134話 ディック救出作戦、開始!
魔王様の呼びかけによって、多くの兵が集まっていた。
皆ディックを助けようと、自ら志願してきた兵ばかりだ。あいつの人望の厚さに改めて驚く。もうすっかり魔王軍の顔になってるわね。
『いやぁ、皆ディッ君好きすぎるでしょう。ワシ魔王様なのにそれ以上の人徳あんじゃないの?』
「魔王様……」
『ま、そんだけ彼が重要な人材って事なんだけどね。ディッ君が居なくなってから、魔王軍全体の士気も落ちちゃったしさ。もう彼はうちに無くてはならない存在だよ。何としても救出しないとね、それだけの価値がある子だ。予算度外視で助けに行くよ』
「本当に、ありがとうございます!」
普段はおちゃらけているけど、有事の際はとても頼りになる方だ。頂点に立つ者として相応しい人だわ。
「遅くなったな、リージョン以下魔王四天王、到着したぞ」
後ろから声をかけられた。振り向けば、頼もしい同僚達が並んでいる。誰よりも作戦に志願してきた、心強い味方だ。
「……やはりディックは大した奴だ。魔女の目を盗みながら、外部への連絡手段を作り出すとは」
「本当に、そうよね。……こんなのが出来るなら、とっととやってくれればよかったのに……私が、どれだけ心配したと思ってんだか……」
「はいはいどうどう。その文句はディックちゃんを取り戻してから存分にぶつけてやりなさい。まだ、スタート地点に立っただけなんだから」
そう、今はまだ、ディックの安否がわかっただけだ。魔女から奪い返して、やっとゴールになるんだ。
寝不足で体は重いし、頭も痛い。だけどそんなのがどうでもよくなるくらい、気持ちが高ぶっている。ディックに会いたいって、心が叫んでいる。
「あ、お姉ちゃん! 見て見て!」
ポルカが私の手を引き、空を指さす。空飛ぶ船が魔王城へ向かってきているのが見えた。
海賊船ハバネロ、かつて魔王軍で幾多の功績を上げた船だ。
『はーっはっは! 中々壮観な光景だな、宇宙一の作戦決行に相応しい光景だ!』
その船から誰かが飛び降りてくる。豪快に着地すると、兵達から歓声が上がった。
「この私の名を知らぬ奴はいるかぁ!」
『NO!』
「この私の名を知る奴はいるかぁ!」
『Yes! That’s light!』
「では呼んでみろ宇宙一の男の名をぉ!」
『イン・ドレカー! イン・ドレカー!! イン・ドレカー!!!』
「そのとーり! 元四天王イン・ドレカー! 宇宙一の助っ人としてただいま参上! はっはっはっはっは!!!」
とても頼もしい助っ人、ドレカー先輩だ。なんだろう、姿を見ただけで元気が出てきた。
「やぁ四天王諸君、そして魔王様! 待たせたね、私の準備はばっちりだ!」
「ドレカー先輩、ご協力本当にありがとうございます」
「なぁに、彼の救出は私も願ったりだ。協力は惜しまないよ。その証拠に、ご覧あれ!」
ドレカー先輩が両手を広げるなり、ハバネロの後ろから四隻の船が現れる。もしかしてあれ、引退後に作った船?
「豪華客船ジョロキアだ、旅客船として建造したが、万一のために戦闘力も有してある。無論、旅客船だから医療設備も整えてある。魔女の住処への足は任せておけ、そして青年を助けた後のアフターケアもな」
「先輩、助かります……!」
これならディックが怪我をしていても安心だわ。細かな心遣い、流石は先輩。
「ポルカ! 無事か、ポルカ!」
「もう! 勝手に飛び出して!」
ハバネロから二人のウィンディア人が降りてくる。ケイとアスラだわ。二人はポルカに駆け寄るなり抱きしめて、ディアボロスを睨んだ。
「龍王、人の娘を急に連れ出すとはどういうつもりだ!」
『ばっはっは! そう怒るでない。中々の胆力だったぞ? 我が手の中で臆せず魔王城を目指したのだ、将来は大物に育つだろうなぁばっはっは!』
「おじちゃんね、凄く優しかったよ。あめもくれたの。とっても美味しかったんだよ」
『ばっはっは! 口にあったようで重畳だ。あとでまたくれてやろう』
「ありがと!」
……凄いわねポルカ、ディアボロスと仲良く話すなんて……。
「というより、あんたも手伝ってくれるのね」
『当然だ。ディック居る所にフェイスあり、奴を助けるのは我が悲願だ。このディアボロス、喜んで力をかしてやろう』
「俺達ウィンディア人も当然力を貸すよ。ディックから受けた恩、必ず返してみせる」
「結果としてフェイスまで助ける事になってしまうのは、ちょっと複雑だけどね……」
船を見れば、ウィンディア人が総出で乗り込み、手を振っているのが見えた。ディアボロスまで加わってくれれば、心強い事この上ないわ。
「おっと、エルフも忘れてもらっちゃ困るぜ」
「その声……ワイル?」
気付いたら、私達の輪の中にワイルが混ざっていた。一体いつの間に、静かすぎて分からなかった。
そしたら城から、彼に飛びつくエルフが一人。ラピスである。
「ワイル様ー! お慕い申しておりましたぁーっ!」
「おっとぉ、簡単に捕まってたまるかよ」
ラピスをひょいと避け、ワイルは肩をすくめた。
「シラヌイに付き添って魔法作ってたんだって? 大変だっただろ」
「いえいえそんな! 殆どシラヌイさんが頑張っていたから私は何にも!」
「そう謙遜すんなよ、お前さんが持ってきた魔導書で魔法が出来たんだろ」
ワイルはラピスの頭を撫でると、私にウインクした。
「お疲れさん、結局自力であいつを見つける所まで来ちまったか。ただ、力になれなかった分、ディック救出には一役噛んでやるぜ。盗むのは得意だからな」
「稀代の怪盗が来てくれるなんて、この上なく頼もしいわね」
「勿論私も一緒に行くよ、女王様の許可は貰っているからね。世界樹の加護はえられないけど、魔法は使えるから。何かの役に立てるはずだよ」
続々と戦力が集まっている、この分だともうすぐ……。
「ええ、僕が連絡しておきました。もうすぐ来ますよ、エルフ軍最高戦力が」
ワードがやってきて、空を見上げた。そしたらペガサス便が上空に停まり、そこから背の高いエルフが降りてくる。
「ワード大臣からの連絡を受け、はせ参じました。世界樹の巫女ラズリ、ディック救出作戦への参加を希望します」
エルフの国最高戦力、世界樹の巫女ラズリだ。まさか世界樹の巫女二人が同時に参加してくれるなんて。
「しかし、エルフの国は大丈夫なのですか?」
「はい、魔王軍から人的補填として二万の守備隊を受け取りましたから。女王陛下の許しも得ましたので、数時間なら国を留守にしても問題ありません」
流石魔王様、水面下で手を回していたんだ。
「エルフ軍から参加できるのは私だけですが、期待に沿える働きをするつもりです。剣士ディック、なんとしても取り返しましょう」
「僕もついて行きます。バックアップなら、役に立てると思いますし」
うう……なんて、なんて嬉しい援軍なのかしら……!
『うんうん、いい具合だねぇ。んじゃあシラヌイに朗報! 今回はワシも出撃するよん』
「え、ええ!? 魔王様まで!?」
『こんだけ多くの混成軍が一堂に会するなんて、滅多にある機会じゃないしね。それに乗らない手はないっしょ。それにワシとしても、ディッ君は絶対助けたいんだ。この魔王が指揮すれば、成功率もぐんと上がる。悪い話じゃないでしょう?』
魔王様自ら出てくるなんて……! これはもう、最高の布陣だわ!
ディックのために沢山の協力者が集っている。あいつがしてきた事が、回り回って形になっている。
これだけの戦力が集まった今、ディックは絶対助けられる。人形の魔女であろうと、恐れる事はない。
『さ、早く例の魔法を使って。起動するには、ワシらの力も必要なんでしょ』
「はい! シルフィ、手を貸して!」
『わかったわかった、全くイキイキしおってからに……』
シルフィと一緒に魔法陣を描き、私は中央に立った。新しい魔法の起動条件は、この私だ。
シルフィの誘導で、ディックと特に関わりの深い人たちを魔法陣に円形に並べる。兵士達も魔法陣を囲うように並ばせて、これで準備は整った。
「この魔法は、対象者二人の心が合致した状態で発動し、心合わせの魔法を仕掛ける物になっています。この場合の起動条件は、私とディックの「会いたい」って想いです。私とディックの合致した思いを起動条件に、心合わせの魔法を発動させるんです」
「む? それだと、あいつが「シラヌイに会いたい」と思っていなければ成立しないんじゃないか?」
「リージョンの疑問は最もね。でも、それは大丈夫よ。そうでしょう、ハヌマーン」
『うむ。捕らえられて二十日間、主は毎日シラヌイに会いたいと願い続けている。近くで見続けた我が保証しよう』
「ほらね。でも、私一人の想いだけじゃ、出力が足りないんです。だから、皆の力を貸してほしいんです。皆の、「ディックに会いたい」って想いを私が受けて、増幅して、彼の所へ飛ばします」
イザヨイさんが言ってくれたんだ、一人で抱え込むな、皆を頼れって。
だから、力を合わせる事前提の魔法を作ったの。ここに居る人達は皆、ディックに会いたいと願っている人ばかり……皆の想いで私の想いをブーストして、ディックを探し出す。それが私の造った、新しい人探しの魔法だ。
たった一人の男を探すにしては、効率が悪すぎる魔法だ。何しろ大勢で使う事前提の魔法だから。
でもいいの、私の大事な人を探すためだけに作ったから。
それに、より魔法を強化するアイテムがここにある。
「ハヌマーン、貴方の力も貸して。心を繋げる貴方の力があれば」
『うむ、汝と主は我を通しリンクしている。我を介せば、間違いなく探す事が出来るだろう』
ハヌマーンの言葉が心強い。ディックを見つけるために、皆の力を貸して!
「皆で、ディックの事を強く想って。会いたいって。その気持ちを集めて、私がディックへの道を繋ぐから」
『ん、よぉし分かった! それじゃ皆、一生懸命ディッ君に会いたいって願うんだ!』
魔王様の号令で、この場に居る全員がディックへの想いを募らせた。
私は懸命に全員の想いをかき集め、魔法を発動させる。ディックと私の心を一つに合わせて、探し出すんだ。私の大事な人を。
沢山の想いに後押しされ、魔法陣が光り出す。やがてハヌマーンを通して、太い糸のような物がつながったのを感じた。
◇◇◇
胸の中に突然、違和感を受けた。
フェイスと共に補給地点で眠っていた僕は飛び起き、海を見やる。今一瞬だけど、確かに……シラヌイを感じた。
「もしかして……ハヌマーン!」
『うむ。我が片割れが、シラヌイの下へたどり着いたようだ。そして今、我を通して主とシラヌイがつながった。シラヌイは確実に、主の事を感じ取ったぞ』
「やった……やった! 起きろフェイス! 助けが来るぞ!」
「んあっ? んだよ急に……! 成功したのか!」
「ああ! シラヌイと繋がった、彼女が僕を見つけてくれたんだ!」
「へへ、ここへ来て事態が好転してきやがったぜ。そうと決まれば、動くぞディック!」
「シラヌイ達が来れるよう、監獄内での陽動作戦だな。早速地下室へ行こう!」
ようやく、ようやくシラヌイに会える……! 必ず君の下へ戻るよ、シラヌイ!
◇◇◇
「繋がった、ディックを感じた! 魔王様! ディックを見つけました!」
『よーしでかした! そいじゃあ諸君、出撃準備! 魔王軍の英雄ディックを救出に向かうよっ!』
『了解!』
兵達が動き出し、ドレカー先輩の用意した船へ乗り込んでいく。私もハヌマーンを抱え、駆け出した。
ディック、待っていて。必ず、貴方を助け出すから!