉しくなるんだろう。
やっと母親から私に目が向いてくれたからかな。ってこんな事で何喜んでんだ私は。
……本当にこいつは、私の事をどう思ってんだろ。
真正面から守るって言ってくれたり、私のフォローも積極的にしてくれるし、少なくとも好意は抱かれていると思う。
けどそれが果たして恋愛感情なのか、ただの親愛から来る物なのかはわからない。
知りたいのだけど、それを聞くのが恐い。前にメイライトから借りた恋愛小説には、迂闊に関係を聞いてギクシャクしてしまい、そのまま破局になっていた。
もし聞いて、私達もそうなるのは嫌だ。それにもしこいつから「好き」なんて言われた日には、明日からどんな顔すりゃいいのか分からなくなる。
私にはまだ受け止められるだけの準備が出来ていないからだ。臆病なのはわかっているけど、好きと言われた後多分私はこいつを避けてしまう。
かといって、単なる親愛と言われるのもそれはそれで嫌だ。哀れまれているみたいで、自分が惨めに思えてしまうから。多分私はこいつを嫌いになると思う。
あれ? これ結局意味なくね? こいつとの関係はっきりさせられなくね? と言うか私、面倒くさすぎない?
結局私、何がしたいわけ? 自分で自分が分からなくなってきた。
「うーぐぐぐ……」
「シラヌイ?」
「い、今話しかけちゃダメ、考えがまとまらないから……」
「けどグラタンが焦げるよ?」
「焦げる? ……やっば、砂時計終わってんじゃん!」
つーか私そんだけ悩んでたわけ? でもってその間こいつは黙っていてくれたわけ? あーもうなんだかわけわからなくなってきた!
……ええい、今は落ち着け。竈に集中しないと。
「あっつ……よし、いい具合の焼き加減」
我ながら完璧だと思うわ。表面にうっすらと焦げ目が出来ていて、香ばしく仕上がっている。これならディックを唸らせられるはず。
あとは、昨日の練習で作りすぎたパンがあるからそれも出して、完璧だ。
「ほら座った座った。グリッドに台無しにされた分、きっちり味わってもらおうじゃない」
「ありがとう。すごく楽しみだよ」
見た目はきちんと出来ているけど、どうかなぁ……内心不安で仕方がない。
ディックが早速グラタンを口付ける。そしたらいい笑顔になった。
「ど、どうよ」
「とても美味しいよ。今まで食べた中で一番かも」
「!? せ、世辞言われても嬉しかないっての!」
「でも感想聞いたでしょう?」
「少しは察しろ!」
皮肉の一つもないんじゃ言い返す事も出来ないし。ストレートに好意を返すな馬鹿、弱いのよ素直な言葉が。
うー……このままじゃあ何の収穫も無く今日が終わる。せめてこいつから私をどう思っているのかを……でもその答え次第じゃ私は……ぐぬぬ。
「慌てなくていいと思うよ」
「はひっ? 私のどこが焦って……」
「僕が君をどう思っているのか。それを聞きたいんじゃないかな」
なんでこいつ、私の心の中を読んでんのよ。
「僕も同じなんだ、シラヌイが僕をどう思っているのか。ただ僕も自分の中で準備ができていない。君の返答次第では、明日以降どう過ごせばいいのか分からなくなってしまう」
「あんたも、そうなんだ」
表情変えないから分からなかったけど、こいつも同じだったんだ。
ずっとディックの事ばかり考えてたけど、私自身もこいつをどう思っているんだろう。
好きか嫌いかで言ったら……嫌いではないと言っていいわよ。
いやまぁ、こいつが本気で私を好いているんなら? ちょっとは検討してやってもいいとは考えているけどって何を私は検討しようとしているんだっ。
「だから今は、互いに答えを出さなくていいんじゃないかな。自分の答えが出ていないのに言い出すのは、多分僕達には合わないと思うから」
「んー、まぁ、今回はあんたに合わせてやるわよ。変に話拗らせたら、折角のグラタンも不味くなるしねっ」
うん、今日の所はこれでいいでしょ。
無理して答え聞き出した所で互いに痛めつけ合うだけだし、そんな事しても得する奴なんかいないし。
……今の関係も、壊したくないし……。
「けどいい? 私の方が偉いんだから。それだけはちゃんと覚えておきなさいよ!」
「重々、注意しておくよ」
ちぇ、気恥ずかしくてこんな事しか言えない自分が嫌になるわね。
◇◇◇
翌日、僕ことディックは普段通り出勤した。
昨日、シラヌイの家では中々緊張した。尻尾で彼女が何を考えているのか丸わかりなのだから。
もしばれていたら絶対大変な事になっていただろう。シラヌイはかなり恥ずかしがり屋だ、自分の心が筒抜けになっていたと知ったら、爆発していただろうな。
「来たわね。休みボケしないようしっかり仕事しなさいよ」
いつも通り、シラヌイは僕を出迎えてくれる。ただ一つ違う所が。
「尻尾を出してるのか?」
「ん。別に隠す意味なさそうだしね」
そう言えば昨日の帰り際、尻尾が可愛いと言ったっけか。素直な所も可愛らしい。
「まぁ、なんつーの? 昨日はそれなりに楽しかったわね。言っとくけど、あくまでそれなりだから。すっごく楽しかったわけじゃないから」
「分かっているよ」
凄く楽しかったみたいだな。尻尾を勢いよく振っている。
彼女は僕を嫌っていない、今はそれだけ分かれば十分だ。
「やっぱ二人同時に休んだから、仕事が溜まってるわね。どっから手をつければいいのやら」
「それならここからやるのは?」
「どれどれ」
同時に手が伸び、指が少し当たった。そしたらシラヌイの顔が燃え上がり、大きく飛び退った。
「な、何触ってんのよ!?」
「ごめん、わざとじゃなくて」
「わざとじゃなくても注意しといてよもぉ!」
どれだけ悪態付かれても、尻尾で分かるから嫌な気持ちはないな。
多分、いずれ誰かにばらされるとは思うけど、それまでは彼女とのやり取りを楽しもう。
「ハローシラヌイちゃーんディックちゃーん! 昨日はどうだったー?」
って時に問題児がやってきた。
「ソユーズから聞いたのよー、休みだってのに二人ってば仲良く事件解決したんでしょお? もうお姉さん仕事そっちのけでお話聞きたいのよぉー」
「仕事しなさい」
「いけずぅー、お料理の先生に向かって酷いじゃなぁい。ってあら? 尻尾を出してるのねぇ」
「何よ、悪い?」
「ううん! その方が可愛いものぉ。だってシラヌイちゃん尻尾に出るんだものぉ」
「……尻尾に出る?」
あ、これまずい。
「あら、自覚がなかったの? シラヌイちゃんってば尻尾の動きで何を思ってるのか分かるんだもの。素直なシラヌイちゃんってすっごく可愛いんだからぁ」
「……え? そうなの? そうなの!? じゃ、じゃあまさか、昨日のあんたが妙に察し良かったのって……」
まずい、ファイアボールが来る!
急いでガードを固めるけど、魔法は来ない。恐る恐る彼女を見てみると、
「は、わわ……へひゅ……ぼふん!」
全身真っ赤にして大爆発、そのまま倒れ、気を失ってしまった。




