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19話 悪い意味で私らしい。

 僕ことディックは、温室だった場所を見上げていた。

 魔王が造った植物園は、気味の悪い大樹と触手が生え、植物の城と化している。呼吸するかのように蠢く姿は、樹木の怪物を思わせた。

 そして樹木の天辺には、高笑いする変な奴が立っていた。


『ハッハー! どうかな諸君! グリッド様お手製魔法薬の効果は素晴らしいだろう! さぁ存分に見ろ、驚け! この魔法薬なら、かの四天王すら赤子の手を捻るような物よ!』


 そう声高に叫んでいるのは、恐竜のような姿をした、鉄のような白銀の皮膚を持つ白衣姿の男だった。バリバリと電流を迸らせ、自分を誇示するように雷を落としている。

 四天王を目の前にいい度胸をしているもんだ。というより魔王のひざ元でこんな事をするとか、手の込んだ自殺だよ。


「何よあいつ、いきなり出てきて喚いて……ってか、グリッド? なんか聞いた事あるような」

「……当然だろう。奴は魔王軍で指名手配している馬鹿者だからな」


 後ろからシラヌイの疑問に答える男が現れた。ソユーズだ。

 幾人かの部下を従え、厳戒態勢を敷いている。そう言えば、リージョンが言っていたな。


「ソユーズが追っていた指名手配犯、あいつの事だったのか」

「……そうだ。すまない、休日を台無しにしてしまったな」

「全くよ。あんたがしっかりしないから余計な事……あれ、台無し? ……台無しっ!?」


 シラヌイは急に青ざめ、きょろきょろ辺りを見渡した。すると、


「あ、あ……あああっ!? ば、バケットが……バケットが!」


 混乱のせいで踏まれたのだろう、壊れたバケットを見つけて走り出した。

 バケットの中には、サンドイッチを始めとした料理が詰まっている。もしかしてシラヌイ、僕のために作ってきてくれたのか?


「そんなぁ……い、一体、これを作るのにどれだけ……どれだけ苦労したと……! まだ、口すら付けて貰ってないのに……っ!」


 シラヌイは涙目で立ち上がり、依然高笑いし続けるグリッドを見上げた。


「……こんんんんっのクソ野郎! 聞こえてんなら返事しろ!」

『おおっ、誰かな? この天才魔法使いグリッドに喧嘩を売っているのは!』


 グリッドは僕らを見つけるなり、にやりと笑みを浮かべた。一体何なんだあいつは。


「……グリッドは魔法薬の研究者だ、元は魔王軍の医療部門で働いていた」

「要は軍医か」

「ああ……だが奴は傷ついた兵を利用して、魔法薬の生体実験をしていたんだ。当然逮捕、軍法会議に掛けたのだが、逃げられてしまってな。指名手配して行方を追っていた」

「その割には、随分派手な奴だ」

『当然だろう人間! 知っているよ、元勇者パーティの剣士、ディック! ようこそ魔王軍へ! 新しい職場はさぞかし楽しい事だろうねぇ!』


 グリッドは大声で叫び、僕を指さした。


『そんな有名人の君と、四天王の二人が来ているとはなんと好都合! このグリッドが作った魔法薬の成果をより世間に広める大チャンスじゃないか! 四天王すら凌駕する我が魔法薬の力、存分に世に知らしめねば! はーっはっは!』

「……奴は自己顕示欲の塊だ。承認欲求が強すぎてな、各地で魔法薬を利用した大規模犯罪を行う劇場型の犯罪者だ。今回の目的も」

「言葉通り、自分の技術を誇示するためか」


 人間だけでなく、魔王側にもあんな馬鹿が居るのか。種族が変わってもどうしようもない馬鹿が居るもんだな。


「はん……そんな事はどうでもいいわ……大事なのはあの野郎が、私の作った弁当を台無しにした。その罪がどれだけ重いか、思い知らせてやらないと……!」

「……シラヌイ、半泣きで何をそんなに怒っている? たかが弁当を壊された程度で」

「たかが弁当!? あんたみたいな陰キャに分かるの、私が一週間掛かりで作った料理を一瞬で台無しにされた悔しさが!」

「……シラヌイ?」

「こいつに美味いって言わせるためにどんだけ苦労したと思ってんの!? メイライトに時間作ってもらって、何度も手を切って……その努力全部ぶち壊しにしたのよあいつは!」

「……シラヌイ、シラヌイ。それ知られたらまずいんじゃないか?」

「不味いだぁ? 食べてもないのに何生意気抜かしてんの! 燃やすわよ!」

「……ダメだ、錯乱して我を失っているようだな……」


 怒りが頂点に昇って、普段の彼女からは考えられない言葉が飛び出している。

 僕のためにか……あらためて言われるとその、気恥ずかしいな。グリッドはシラヌイの頑張りを全部台無しにしたわけか。

 それは、許しがたいな。僕にとっても。

 ふと視線を下ろすと、剣が落ちている。広刀の大剣だ。そう言えば温室の置物として飾っていたっけ。


「刀を置いてきたからな、無いよりましか」


 ナマクラでも使えればいい。グリッドを懲らしめるなら充分だ。


「シラヌイ、潰しに行こう。あのヤブ医者はどうも、おいたが過ぎたようだ」

「珍しく意見が合ったわね。ソユーズ、あんたの獲物は私達が頂くわ。この怒りは、魂を焼き尽くして払ってもらおうじゃない」

「……分かった。医者を手配しておくか……ディック、シラヌイがやりすぎないよう見ていてくれ」


 分かっている。下手すると御苑全体を焼き尽くす危険があるしな。

 それとソユーズは、僕の剣に能力を使ってくれた。ソユーズは金属を操る能力を持つ、その力で剣の強度と威力を上げて、ついでに背中にくっつくギミックも付けてくれた。


「……これで取り回しやすくなっただろう。気を付けて行けよ」

「その言葉、あのバカに向けるべきね」

『おおい! いつまでこのグリッドを無視し続けるつもりだ? いい加減このグリッドに視線を向けたまえ! そぉれぇ!』


 グリッドの指示で、大樹の蔓や触手が襲ってくる。だけど無駄だ。シラヌイの炎で焼き払い、僕の剣でぶった切る。残念だけど、この程度の敵なら幾万と戦ってきたよ。


「食い物の恨みは恐ろしいんだから……あんたの臓物引っ張り出して串焼きにしてやる! 行くわよディック!」

「了解」


 さて、お仕置きと行こうか。どうしようもない愉快犯に鉄槌を下すとしよう。


  ◇◇◇


 私ことシラヌイは、樹木の迷宮を焼き払いながら突き進んでいた。

 炎魔法の使い手に樹木で挑もうなんて、いい度胸してるわね。本気を出せばこんな迷宮、一瞬で消し炭に出来るのよ。……御苑も確実に焼失するだろうけど。

 罠を仕掛けられようが、暴走植物をけしかけてこようが、そんなモン通用するわけがないでしょう。とっとと頂上に行ってグリッドをぶっ潰してやる。


「折角作ったのに、食べられないまま台無しにされるとか……絶対に許すもんか! ほら、とっとと道を開ける!」


 ファイアボールで罠ごと壁をぶっ壊す。一瞬で焼き尽くさないだけありがたいと思いなさい。


「それだけ力を入れて作ったんだ」

「当たり前でしょうが! 一体誰のために作ったと思ってんのよ」

「……誰のため?」

「すっとぼけんな! あんたを唸らせるために決まってんでしょうが!」


 こいつのために丸々一週間費やしてメイライトの特訓受けたんだから。あのバカに台無しにされたまんまじゃあ、その苦労まで全部台無しじゃない。だから許せない。この私の一週間を水の泡にしたグリッドは、私の手で吹っ飛ばしてくれるわ。


 ……それにこの事実もディックに知られるわけにはいかないし、出来るだけ隠しておかないと。


「……あら?」


 そこまで思って気づいた。怒りに任せて忘れてたけど……私の隣にいるのって誰だっけ? ディックよね、うん。ディックよね。


「……ねぇ、さっきまでの私って何を口走ってた?」

「弁当に関連する全て、かな」


 ……やっちまったぁぁぁぁぁぁ!(赤面)

 私の馬鹿! 我失って何こっぱずかしい事喚いてたの!? 盛大に自爆してんじゃないのよぉぉぉぉぉっ!


「だぁぁぁっ! 殺せ、私を殺せー! 今すぐその剣で心臓抉り出せー!」

「待てシラヌイ! 一旦落ち着こう!」

「落ち着けるかぁっ! 自分のポンコツ具合に呆れる通り越して憎しみ湧いてくるってぇのぉ!」

『おーい、いつまでそこでいちゃついてるんだい? 早くこのグリッドの下へ』

「誰が誰といちゃついてんだこらぁ!」


 ファイアボールで天井に大穴をぶち空けて、ルートを作ってやる。そうよ、グリッドをぶっ倒せば全部清算できる。うん、絶対そう! 絶対なかった事に出来る!(錯乱中)

 見上げれば、呆けた顔のグリッドが居る。よっしゃ、今すぐ行こう!


「って、私には無理か……」


 他の四天王と違って、私には移動補助の魔法や技術がない。翼はあるけど、実はサキュバスなのに私、飛べないの。……高所恐怖症だから。


「僕が連れていこう、この位ならなんとか」


 そしたらディックが抱きかかえて軽々と昇っていく。だからナチュラルにこんな事すんじゃねーっての!

 わちゃわちゃしながら天辺に到着すると、グリッドは妙にイラついた様子だった。


「ようやく来たか……正直、四天王シラヌイのデートコースを作ってしまった気がして複雑な心境なのだが」

「デートコース言うなっ!」


 怒りで無意識にファイアボールが飛び出した。だけど蔓がグリッドの盾になり、私の魔法を防いでしまう。

 テンタコルカクタスね。水分を多く含んでいるから、炎魔法を相殺できる植物だ。


「ともかく! よくぞ来てくれた四天王シラヌイ、元勇者パーティディック! どうかなこのグリッドの研究成果は! 高名な君達を倒せば、よりグリッドの研究を世に知らしめることが出来る! さぁ、グリッドの名を広める肥料となってくれたまえ!」


 グリッドが指示を出すなり、四方八方から触手が飛び、種子が射出され、植物型の魔物が襲ってくる。だけど、


「誰に喧嘩売ったと思ってんの」

「何をしようが無駄だよ」


 炎魔法で植物を焼き払い、近づく魔物はディックが切り捨てる。私の苦手な接近戦を代わりにやってくれるから、戦いやすい。

 おまけに、種子も全部叩き落してくれた。まるで種が飛んでくる場所が分かっているかのように、的確な迎撃だった。


「な、なぜだ!? お前は未来が見えるというのか!?」

「母さんに教わったのさ。人や物には必ず呼吸がある。感じ取れれば、少し先の未来が見えるんだとね」

「私の前でまだ母さん言うとか、いい度胸ね」


 いい加減母親じゃなくて、この私を見なさいよ!

 グリッドに向けてファイアボールを叩き込む。当然テンタコルカクタスが壁になるけど、ディックが猛烈な突きでぶっ壊してくれた。


「そんな! 人間如きがこのグリッドの研究成果を!? ぬぅおああっ!?」


 ファイアボールの直撃で顔面爆発。これで万事解決ね。


「……なんて思ったか?」


 急にグリッドの姿が稲妻と共に消えた。あいつ、電撃を操る力もあるのか。

 体を電気に変えて、バリバリと稲光を放ちながら私達の周囲を駆け回っている。普通の相手だったら、充分脅威かもしれないわね。


「はははは! 勝利を確信した所で一気にひっくり返す、これほど愉悦を覚えるシーンは」

「勝利を確信して何が悪いの?」

「そんな子供だましが通用するわけないだろう」


 幾ら速かろうが、先読みの力を持つディックと、四天王の私相手に通用するかい。見えてんのよ、あんたの姿くらい。

 馬鹿がはしゃぐ先にファイアボールを叩き込み、悶絶した所でディックがトドメの一太刀を浴びせる。いくら強い能力を持っていようが、相手の格が違い過ぎるのよ。

 グリッドが倒れ伏す。気絶する程度に手加減しといたから、死んではないでしょう。


「ったく、はた迷惑な愉快犯め。とっととソユーズに突き出しましょう。面倒な休日になったもんだわ」

「確かにね。ってシラヌイ、そこ危ない!」


 ディックの警告も時すでに遅し。私の炎で脆くなっていたのか、足場が崩れた。

 こらえきれず落ちてしまう。そしたらディックが抱きかかえ、蔓を上手く踏みながら着地した。


「怪我は?」

「……ない」


 最後の最後で失敗か、悪い意味で私らしい。つーか……。


「……私をヒロインみたいに抱えんな」

「ごめん。これ以外に手段が思いつかなかった」


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