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139話 アプサラス、釈放

 目が覚めると、僕はドレカーの船に居た。医務室のベッドに寝かされているようで、薬品の匂いが鼻を突いてくる。

 手が温かい。なんとなしに握ると、


「ディック……? 起きたの?」

「シラヌイ。ただいま」

「……お帰りなさい」


 シラヌイと抱き合い、彼女を感じる。シラヌイの感触と温もり、凄く久しぶりに感じた気がするな。


「くんくん、臭いきつい。お風呂入ってないでしょ」

「はは、酷い監獄だったからね。嫌なら離れるよ」

「ううん、このままで居て。ディックの匂いなら、かまわないもの」


 シラヌイが甘えてくる。よほど寂しかったんだろうな、僕を抱きしめて離さない。

 僕もシラヌイと会いたかった。彼女との再会を何度夢見た事だろう。

 もっと、彼女を感じたい。離れていた分を取り戻すくらい、めいっぱいに。


「おうこら、俺の前で何ラブシーンしてんだよ」

「! フェイス!?」


 横から声をかけられ、ハッとする。僕と同じように、フェイスも治療を受けて寝ていた。

 シラヌイが警戒するけど、フェイスは鼻を鳴らした。


「暴れねぇよ、こんな敵の腹の中で不躾な真似するほど馬鹿じゃねぇ。ただ、横でいちゃつかれるとムカつくんでな。邪魔はさせてもらったよ。アプサラスもいねぇしよ」

「アプサラス……そうだ、彼女は?」

「でか物を叩いたら、監視人形が機能停止しちまってな。気絶した拍子に落としちまった。……俺が守るとか言っときながら、最後は情けない幕切れだぜ」

「けど、本体は残っているだろう? まだ希望はある」

「ああ、そうだな……」


 フェイスは長いため息をつくと、目を閉じた。


「フェイス、エンディミオンは?」

「魔王の奴に押収された。温情でディアボロスは返してもらえたがな」

「そうか……」


 一瞬だけど、僕はエンディミオンに触れた。

 その時感じた底知れない冷たさと虚無は、筆舌に尽くしがたい物だった。あいつは聖剣を使っている間、あんな孤独を受けていたんだな。

 ……フェイスの心が歪んだのは、エンディミオンが原因だ。あの剣は、誰も触れてはいけない。人の心を破壊する、最悪の魔導具じゃないか。


「フェイス、お前もう、エンディミオンを使うのはやめろ」

「やだね。と言いたいが、取り返すのも億劫だしな。聞けば、人間領じゃ犯罪者として指名手配されているようじゃねぇか。もう聖剣に拘る理由もねぇし……どうすっかな」

「なんだって?」

「本当よ、私が教えてあげる」


 シラヌイから、居ない間に起った出来事を聞いていく。僕達が捕まっている間に、多くの事が起こっていたみたいだな。


「ま、少し考えさせてもらうわ。一度、外に出させてもらうよ」

「動くなよ、回復してないくせに」

「医務室の外でうずうずしている連中がいんだろうが。……俺が居たら邪魔だろう」


 フェイスは立ち上がると、扉を開けた。

 そしたら、沢山の人がなだれ込んでくる。四天王に魔王、エルフに、ウィンディア人達……僕を助けに来てくれた、多くの人達がやってきた。


「ディック! よくぞ戻ってきてくれた!」

「心配したぞ、我が友よ……! 無事でなによりだ」

「あーんもう! 私達をこんなに心配させて……酷い男ねぇディックちゃんてばぁ!」

「ちょ、待ってくれ皆! 急にそんな……聞き取れないよ」

『はっはっは! それだけ君が大事な人って事なんだよ、ディッ君』


 色んな人から口々に無事を喜ばれて、嬉しいのだけど対処できない。凄く沢山の人達に心配されていたんだな。


「……よかったな、ディック」


 フェイスがつぶやいたのが聞こえた。重い体を起こして、僕は彼を追いかけた。


「待ってくれフェイス。……魔王様、アプサラスは?」

『準備ならできてるよ。いつでも彼女を救う事が出来るさ』

「よかった……フェイス、一緒にアプサラスの所へ行こう。彼女を助けるまで、僕達の脱獄は成功と言えない」

「……立ち合いは認めてくれるのか?」

『暴れなければかまわないよ』

「そうか。なら、一緒に行かせてくれ。俺もあいつが気がかりだ」

「うん、僕達の脱獄劇の、最後を締めくくろう」


  ◇◇◇


 シラヌイに送った手紙には、メイライトにホムンクルスの体を作るよう依頼していた。

 人形の体に閉じ込められたアプサラスを救い出すには、魂を生身の体に移す必要があるからだ。でもそのためには、彼女の中にある暴走した七人の魂を鎮めなくちゃならなかった。

 用意された部屋へ向かうと、カプセルに注文通りのホムンクルスが眠っていた。

 黄緑の髪を持つ、少女のホムンクルスだ。魂のない、空っぽの体。アプサラスの新しい体だ。

 肝心の人形は、傍らに置かれている。全身の機能を止めたから、ぴくりとも動かない。


『中の魂は無事だよ、だから安心するといい』

「魂の移動は、このイン・ドレカーに任せてくれ」

「頼むドレカー。フェイス、見届けよう。彼女が元に戻るのを」

「おう」


 ドレカーが手を翳すと、アプサラスが光り始める。息を呑んで見守っていると、人形の魔女から光の粒子があふれ出した。

 アプサラスの魂だな、ホムンクルスの体に染み渡っていくのが分かる。

 やがて人形から光が出なくなると、ホムンクルスが目を開いた。


「アプサラス、僕達がわかるかい?」

「うん……ディックに、フェイスだよね?」


 ホムンクルスがカプセルから下りてくる。アプサラスは僕らを見上げると、ぎこちなく微笑んだ。


「笑うの、難しいな。ずっと人形だったから、笑い方が分からなくなってて……ごめんね」

「いや、いいよ無理しなくて」

「それよかてめぇ、他の人格は?」

「あのね、他の私ね、あたしの中に溶けたの。皆人形を壊されて、力がなくなって、しょんぼりしてたから、あたしが抱きしめたの。そしたら皆、あたしの中に入っていって、一つになったんだ」

「あー……ようは統合されたのか。気分悪くなったりは?」

「大丈夫。色んな記憶が混じって、ちょっと変な感じだけど、あたしはあたしだよ」

「そうか。なら、重畳だな」


 フェイスは優しい笑みを浮かべた。あいつもあんな顔が出来るんだな。


「あのね、フェイスとディックに言い忘れてたことがあったの。凄く大事な事だから、ちゃんと伝えないとって思ってたの」

「なんだい?」

「言ってみろ」

「あたしを助けてくれてありがとう、二人のおかげであたし、やっと外に出られて、生身の体を取り戻せたから……だから、ありがとう……!」


 アプサラスは泣きはらした。体を失って、何年も監獄を彷徨って、ようやく手にした自由だ。

 魔王に目配せすると、頷いてくれる。ちゃんと保護する体制を整えてくれていたみたいだな。流石だよ。

 これで僕達の脱獄劇は幕を閉じた。エルフの国から続いた騒動も、ようやく終息できたな。


「魔王様、魔王様! ご、ご報告いたします!」


 その時だった。兵が、衝撃的な報告を持ってきたのは。


「勇者フェイスより押収したエンディミオンが……エンディミオンが消えました!」

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