169話 エンディミオン、立つ。
コープを倒すと同時に変身が解け、僕は元の姿に戻った。
シラヌイのコピー体は彼女の炎で蒸発して、跡形もなくなった。残ったフェイスのコピー体も真っ二つに下から、虫の息だ。
外はフェイスの手によって特効薬の雨が降っているから、パンデミックもじきに収まるだろう。この戦い、僕達の完全勝利だ。
母さん、仇は討ったよ。僕も溜飲が下がる想いだ。
「ディック、魔法陣が光ってる」
「ああ、この戦いの立役者が来てくれたみたいだ」
四天王達が警戒している中、魔法陣から三人組が出てくる。
ワイル、アプサラス、そしてフェイス。別行動を取っていた三人が、合流した。
「君とこうして戦うのは、二回目か」
「……少しは、役に立てたか?」
「相当役に立ったよ」
「そうか。なら、いいさ」
フェイスはロングソードを鞘に納めた。アプサラスもショートソードを納刀する。仕草が同じで、なんだか微笑ましい姿だ。
「いやぁ、なんだかんだ、勇者には助けられたよ。こいつが居なきゃ、俺も思うように動けなかったしな」
「ワイルも、ありがとう。君が居なかったら、僕達は多分詰んでいたよ」
「なぁに、気にするな。俺達同盟を組んだ仲間だしな」
ワイルはウインクしながら笑い、フェイスの背中を叩いた。
「ほら! お前もいつまでもぶすっとしてんなよ。俺達を助けたんだ、今くらいは胸張っていいだろう?」
「張れねぇよ、特に、シラヌイの前じゃな」
フェイスはシラヌイを見やると、小さく頭を下げた。
「最初に会った時、あしざまに言って悪かった。この程度で許してもらおうとは思わない、それでも、謝らせてくれ。四天王達も、バルドフへ攻め入ったのは、すまなかった。どうか、機会があれば魔王にも謝罪の場を設けさせてもらいたい」
「え? あ……ええ……」
シラヌイは当然、皆も戸惑っている様子だった。
そりゃあ、そうだよな。フェイスが急に頭を下げて謝るなんて、普通じゃない。
僕もフェイスの心境の変化には驚くけど、監獄での共闘で、彼の心から歪みがなくなっていくのを感じた。
そしてこの一ヶ月の間、アプサラスと接したことで、本来の心を取り戻したんだろう。もう彼は、エンディミオンが求める虚無の心を無くしていた。
「……お前の意図は分からない。だが、謝罪の言葉は俺を通して魔王様に伝えておく。後日、改めて謝罪の場を設けてもらえるよう打診しよう」
「すまないな、よろしく頼む」
リージョンの大人の対応に、フェイスもホッとした様子だった。
『主よ、今ならば』
「ああ、忘れるところだった」
刀を握りしめ、僕はエンディミオンを見下ろした。
コープを失い、エンディミオンは沈黙している。破壊するなら、今しかない。
エンディミオンを破壊すれば、人間軍との停戦交渉を行える。特効薬を手に入れられなかったのは痛かったけど、これを壊せば、充分以上の成果だ。
「フェイス、いいかい? 一応、元の持ち主だし、聞いておかないとね」
「俺を気にする事はない、やってくれ。……さよならだ、エンディミオン」
長年使ってきた剣だから、思い入れはあるんだろう。でもフェイスにはもう、無縁の武器なんだろうな。
さらばだ、虚無の聖剣。
「やるぞ、ハヌマーン」
『承知』
ハヌマーンの力を得て、僕はエンディミオンに刀を振り下ろした。
「あは」
時だった。
「あは、あはは、あははは! 負けちゃったなぁ、うん負けちゃったなぁ。でもそれでいいんだ。それでいいんだよねぇエンディミオン!」
コープの亡骸が急に動き出した。
「分かっていたよ、所詮僕は君に操られているなんて事。でもいいんだ、それでいいんだ! 一瞬でも僕は夢をかなえる事が出来た、それだけで充分なんだ! だから望み通り、君の頼みを聞いてあげよう。さぁ、僕を食って、完成させるといい。新しい君の体を、さしあげよう!」
コープはそう叫んで息絶えた。直後に天井からカプセルが落ちてきて、僕らは息を呑んだ。
まだフェイスの体のコピーが残っていたんだ。ただ、ちょっと様子が違う。
肌が褐色で、本人よりも体格が一回り上回っている。それに魂がまだ入っていないはずなのに、底知れない力を感じた。
こいつは、嫌な予感がする。速く倒さないと!
『悪いなディック、お前に殺されるような俺ではないんだよ』
エンディミオンから声がした。
剣がひとりでに動いて、カプセルへ突き刺さる。するとフェイスの体のコピーがエンディミオンを握りしめ、目を開いた。
『くくっ、コープの奴、随分と手間取ったみたいだな。この体一つを作り出すのにまだちょっと足りないな。まぁ、いいさ。足りない分は吸収して補えばいい』
男はそう言うと、エンディミオンを掲げた。
異空間だけでなく、外の世界からも異変が起こる。コープの残したコピー体が分解されて、エンディミオンに集約していったんだ。
『よし、よし。足りない力が、充分補填された。これで動ける、俺の時代が来たぞ!』
エンディミオンを一閃し、カプセルから男が飛び出した。衝撃波に僕達は弾き飛ばされ、無様に転がってしまう。
「誰だ、お前は」
『誰だとは心外だな。特にフェイスとディック、お前達とはずいぶん長く傍に居たんだぞ。しかし、やはりいい。生身の体は最高だ』
男はにやりとするとエンディミオンを担いだ。
『改めて名乗ってやろう、俺はエンディミオン。この剣の意志その物さ』




