148話 突然の、結核。
「あらあらまぁまぁ! 二人ってばとうとう……決めちゃったのねぇん!」
休暇から帰ってきた翌日、僕らは四天王の皆に婚約を報告した。
改めて伝えるとその、気恥ずかしいな。シラヌイも顔を赤らめている。
「あのシラヌイが結婚か……いやはや、昔のお前を思うと涙が止まらんな」
「……全くだ、一時期のシラヌイなど、思い出すだけで痛々しくなる。感謝するぞディック、我が同僚を救ってくれて、本当にありがとう」
「大事にしてやれよ、こいつ繊細過ぎるからお前以外に付きあえる奴なんかいないだろうしな」
「あんたらねぇ、大げさすぎるのよ。もうちょっと別の祝い方とかないの?」
シラヌイは口調こそ怒っているけど、尻尾をぶんぶん振っている。祝いの言葉にかなり喜んでいるみたいだな。
僕も彼らの祝いの言葉は凄く嬉しいな。三人が居なければ、シラヌイと出会う事もなかったから。僕にとって四天王は大事な親友だ、彼らにはどうしても祝ってほしくて、こうして真っ先に報告させてもらったんだ。
『はぁ……帰ってきてからずっとハートマークが飛びっぱなしでな……私はもうぐったりだ……』
「お疲れだな、シルフィ……それはともかく、ディック! あとで夫婦円満の秘訣を教えてやろう、どうかシラヌイと末永く」
「ごめん、それに関してはメイライトから教えて貰うよ」
「……バツイチの教えなど当てになるまい」
「私は四人の旦那と仲良くしてるものぉ、当然私を選ぶに決まってるじゃなぁい」
「ってわけであんたは引っ込んでなさい」
「あれ、なんだろこの久しぶりの疎外感。四天王のオチ担当特有の寂しさを感じる……」
いじけたリージョンはともかく、魔王にも報告しておかないとな。
昨日まで出張に行っていたみたいで、昼頃に出勤がてら戻ってくるそうだ。四天王の結婚となれば大事になる、きちんと魔王にも知らせておかないとな。
「他の兵士達にも伝えなくちゃね」
「そうね。シラヌイ軍とか、周知しておかないといけない面子は多いわね」
シラヌイも凄く張り切っていた。ふんすと息巻いて、なんだか頼もしいや。
「これでディックに色目を使う奴は撲滅できる……こいつは私だけの男なのよ、他の奴が近づくなんておこがましいんだから……うふ、うふふふふ……」
『……おい、目がイっているぞ。本当にこいつの使い魔になってよかったのか、私は……』
どことなく圧迫感も感じるけど、無視しておくか。
◇◇◇
魔王の下へ向かう道すがら、僕達は顔見知りの兵士達に婚約の挨拶をしていた。
シラヌイがどうしてもしておきたいと言ったんだ。主に、女性兵士に。
僕らの婚約を知るなり、女性兵士の多くがなぜか落胆してしまう。その度にシラヌイは勝ち誇ったように胸を張っていた。
「なんで皆、あんなにがっくりしているんだろう」
『貴様な、いい加減自覚するがいい。貴様は女兵士からの人気ナンバーワンの男なのだぞ』
「人間の僕が? 嬉しいけど、どうして」
「バルドフに攻めてきた勇者を撃退して、ウィンディア人を全員救出して、エルフの国を防衛した立役者だし、おまけに人形の魔女の討伐が結果的に停戦状態を招いた。こんだけの功績を残した魔王軍の英雄が、もてないわけないでしょうが」
改めて並べると、結構暴れてたんだな僕って。
女性人気ナンバーワンか、シラヌイが不安になる理由がなんとなく分かった気がする。
でもこうして婚約したから、彼女の不安も解消されるはずだ。もう僕が、誰の物にもならない証だから。
「ディック、シラヌイ様」
「あの、噂を聞いたのですけれど、婚約されたというのは本当ですか?」
何度か仕事を共にしているラミアと人狼に会った。シラヌイが最大限に警戒するけど、落ち着かせて婚約の話をした。
「そう、ですか……ディック、おめでとう」
「残念だわ、わりかし本気で狙ってたのに」
「僕を好きになってくれてありがとう、それと、気持ちに答えられなくてごめん」
「謝らなくていいのよ。本当、幸せになってね、ディック……けほっ」
ラミアがせき込んだ。ふと注意してみると、どことなく顔色が悪いような……?
「大丈夫かい? 体調がすぐれないなら休んだ方がいい」
「ありがとう、でも、本当……平気、だから……げほっ!」
せき込んだラミアが倒れこむ。これは、平気じゃないだろう。
急いで彼女を助け起こす。そしたら、僕の手に血がついていた。
「吐血……!? シラヌイ!」
「ええ! 急いで医務室に!」
ラミアを抱き起し、医務室へ急いだ。そしたらその道中、次々と兵達がせき込んで、血を吐き始めた。
これは、どういう事だ?
背筋が泡たち、鳥肌が立つ。激しい咳に吐血……この症状……。
『結核に、似ているな』
シルフィが、最悪の病気をつぶやいた。
僕がこの世で最も憎む、最悪の病気だ。なぜなら、母さんの命を奪った病気だから。
ラミアを皮切りに、次々と吐血した兵が運ばれてくる。どうして突然兵が病にかかったんだ? いくらなんでも不自然すぎる。
『出張から戻ってきてみれば、とんでもない事態になっちゃってるなぁ』
後ろから声がした。振り返ると、魔王が腕を組んで立っている。
『あ、部下を通して話は聞いたよ。婚約おめでとう。こんな状況でなければ素直に祝えたのだけど』
「魔王様、これは一体何が?」
『うん、かなりの緊急事態が起きたんだ。四天王は急いで集合、君達に緊急指令を出すから』
四天王が動く事態だって?
胸騒ぎがする……魔王領だけじゃない、この大陸全土を巻き込んだ、最大の事件が起きそうな予感が、僕の頭をよぎっていた。