158話 クローン人間
〈ディック視点〉
異空間は、金属製の室内になっていた。
青い炎がともったランタンで怪しく照らされた室内を見渡し、僕らは身構える。長い廊下には多数の扉が並んでいて、この中のどこかに、パンデミックの黒幕が居る。
気配察知で様子を伺うけど、敵が来る様子はない。けどいつ、どこから襲ってくるか分からない……気を付けて進まないと。
「なるべく離れず、互いをカバーできるように。僕が前を行くから」
「……我がしんがりを務めよう。能力の性質上、後列の方が役に立つ」
「お願いするよ」
前列を僕とリージョンが、中列はシラヌイとメイライトが、後列はソユーズが立つ布陣だ。これなら大抵の状況を乗り越えられるはず。
気配察知で様子を見つつ、慎重に進んでいく。何度かトラップが発動し、人間が襲ってきたけど、先読みしていたおかげで全部悉く対処しながら進んでいける。思ったよりも順調な道のりだ。
……理由は簡単だ、後ろから何も攻撃が来ないからだ。
ソユーズが警戒してくれているけど、それにしては後ろが静かすぎる。奇襲か何かがあっても不思議じゃない場所なのに、どうしてだろう。
それに時々、先回りしたかのように罠が解除されている所もある。
「…………」
さっきから、ちらちらと感じる気配がある。少し弱っているんだけど、鋭い太刀筋や、好きのない立ち回りは、あいつを思い起こさせる。
「まさか、ね」
「どうしたのディック?」
「なんでもない」
あいつがこんな所にいるわけない。でも、他にいるわけない。
今は、あえて見ないふりをしておこう。多分、気まずくて僕らに近寄れないだけだと思うしな。
「しかし、こうまで扉が並んでいると感覚が狂ってくるな」
「そうねぇ、どれも鍵がかかってて開かないし」
「うん、なんだか気になるな」
金属製ならソユーズの力で開けられるはずだ、調査のためにも、室内を確認してみよう。
金属を操る力で鍵を開き、中を見てみる。そこには、監獄で見たある物がずらりと並んでいた。
「……カプセルだ」
監獄で、アプサラスを複製していたという謎の機材。卵型のカプセルには、無数の管がくっついていて、壁や天井と連結していた。
それがこんな所に、どうして並んでいるんだ?
中には緑の液体が満たされている。ごぼごぼと気泡が上がっていて、稼働しているのを教えてくれていた。
「これって、ディックが監獄で見たカプセル?」
「ふーん、見た感じ、錬金術の機材みたいねぇ」
「分かるのかい?」
「そりゃあ、創造の力を使う堕天使ですもの。それくらいわかりますわよぉ。でもこれ、すんごく高度な技術が使われているわねぇ。下手すると数十……ううん、数百年単位の技術革新が起こっているわよ」
メイライトは素直に感心しているようだった。僕はこうした技術に疎いから、ただそうなんだと思うしかできない。
すると、管からドロドロした粘土状の物質がカプセルに流し込まれた。
それは瞬く間に人間の姿を形作って、成人男性に変わっていく。服も泡立てながら生成されて、あっという間に人間が出来上がってしまった。
そんな工程が、次々にカプセルで起こり始める。気づけば、部屋中全てのカプセルが人間で満たされてしまった。
「な、なんだこれ!?」
「私の創造とも、通常の錬金術とも違うわ……これ、もしかしてクローン!?」
「何よそれ!?」
「髪の毛とか皮膚とかを元に、全く同じ生き物を作る技術よ! こんなの、錬金術のレベルをはるかに超えてるわ!」
クローン、だって……アプサラスを増やした、異常な技術……おい、そんな事が出来る奴は、僕の記憶じゃ一人しかいない。
「カプセルが開く、また襲ってくるぞ」
「ちっ、ディック! 迎撃するぞ!」
リージョンとソユーズが叫ぶなり、人間達が狂ったように笑った。
カプセルから出てくるなり、一斉に襲ってくる。いつの間にか手には剣が握られていた。
彼らを居合切りでなぎ倒しつつ、僕は監獄でアプサラスが言っていたことを思い返していた。
彼女は、肉体と魂を複製されていたと言っていた。それを利用して自分を沢山作り、結果人形の魔女に八つの魂を閉じ込めたとも。
……肉体は見ての通り、原本があればすぐに作れる。なら、魂は?
僕がずっと感じていた、街の違和感。この理屈なら、全部解決できる。
肉体に同一人物の魂を入れれば、別人だけど思考が同じ軍団を作る事が出来る。
ではそれが出来る奴は一体誰か。ここまで考えれば、答えはもう一つしかない。
「黒幕の名前が分かった。どうやら、こんな所に隠れていたみたいだな」
「何? 誰なの?」
「アプサラスを利用して人形の魔女を作り、命を弄んだ男。……ドワーフの、プロフェッサー・コープだ」
◇◇◇
〈フェイス視点〉
くそ、また敵が湧いてきやがった。
胸の痛みを堪え、俺はディックに敵がいかないよう剣を振るい続けた。
敵を蹴散らした後は、先回りして罠の解除。あいつらがスムーズに動けるよう、サポートしておかねぇと。
にしても、アプサラスは一体どこに消えたんだ?
同じ場所から入ったはずなのに、俺達は全く別の場所に出ていた。気配察知を使っても、あいつらの居場所が掴めねぇ。
くそ、忙しいったらありゃしねぇ。ディック達のサポートしなきゃならねぇし、アプサラスも探さなきゃならねぇし。こっちは病気してんだぞ、少しは気遣えっての。
「げほっ、げほっ! ……くそが、動けねぇ……」
胸の痛みが強くなって、膝をついてしまう。短時間に無理したせいか、意識が薄れてくる。
だめだ、ここで落ちるわけにはいかねぇんだ。ディックに償わないと、アプサラスを守らないと。なのにどうして、俺の体は、動いて、くれ、な、い……ん……だ…………
「……すまねぇ、ディック……アプ、サラ……ス……」
最後に喀血し、俺は気を失ってしまった。