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153話 アプサラス、ヴェルガへ

「待ってて、フェイス。すぐに、ディックを呼んでくるから……!」


 ドラゴンの背に乗って、あたしは魔王領を目指していた。

 下を見ると、人間領の世界が見える。フェイスとディックが生まれた場所だ。

 大丈夫、ディックは絶対フェイスを助けてくれる。だってフェイスが教えてくれたもん、ディックとは小さい頃の付き合いだって。


 だったら、絶対助けてくれるよ。監獄でもディックとフェイスは仲良しだったもの。

 フェイスが病気で死んじゃうのだけは、絶対嫌だ。もうあたしは、一人になりたくない。フェイスが居ないとだめなの、フェイスが居ないとあたしは、寂しくて死んでしまう。


 だって、あたしはフェイスが大好きだから。


 監獄で過ごしたあの一ヶ月は、忘れられない。何年も何年も、一人岩の檻に閉じ込められていた中で、初めて手を差し伸べてくれた人。コープに囚われたあたしの鎖を壊して、外の世界に出してくれた、あたしだけの勇者がフェイスなんだ。

 だから、好きになっちゃったんだ。


「フェイス、フェイス……元気にするから……あたしがフェイスを、元気にするから!」


 フェイスの寂しそうな顔が浮かんでくる。自分のしてきた事を後悔して、フェイスはいつもさみしそうな顔をしている。フェイスは笑うと、凄く格好いいんだ。だから、フェイスにはいつも、笑っていてほしい。

 一緒に世界を回ろう、あたしと一緒に、冒険者になろう。フェイスとなら、あたしは世界の果てまで旅ができる気がするから。一緒に旅して、沢山の思い出を作ろうよ。

 その前に死んじゃうなんて、絶対嫌だよ。


「だからお願い……神様、フェイスを、助けてあげて……!」


 思わず願ってしまう程、あたしは焦っていた。そのせいかもしれない。

 ドラゴンを狙って、槍が飛んでくるのに気づかなかった。


『がひゅっ―――』

「えっ?」


 ドラゴンの頭がなくなって、落ちていく。もう少しで魔王領にたどり着くのに、あたしは森の中へ入ってしまう。


「いたっ! うわっ! ひゃうっ!?」


 枝が体を打ち据えて、凄く痛い。でもお陰で落ちても死ななかった。

 フェイスがくれたショートソード、落ちてないよね? 良かった、ちゃんとある。


「ここ、どこだろう?」


 まだ魔王領に来てないから、人間領のどこかだと思う。二つの領域の、境目あたりかなぁ。


「ドラゴン、どこだろう……」


 落ちる途中ではぐれちゃったけど、多分、もう……。

 一人になると心細くて、なんだか怖くなる。でも、こんな所で立ち止まってられない。

 ディックの所に行かなくちゃ、フェイスを助けなきゃ。もう少しで魔王領のはずだから、頑張らなくちゃ。


「大丈夫、フェイスが剣の使い方教えてくれたから、大丈夫……」


 このショートソードは、フェイスから貰ったお守りだ。だから、きっと何とかなる。フェイスがあたしを守ってくれる。


「えっと、太陽の位置から……魔王領はあっち、かな?」


 おじいちゃんが教えてくれた方角の見方を思い出しながら、魔王領に向かって歩いていく。この先に行けば、ディックが居る場所のはず。

 なのに、あたしの前に、街が現れた。

 監獄みたいな場所だった。大きな城壁が伸びた街で、街の入口には……。


「ヴェルガ……人間の、街?」


 魔王領の近くに、こんな街があるなんて。そう思っていたら、急に胸騒ぎがした。

 なんだろう、この街……近くにいるだけで、なんだか、むずむずしてくる。あたしの中で、誰かが逃げろと言っている気がした。


「逃げなくちゃ……わっ!」


 振り向いたら、馬車が間近に来てた。急いで走ったら、いつの間にか近づいていた門番の人に捕まって、


「おや、旅人かな? こんな小さな旅人は初めてだ」

「あ、あの、あたし……」

「ようこそヴェルガへ。旅の足を癒していくといい、ここは本当に、いい街だよ」


 有無を言わさず、あたしは街へ連れていかれてしまう。

 こんな事をしている場合じゃない、フェイスを助けなくちゃいけないのに、いけないのに……どうして、足がすくんで、逃げられないの?


  ◇◇◇

〈ワイル視点〉


「あいつ、フェイスが連れて行った魔女の本体、だよな?」


 無理やり門番に引きずられていくアプサラスを見て、俺は首を傾げた。

 龍の領域に居るはずのあいつが、どうしてこんな所にいるんだ? フェイスの奴はどうしたんだ? 色々気になるが、それよりもヴェルガだ。


「世間じゃ肺の病が急に広がってるってのに、変な所だ。全員健康そのもの、機嫌よさそうに笑ってら」


 ただ、それだけに不気味だよ。

 今世間じゃ肺の病気でパンデミックが起こっている。なのにこの街だけは、台風の目にでも入ったかのように病が起こっていない。

 それに、なんだろうな。この不自然な感覚は。


 街を見ていると、どことなく違和感がある。まるで箱庭を見ているような、行き交う人間全員が人形のような、生きているのではなく与えられた役割を演じているような感じがするんだ。

 怪盗の勘でしかないが、俺の勘はよく当たる。この街には、きな臭い何かがある。


「そいつがお宝か、それとも単なるスリルなのか。確かめずにはいられないね」


 世間はパンデミックでてんやわんやだが、俺には関係ない。何しろ、随分昔に世界樹の雫を飲んだからな。


「あれを飲んどきゃ、以降病とは無縁の体になるんでね。さて」


 今回は世情を汲んで、予告状無しで行ってみましょうかね。この怪しい街、ヴェルガに隠れた秘密。このワイル・D・スワンが盗んでやる。

 ……ついでの気まぐれで、アプサラスの奴も助けてやるかな。

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