170話 全ての元凶。
『この俺が体を得る計画は、監獄の時点で始まっていたんだ。そこで転がっている、プロフェッサー・コープの存在を知ってからな』
エンディミオンが出現してから、数分。
僕達は奴の手により、倒れ伏していた。
奴が現れてから、僕達は討伐すべく立ち向かっていた。だけど、エンディミオンは圧倒的な強さで僕達を返り討ちにしてしまった。
「な、なぜ……そんな計画を……」
『ディック、お前と接する中で、フェイスの中の虚無が失せていくのを感じたんだ。俺の適合者として相応しいのは、満たされない虚無を持つ者。だがその虚無が失せては、満足に力を発揮できなくなる。お前が勇者フェイスを殺したようなものなのさ』
僕の頭を踏みつけてくる。生身の体を手にしたからか、ハヌマーンの防御能力を透過していた。
『勇者が居なくなったら、俺が楽しめなくなるだろう? 特にフェイスは歴代でも最高の戦闘力と暴力性を持った、最高の勇者だった。俺にとって、最高の相棒だったよ。そいつを潰してくれて、どうしてくれるんだ? ええおい』
「ぐっ……!」
『かといって、次の勇者を育てるのも時間がかかりすぎる。それにフェイスと同じくらい楽しめる勇者となると、そう作れる物じゃないからな。だから、俺がフェイスになろうと思ったのさ。このコープの、クローン技術を使ってな』
「ぐあっ!」
エンディミオンに蹴り上げられ、壁に叩きつけられた。
なんて力だ、内臓が潰されたかと思ったよ……。
『コープを探すのはそう難しくなかったさ、こいつは疑似魔導具を作っていたからな、その波動を追えば居所をすぐに探れたよ。もっとも、制作に飽きて投げ出していたがな。だが、計画の実現と引き換えに協力を持ちかけたら、あっさり了承してくれてな。その単純さには感謝だ』
「な、にが……目的だ。体を手に入れて、何をするつもりなんだ!」
『別に、何も。俺はただ、暇つぶしをしたいだけだ。この長く、退屈な生を少しでも埋めるために』
エンディミオンは空を振り仰いだ。
『生まれてから俺は、長い時間を生き続けてきた。俺は剣だからな、いつもいつも、記憶にあるのは戦いの思い出ばかり。なまじ最強の魔導具になったから、壊れようにも壊れられない。次第に、疲れちまったんだ。ずっと戦い続けるだけの道具として生きる事に。だから、退屈しのぎに勇者を作って、遊ぼうと思ったのさ。人間が壊れていく様はまぁ、無様と言うか滑稽と言うか。その末に渇きを満たそうともがく姿は、官能的すらある。俺の長い時間を潤すのに、随分とまぁ程よい玩具だったよ』
「玩具……だと……退屈しのぎのために、勇者を、育てていた?」
『そう言っているじゃないか。ちゃんと耳がついているのか? 壊れて歪んだ心のままに蠢く勇者の観察は中々興が乗る物だったよ。この長く、無意味な生にも、微かなうるおいを与えてくれる程度にね』
エンディミオンは高笑いした。奴はそうやって、幾人もの人間を勇者に仕立てて……暇つぶしをしてきたのか。この、大陸全土を巻き込んで。
「ふざけんじゃ、ないわよ……そのせいで、一体どれだけの人が苦しんだと思ってんの!」
『知った事じゃないな、別に人が死のうが生きようが関係ない。俺が楽しめればそれでいい。目の前の犠牲を気にして、退屈しのぎは出来ないだろう。にしても、フェイス。我が元主よ』
エンディミオンはフェイスに歩み寄ると、髪を掴んで持ち上げた。
『暫し見ないうちに、随分腑抜けた男に成り下がったものだ。お前はもっと歪んで、空っぽな心の持ち主だったろう? それがどうして、そんな満ち足りた心を持つようになった?』
「俺が満ち足りて、悪いかよ……力は失ったが、お前と居た頃より、毎日が充実しているんだよ。今更出てきて、邪魔すんじゃねぇ」
『邪魔はしないさ。ただ、がっかりしただけだ。かつて共に戦った男が、こんな情けない男になったのがな』
エンディミオンはフェイスを捨て、落ちていたディアボロスを拾い上げた。
『さて、これから遊びに行かせてもらうが、そのハヌマーンは邪魔だな。お前が消えれば、それの使い手は居なくなる。後顧の憂いは、早めに取り除かないと』
『主、構えろ。来るぞ!』
『遅いよ、クズが』
エンディミオンが、ディアボロスを構えて突っ込んでくる。あまりの速さに僕は反応できず、立ち尽くした。
その僕の前に、誰かが立ちふさがる。体を盾にディアボロスを受け、腹に大剣が貫通した。
「な……!?」
「嘘……どうして……」
「こいつ、は……やら、せねぇ……!」
フェイスが、僕をかばっていた。ディアボロスを掴み、エンディミオンを体を張って止めている。
エンディミオンは目を細めるなり、剣を抜いた。フェイスはかすんだ目で僕を見て、
「無事か……なら……よか……った……」
「フェイス……フェイスぅぅぅっ!?」
倒れるフェイスを僕は抱き留めた。メイライトが駆け寄って、急いで時を戻して怪我を治そうとするけど……。
「どうして!? 私の力が通じない!」
『ははは! ちょっと傷口に細工をしたからな、お前の力でも戻せないよ、メイライト』
エンディミオンはさげすむようにフェイスを見下ろした。
『さらばだ、元主よ。お前との毎日は、それなりに楽しかったよ』
「フェイスを、よくも……っ! エンディミオォォォォォン!!!」
『喚くなよ。そいつをきちんと供養してやりな、元主として情がないわけじゃないからな』
「ぐっ! 逃がすものか!」
僕はエンディミオンに切りかかった。だけど奴は、転移で姿を消してしまう。
同時に異空間も壊れて、僕らは無人になったヴェルガに戻された。
エンディミオン、一体、何をするつもりなんだ。いや、その前に……。
「フェイス、フェイスぅっ! ディック、フェイスが……! 酷いケガだよ!」
「分かっている、リージョン!」
「ああ、すぐに魔王城へ戻るぞ!」
僕らは瀕死のフェイスを抱え、急いで魔王領へ撤退した。