15話 自由すぎる魔王様
我ことソユーズは、やや呆れながらリージョンとディックのやり取りを見守っていた。
今回も今回とて、リージョンは酒を馬鹿みたいにがぶ飲みしている。この間酷いリバースをしたというのに、懲りない奴である。
「それで、どうなんだ」
「何が?」
「シラヌイだよ。あいつとはどこまで進んでいる? Aか? それともBか? あいつサキュバスだけどCはそうそう許さない奴だからなぁ」
「何の話をしているんだ、それに言ってる事セクハラだからな」
「……すまないな、リージョンは昔からの考え方が抜けていない古い鬼なのだ」
特に酒が入ると面倒になる。程ほどの所で気絶させておくか。
ただ、リージョンではないが我もシラヌイとの関係は気になる。
今まで彼女の副官に就いた者は、皆一週間もせずに辞めていった。彼女の仕事量と、性格のきつさが理由だ。
ディックはかなり長続きしている。それどころかシラヌイを振り回し、戦闘でも活躍しているときたものだ。
このような人物は初めて見る、興味がわくのもむべなるかな。
「……実際、ディックはシラヌイをどう思っている。母親の影を追い彼女の副官にまでなったが、今のシラヌイはどう見えている?」
「そうだな……助けてあげたい人だと思っているよ」
「ふむ……その心は?」
「最初は確かに、シラヌイに母さんの面影を追っていたのは確かだ。彼女と母さんは姿だけじゃなくて、好きな物とか、細かい所もよく似ている。でも、彼女と母さんで大きく違う所がある。……シラヌイは弱い、見ているこっちが辛くなるくらいにね」
……そうだな、シラヌイは心の弱いサキュバスだ。
彼女は非常に強い劣等感と自傷癖を持っている。自分を傷つけなければ、心を保てないほど病んでいた女だ。
だがディックが入ってから彼女は少しずつ変わりつつある。前よりも元気になっているし、よく話すようになった。険が取れて親しみやすくなっている。
「昔母さんが言っていた。泣いている女の人が居たら、心で抱きしめてやれと。具体的にどうすればいいのか分からないけど、僕なりのやり方で接しているよ」
「はっはっは! 本当によくできた母親だ! それで、どうなんだ? シラヌイを物にしたいと思っているのか?」
「どういう意味だ?」
「だから、女として見ているかと聞いているんだ」
「それもセクハラじゃないのか?」
「……リージョン、口は禍の元だと知っているか?」
「中間管理職、辛い……」
いやお前が意識しないのが悪いだろう。
「ただ、そうだな……異性として意識しているかって言われても、分からないんだ」
「……そうなのか」
「シラヌイの役に立ちたい、その想いに偽りはない。女性に優しくするよう、母さんがきつく言っていたのもあるからね。彼女の役に立てて嬉しい気持ちもある。でも僕は今まで、恋愛をした事がない。だから彼女に尽くしたいって想いが果たして恋なのか、それとも親愛からくるものなのか。よく分からない」
『じゃあさ、その子に何かしてあげた時、何か自分の中でぐわっとくる時ってない?』
……誰だ? この黒子姿の女は。
突然現れた女にディックもきょとんとしている。しかしリージョンの様子が変だな。
「……知り合いかリージョン?」
「いや、他人だ他人。見た事はない」
不自然に挙動不審になっているが? リージョンがうろたえる女か、心当たりは……ありすぎて思いつかん。
ナチュラルにセクハラ発言するせいで女性兵士に頭が上がらんのだこいつは。
『通りすがりの恋バナ好きってだけ。何貴方、気になる子が居るのに無自覚みたいねぇ』
「無自覚……そうなのかな。そもそも弱った人を助けたいと思うのはおかしな事なのか?」
『いいやぁ。でもその行動に移るって事はちゃんと理由があるわけでしょ? その辺りどうなのさぁイケメン剣士ぃ』
随分押しの強い女だな。それに妙に馴れ馴れしい。しかしなんだ、この既視感は。
「……どこかで会った事、あるか?」
『ないなーい。あったとしたら他人の空似でしょ?』
「そうだぞソユーズ、初対面の相手に変な勘繰りは止めておけ」
だからなんでお前がフォローするんだ。そいつは誰だ、元カノか?
『それでどうなの? シラヌイって子に何かしてあげる度にどんな気持ちになるの?』
「シラヌイにか……うん……」
ディックは少し考え、口を開いた。
「温かい気持ちになるな。もっと彼女のために何かをしてあげたい、どうすれば喜んでくれるのか。そう思う」
『それじゃあ、彼女と離れるとどんな気持ちになる?』
「落ち着かない。早く明日が来て一緒に居たくなる」
『やっぱそれって恋じゃなぁい! つまりは頭の中が彼女で一杯ってわけなんだからぁ』
「シラヌイの事で一杯か……言われてみれば確かに、そうかも……」
ふむ、初めてディックの顔が赤くなったな。
奴にしてみれば、母親以外初めて意識する女だ。随分入れ込んでいるとは思っていたが、やはりそうした感情はあったようだ。
シラヌイが母に似ていたから自覚が遅れたようだが、さっきの黒子がほじくり返したせいで、改めて意識してしまったわけか。
「……で、どうなんだ? シラヌイは好きなのか?」
「好きではある。ただ、これが本当に恋なのかは流石に……」
情緒が子供だな。母以外の異性とまともに付き合った事がないから、そうした感情になれていないのだろう。
……人見知りで関わった事のない我が言うのもおかしな話だが。
「僕はシラヌイをどう思っているんだろう、わかるかソユーズ?」
「……我に聞くな。聞くならそこの鬼……む?」
気付いたら、リージョンと黒子が居なくなっていた。
黒子はともかく、どうしてリージョンまで? それに黒子は何者だ?
「……場をかき乱すだけかき乱し、消え去るか。不思議な女だったな」
「そうだね……けど僕が彼女を、どう思うかか……考えた事もなかったな」
「……深く考える必要はあるまい。お前がどうしたいか、彼女に何を成してやりたいか。それだけでいいだろう」
自分の向ける想いが分かったからといって、やる事が変わるわけでもない。
今まで通り、自然体でやってみるがいい。
「……お前とシラヌイが上手く行くのを、願っている」
「あまりからかうなよ」
我はお前が嫌いではないからな、精々見守ってやるか。
◇◇◇
『んふー、シラヌイもディッ君も可愛いなぁ。尊みに溢れているぅ』
「魔王様、こんな汚い居酒屋にまで来られるとは……」
俺ことリージョンは魔王様を見送るべく、席を立っていた。
話は聞かせてもらったが、要約すればシラヌイとディックをからかいに来ただけのようだ。部下のプライベートに興味があるのはいいのだが、こっちとしては上司に見張られているようで落ち着かん。
『いやぁ、部下の色恋沙汰に首ツッコんで引っ掻き回すのって楽しくない? 特に今回はあのシラヌイだよ? あのワーカーホリックが恋とか面白い事この上ないんですけど』
「魔王様、貴方は何を考えておられるのですか? 二人を結ばせようとしていたりは……」
『どっちでもいいのよ、成就でも悲恋でも、ワシはどっちでも楽しめる性質だから。ただそれに至るには、二人に意識してもらわないといけないでしょ。だからちょっとだけ手を加えただけなの。じゃないとあの奥手二人絶対意識し合わないんだもーん』
出たよ、気まぐれ天邪鬼。魔王様はきっかけを作るだけ、あとはそれによって起こる相手の反応を眺め、楽しむのが趣味なのだ。
カオスを呼び、混沌を好む。魔王らしい性格だ全く。
「なぜ女とは色恋沙汰に首を突っ込みたがるのだか、理解できん……」
『リージョン、セクハラだよ』
「今の発言のどこにセクハラ要素が!?」
『って事で来月ちょっと減給ね』
「理不尽すぎーる!?」
くそったれ、本当に気まぐれすぎて振り回されるってんだよこの主!