150話 世界樹の雫
リージョンの力を使い、僕らはエルフの国へと急いだ。
本来エルフの国には世界樹が張った結界により、転移の魔法が使えないのだけど、同盟を組んだことで結界が一部ゆるみ、魔王軍の者であれば自由に行き来できるようになっていた。
とはいえアポなしで四天王が来るのは、流石によくないかな。でも事は一刻を争う事態だ、たとえ突っぱねられても、突き進むしかない。
「あ、魔王軍の英雄ディック! 世界樹を救ってくれた人間じゃないか!」
「よくぞ監獄から戻ってこれた、改めてお祝いするよ!」
……警戒したのが馬鹿らしくなるくらいフレンドリーだなおい。
行く先々で歓迎の声が飛んできて、僕に黄色い声が飛ぶ。人間なのにエルフからの人気が凄まじいな。
「いやまぁ、あの巫女姉妹に認められていれば当然と言うべきでしょ。ミハエル陛下も貴方を随分気に入っているしね」
「ははは……好意は、貰っておこうかな」
エルフ城にも顔パスで入る事が出来て、直接謁見の間に通された。ここまで話が早いとちょっと困惑してしまうな。
少し待つと、程なくしてミハエル女王が現れる。跪くなり、陛下は手を上げて首を上げさせる。
「よくぞ来たなディックよ、先日は略式だが、褒賞を送らせてもらった。活用してもらえたか?」
「はっ、真にありがとうございます。陛下のお心遣いにより、この身は人を超越した命を得ました」
「それは重畳。して、本日はどのような用件だ。何やら急いでいる様子、褒賞の礼というわけではなさそうだな」
流石は女王だ、僕達の様子から事態を推察してくれた。
手短に魔王領の状態を話すと、女王は眉間に皴を寄せた。
「ふむ……結核によく似た人工の病か。人間領にまで蔓延しているとなると、犯人は第三者と考えるべきだな。現在エルフの国にははびこっていないが、万一ここまで病の手が伸びては危険だな……おい、巫女を呼べ」
女王は手を叩き、兵にそう伝えた。
程なくして、エルフの国の重要人物二人が現れる。
「ディックさん! 久しぶり、元気してた?」
「どうやら壮健……ではなさそうですね」
ラピスとラズリ、世界樹の巫女姉妹だ。二人は僕らを見るなり微笑みかけたけど、すぐに険しい顔になる。
彼女達にも魔王領の状況を話すと、難しい顔になり、共に腕を組んだ。
「ワイル様、大丈夫かな……そんな危険な状況なのに、今は人間領に居るみたいだし……」
「人間領に?」
「ええ、なんでも、「面白そうな輩が居たから遊びに行ってくる」とのことで、領域の境に向かっているそうなのです」
「人間領側の方が行くのが楽だからって言ってたけど、むしろ逆じゃないかなぁ?」
「ディック救助の恩赦で、魔王側の手配は取り下げられていますからね。人間側はむしろ危険なんですけど」
「ワイルらしいと言うかなんと言うか……本当に大陸を股にかけて活動しているな、あいつ……」
にしても、また出てきたな。人間領と魔王領の境。母さんが向かい、結核にかかってしまった場所だ。
位置を考えると、人間領と魔王領、そのどちらにも病を広げられる場所ではあるな。シルフィもやけに気にしていたし……そこに何かがあるのか?
「ディックさん? どうかしたの?」
「あ、いや。なんでもない。それより、薬の件だけど」
「うん、準備自体は出来なくないけど」
「量が問題なのです。普通の難病ならいいのですが、人造の病ですと、世界樹の雫しか効能がないでしょうから」
「世界樹の雫?」
「うん。私達世界樹の巫女だけが作れる、あらゆる病を浄化する秘薬だよ。人工の病だろうと、この秘薬なら関係なしに治せるよ」
「ですが、一日に十滴しか作れないので、魔王領の人々を救うにはとても……」
「大丈夫よぉ! 成分さえわかれば私の創造で量産するから」
メイライトがドヤ顔で胸を張った。でも……。
「複製は出来ません、悪用されないように、秘薬自体にコピーガードが施されているのです」
「成分もね、薬師に聞いても「意味不明」で返されちゃって、全然分からないの。だから類似品を作るのもちょっと難しいかも」
「あらららら……それは残念ねぇ……」
メイライトはがっくりと肩を落とす。やっぱり、直接元を叩くしかないのかな。
「ですが、病気の進行を遅らせる事は出来るはずです」
謁見の間に小柄なエルフが入ってきた。ラズリの想い人、ワードだ。
ラズリと目が合うなり、互いに顔を赤らめ伏せてしまう。どうも、付き合いは上手くやれているみたいだな。
ミハエル女王が咳払いで二人をいさめ、話を続けさせた。
「ワード大臣、何用で入られた」
「たまたま通りかかりまして、話は伺っていました。世界樹の雫でなくても、肺の病気を抑える薬ならエルフの国には沢山あります。それならば、メイライト様の力で増産する事が出来るのではありませんか?」
「ふむ……時間稼ぎだが、何もしないより遥かにマシだな。メイライト、頼めるか」
「もっちろんよぉ! 任せておいて、お姉さん頑張っちゃうから!」
メイライトが張り切って両腕を上げた。とりあえず、魔王領が今すぐに全滅する事はなくなったか。
けど、それでもリージョンの言う通り時間稼ぎにしかならない。
解決するには、大本を叩くしかない。この病気を広めた奴が誰か知らないが、そいつなら特効薬を作る方法を知っているはずだ。
「ディックさん、顔恐いよ」
「ああ、ごめん。肺の病気は、僕が一番嫌いな病気なんだ。だから……何としても止めたいんだ。このパンデミックを、僕の手で」
「お母さまを亡くした病ですものね……痛いほど、気持ちは分かります」
「でもね、意気込みすぎてディックさんが病気になったら元も子もないよ。勿論、四天王の皆さんも。だから」
巫女姉妹が、僕らに小瓶を渡してきた。丁度六本。魔王を含めた、主要人物全員分の薬だ。
「これが世界樹の雫だよ。ディックさん達が魔王領を救う希望なんだから、皆が倒れたらおしまいでしょ?」
「だから貴方達の身を守るために、持って行ってください」
「二人とも……ありがとう、恩に着るよ」
このままバイオテロを放置していれば、魔王領の人々は全滅してしまう。
その前に何としても、このパンデミックの元を断ち切らなければ。




