168話 勝利の雨
〈魔王視点〉
『うーん、何度占っても、結果は同じだねぇ』
タロットを仕舞い、ワシは伸びをしながら窓を見やった。
バルドフでは、民達が未だに病に苦しんでいる。彼らを救うには、魔王四天王達の活躍にかかっている。
『占いだと、そろそろだなぁ』
ふと空を見ると、晴れていたはずなのに急に雲がかかり始めた。たちまちのうちに天気が曇天へ変わり、やがて雨が降り始める。
うん、この雨がワシらを救う希望になりそうだ。
『魔王軍に通達。急いで雨水を回収し、民に飲ませるんだ。魔王四天王がやってきたようだよ』
四天王達が特効薬を、こんな形で持ってきたんだ。いやぁ、まさかワシも予想していなかったな。これなら手間をかけず、効率よく民を救えるよ。
『しかし、またしてもフェイスと共闘したか。つくづく数奇な運命が回っているねぇ』
タロットで出たカードは、太陽の正位置。
物事の成功を約束する、めでたいカードさ。
◇◇◇
〈シラヌイ視点〉
『……あれ? おかしいな、誰も僕になって無いよ僕』
「そんなはずはないな、きちんと準備していたはずなのに」
今まで余裕の表情を崩さなかったコープが、いきなり慌てだした。
外の世界で何が起こっているのか、私達には分からない。でもディックだけは、理解しているようだった。
『時間を稼いだ甲斐があったよ、こうなる事は、分かっていた』
「どういう事?」
『外では今頃、特効薬の雨が降っているはずだ。でもそれは、コープを上書きする効果のないただの薬の雨。お前は自分の起こしたパンデミックを、自分で解除しただけなんだ』
『あれ? どうしてそんな事が言えるんだい? というか時間を稼いだ?』
コープが首を傾げる。勿論、私達もだ。
ディックにしては、荒い作戦だと思った。コープのクローンや、雨に対する何の対策もせずに本丸へ突っ込んだ。そんなの、彼ではありえない事だったから。
『黙っていてごめん。ただ、敵をだますにはまず味方からって言うだろ?』
「いや、全然話が見えないんだけど……一体、誰? 誰がやったの?」
『フェイスさ』
ディックは笑っていた。まるで、友達を自慢するように。
『信じていたよ、フェイス。お前が必ず、コープの野望を砕いてくれるとね!』
◇◇◇
〈フェイス視点〉
「どうやら、間に合ったようだ。ありがとな、フェイス」
「ふん、この程度じゃ罪滅ぼしにもならねぇがな」
異空間の中枢、コープの雨を降らせる魔導具の前で、俺は額を拭った。
怪盗の奴は、短時間で空間内の構造を掌握していた。その中でコープが用意していた仕込みを見つけ、俺達に協力を仰いだ次第だ。
コープの奴は、随分と物持ちのいい野郎だったみたいだな。試作品の普通の特効薬を後生大事にとっておいたんだ、大量にな。
あとは魔導具にセットされていた薬と入れ替えることで、コープの策を逆利用できるって寸法さ。
「……ディック、お前との約束、どうにか果たせたぜ」
あいつの手を振り払った時、アイコンタクトで伝えたんだ。俺がコープの仕込みを砕くから、お前はあいつの目を引いてくれと。
一緒に行動するより、別れて行動した方が役割分担出来ていいからな。特に、あのド変態野郎を出し抜くならなおさらだ。
一回は病気で諦めかけたが、怪盗の助けもあって、あいつを救えたな。
「それじゃあ次だ。コープのクローン作戦を根本から断つぞ」
「分かってる、ついて来い、アプサラス」
「うん!」
アプサラスが嬉々として頷いた。こいつ、この状況で何を楽しんでいるんだか。
……ま、俺もほどほどに楽しんでいるから、人の事を言えないがな。
道中、コープどもが襲ってくる。そいつらを全員切り伏せ、怪盗が小道具で足止めする。そして、
「やっ!」
アプサラスもショートソードを振りかざし、道を切り開いていた。
「いい太刀筋だ、数日でよくそこまでできるようになったな」
「フェイスの教え方が上手だからだよ」
「そいつはどうも」
アプサラスと一緒に、突きを叩き込む。こいつと一緒に戦うのが、楽しくて仕方ない。
こいつは孤独へ突き進むばかりの俺と、強引に歩幅を合わせようとする。無理やりにでも俺を一人にしまいと、突き進んでくる。
おかげで俺は、救われていた。アプサラスが居るから俺は、寂しくない。
「二人とも、あの部屋だ!」
怪盗が示した部屋を調べると、そこにはコープのスペアの肉体が並んでいる。俺とシラヌイのコピーした体がな。
「本体がやられる度に、ここから魂をコピーして出て行くわけか。気分悪いぜ」
自分の顔見ていると、胸糞悪くなる。今までのムカつく自分を見ているようでな。
「まだ体が生成しきってないみたいだな、今なら壊せるはずだ」
「そうか。それなら、遠慮なくぶっ放してやるよ」
今までの俺に別れを告げる意味でも、俺の体のクローンを消し飛ばしてやる。
あばよ、くそったれた勇者様!
◇◇◇
〈ディック視点〉
『あ、あれ? 僕の、スペアの体がなくなった?』
「あらららら、なんてこったい」
僕達にも、フェイスがやったのが分かった。何しろ異空間全体が揺れるほどの衝撃が走ったから。魔法で全スペアを吹っ飛ばしたみたいだな。
これでコープの仕込みは全部壊した。後は、諸悪の根源を完膚なきまでに叩き潰すだけだ!
『あは、あはは、あははは! 僕の負け? 負け! あははははは! なんて、なんていい響きなんだ! 敗北の屈辱で脳汁が爆発しちゃいそうだよ!』
「僕はいじめるのもいじめられるのも大好きなんだ! 負けても買っても、結局は僕にだけ得が来る! あーなんて最高なんだ、最高すぎるよこの展開!」
だけどコープは悔しがるどころか、絶望的な状況に興奮している。どこまでも、気持ちの悪い奴だったな。
『主、あと一分で変身が解けるぞ』
『忠告ありがとう、それじゃあシラヌイ、ケリを付けよう』
「ええ。義母さんの仇、私達の手で討ってやる!」
『あははははははは! 僕は、ぼ、くはっ!』
「世界一の幸せ者だぁっ!」
その言葉を最期にコープは、僕の刀とシラヌイの炎で消え去った。