140話 第五部・完
エンディミオン消失の知らせは、その場にいた全員に激震を走らせた。
僕もすぐに探してみたけど、どこにもない。フェイスは僕や魔王の傍に居たから回収なんてできるはずがない、エンディミオンが一人でに動いたんだ。
あの剣さえ破壊できれば、人間と争う理由もなくなる。戦争を終わらせられたはずなのに。
「エンディミオン……なぜ俺を置いて消えた?」
残されたフェイスは茫然としている。すると魔王が腕を組み、
『おそらく、君を適合者として認めなくなったんじゃないかな』
「なんだと?」
『エンディミオンの適合条件は虚無の心を持つ者だ。でも君は、あの剣を持つにしては随分と心がぬくもっている。剣の力を活かせない程に弱体化しちゃってるんだ。だから、多分見捨てたんだろうね。それでどっかに消えちゃったんだろう』
「なら俺は……もう勇者じゃないって事か?」
『うん、ただのフェイスだ』
「そうか、勇者じゃねぇのか」
エンディミオンが居なくなったのに、フェイスはあまりショックを受けた様子はない。むしろほっとしているような、重圧から解放されたような顔をしている。
「これからどうするんだ。人間領に戻っても、指名手配されている。牢獄に入れられるのは間違いないぞ」
「だろうな。折角脱獄したのに、また監獄に戻るのは勘弁だ」
「なら……魔王領に来るか?」
「ちょっとディック!?」
シラヌイに腕を掴まれたけど、僕は本気だ。フェイスは以前とは違う、不必要に他人を虐げるような真似はしないはず。それなら、魔王領で保護してもいいだろう。
「いいや、ディアボロスの世話になる。今まで散々魔王軍の連中をぼこしてきたんだ、俺が行ったら、他の連中が不安になっちまうだろ。それに少し、一人で落ち着きたい。これまでの事と、これからの事。俺なりに考えたいのさ」
『ん。ならディアボロスの所へ行きなよ』
「魔王様……勇者フェイスを、拘束しないのですか?」
『エンディミオンを失った今、彼を捕らえる理由はないよ。敵意も完全に失せている、放っておいても魔王軍に被害は出ないさ』
「ふん、話の分かる魔王だ。……ありがとな」
フェイスは素直に礼を言った。監獄の冒険を通して、フェイスは変わった。もうあいつが無意味に誰かを傷つける事もないだろう、だからこそ、一緒に居たかったな。
多分、今のフェイスなら僕は、分かり合えるような気がするから。
◇◇◇
龍王剣を背負い、フェイスはディアボロスへ飛び移った。
ディアボロスの傍に居ればフェイスは大丈夫だろう、龍王は地上最強の生物、勇者を失った人間軍では攻めることもままならない。
気になるのはエンディミオンの行方だ。あの剣が姿を消して何をしようとしているのか恐いけれど、今僕達にはどうする事もできないな。
「フェイス、世話になったな」
「ふん、てめぇとの共闘は悪くなかったぜ。久しぶりに、楽しい冒険だった」
「僕もだ。今のお前となら、パーティを組んでも悪くないって思っている」
「そいつは俺もだよ、それじゃついでに、頼みを聞いてくれるか」
フェイスはアプサラスを見やった。
「そいつをきちんと保護してやってくれ。それだけが、唯一の気がかりだ」
「勿論、約束は果たすさ」
「おう、あんがとな」
フェイスはアプサラスに目をやり、小さく微笑んだ。
「フェイス、行っちゃうの?」
「俺にはそっちに居る資格がないからな。あばよ、アプサラス。元気でな」
「……フェイス」
あいつはどこか、寂しそうにしている。そしたらだ、アプサラスは急に走り出し、ディアボロスに飛び乗った。
「アプサラス!? 何を?」
「ごめんディック! あたしフェイスの傍に居る。凄く、寂しそうだったから」
フェイスの腕を掴み、アプサラスはそう言った。
「ディックはもう、誰かの勇者なんでしょ? でもフェイスはまだあたしの勇者だから、傍に居てあげたいの」
「……はっ、俺と来るのを選ぶとは、変な奴だ」
フェイスはアプサラスの頭を撫で、
「ディアボロス、出ろ」
『ばっはっは! 任せておけ、客人共々歓迎するぞ!』
龍王がはばたき、龍の領域へ去っていく。これから二人はどうなるんだろう、どうするんだろう。心配になって仕方ない。
でも、これで……魔女の監獄の、全てが……終わった……な……。
「ディック、大丈夫?」
「ごめん、シラヌイ……気が抜けて、眠くなったみたいだ……」
「そっか、奇遇ね。私ももう……動けない……」
シラヌイも随分苦しんだみたいだものな、眠気で目がうっとりしている。
エンディミオン、フェイス、人間……気になる事は沢山あるけど、今は休もう。
僕らは座り込み、眠りについた。久しぶりの、心休まる眠りに。




