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13話 ブレない男

「全軍出撃準備!」


 僕ことディックは、シラヌイと共に転移殿へ来ていた。

 転移殿は一度に大量の物資や兵を輸送できる設備だ。外観はドーリア式の神殿で、百人が収まる程度の大きさだ。そこに巨大な魔法陣が描かれていて、指定した場所へ一瞬で移動できるらしい。

 シラヌイは十人の兵を率いて出撃する。援軍としてはちょっと少ないような気がするけど、大丈夫なのだろうか。


「シラヌイちゃんの能力はね、下手に大人数で行くとかえってやり辛いのよ」

「メイライト? それにソユーズと、リージョン」


 気付くと、四天王が勢ぞろいしている。何しに来たんだこいつら。


「……見送りだ。我らはいつも、同僚が出撃する時そうしている」

「俺がそうするよう決めてな。横のつながりは大事にしておくべきだろう?」

「……横社会なんだな、魔王軍って」


 厳しい縦社会の人間軍とは大違いだな。これじゃ、人間側が悪者にしか見えないや。


「ディックはシラヌイの戦闘を見るのは初めてだったな。よく見ておくといい、あいつの炎魔法はやばいぞ」

「やばい?」

「見ればわかる。せいぜい焼き殺されないよう注意しろよ」


 笑いながら笑えない事を言わないでくれ、不安になるから。


「じゃあ皆、お夕飯の時間までには帰ってくるのよ」

「あのねぇ、子供のお使いじゃないんだからやめてよそれ……ともかく行くよ」

「……気を付けていけよ」

「分かってる」


 魔法陣が光り出した。四天王達はサムズアップして見送ってくれる。

 なんだろうな、この気分は。人間以上に人間味ある連中と接したせいか、胸が温かくなる。

 思えば、初めてだな。

 母さん以外の人のために、剣を振るうのは。


  ◇◇◇


「シラヌイ様……シラヌイ様だ!」

「シラヌイ様が来たぞ! この戦、我らの勝利だ!」


 シラヌイが現れるなり、要塞内の魔王軍の士気が大幅に上がった。

 状況は最悪だ。人間軍は既に要塞の間近まで迫り、いつ門が破られてもおかしくない。渓谷を塞ぐように建てられた要塞の前には荒野が広がっていて、後方に人間軍の陣が薄っすら見えた。


「ふーん、状況は大体わかった。さっさと片付けましょうか」


 シラヌイは人間軍の陣へ手を掲げ、詠唱した。直後、

 人間軍に向けて巨大な炎の塊が落下し、キノコ雲を上げながら大爆発を起こした。

 爆風が吹き荒び、荒野に亀裂が走る。大地震に両軍の足が止まり、唖然とキノコ雲を見上げるしか出来ない。

 ……あの威力だ、爆心地にいた連中は、骨も残さず消えただろう。


「ど真ん中で控えている連中がうっとうしいわね」


 シラヌイは超高速詠唱で火球を生み出すと、絶え間ない弾幕を展開した。

 使っているのはファイアボールだ。でも威力も精度も速度も桁が違う。射出された瞬間ソニックブームが発生して、一発も撃ち漏らす事無く直撃し、当たれば人間が煙のように蒸発してしまう。


 誰でも使える初級魔法が、即死魔法に昇華していた。


 荒野の中央に陣取っていた人間軍が見る間に減っていく。するとシラヌイの魔法に対抗するためか、魔法使い達が集まってシールドを張ってきた。

 流石のシラヌイも貫けないらしく、ファイアボールが防御された。


「対炎障壁ね。面倒くさっ」


 シールドを構え、人間軍が進撃してくる。だけどもシラヌイは鼻を鳴らし、新たな魔法を詠唱し始めた。


「逾悶?辟。諷域縺ェ繧狗區辭ア縺ョ辟斐??迯?↓逵?繧翫@迢シ繧医?∵?縺悟」ー縺ォ蠢懊∴繧医?

豎昴?謌代′蠕灘ヵ縺ェ繧翫?悄蜷阪繝ゥ繝後縺悟?蜻ス縺倥k縲

 謌代↓莉??縺呎?縺玖??←繧ゅ↓縲∫?縺ョ謚ア謫√r縲?縺ォ逶セ遯√¥蝪オ闃・縺ォ縲∫?辯シ縺ョ螳峨i縺弱r縲

 鬲∪縺ァ辟シ縺冗剛轤弱〒縲∫エ??蟷ウ遨上r鮨弱○!」


 古代文字による詠唱だ。魔法に疎い僕でも、彼女が何を使おうとしているのか分かる。

 古代魔法。人間の世界では禁術とされている、最凶の魔法だ。

 威力が強すぎる上に、使うだけで全ての魔力を使い切ってしまう。魔力の枯渇はこの世界では死を意味する。人間では容量が小さすぎて使えないんだ。

 なのにシラヌイは、そんな代物を使う事が出来るのか。


「迯?n縺ョ逡ェ迥ャ繧「繝ォ繧エ繧オ繧ッ繧ケ縲∵?縺悟」ー縺ォ蠢懊∴繧茨シ」


 詠唱を終えるなり、シールド内に炎の狼が現れた。

 見た目は本当に小さい。子犬程度の狼だ。なのに奴が現れた瞬間、シールド内の人間が液体になる。体温が高すぎて、近づくだけでも体が液状化するんだ。


 術者が死んでシールドが消えた瞬間、閉じ込められていた膨大な熱波が襲ってくる。


 大気が燃えて、あちこちで炎が上がった。気温が急激に上がって、呼吸するだけで肺が焼けてしまいそうだ。

 狼を中心に、人間達が瞬く間に消えてしまう。このままじゃ、僕達も焼き殺されてしまう。


「豸医∴繧」


 シラヌイが手を振ると、狼は消えてしまった。出てきた時間はほんの数秒、なのに1万も居たはずの人間軍は、要塞前に居た連中以外全滅してしまった。


「たかが古代魔法一つで全滅か、脆い連中」


 シラヌイは鼻を鳴らした。

 これが四天王最弱? 冗談はやめてくれ、異常な強さじゃないか。

 炎魔法しか使えないなんて、何のデメリットにもなっていない。シラヌイは四天王の名に恥じない実力者だ。


「あとは要塞前の連中だけか。全員捕えて捕虜にしておきましょう」


 最前線にいた兵士は戦意を失っている、人数も数百ってところか。あれならそう抵抗されずに事が済むはずだ。


『怯むなぁ! 貴様ら、意地を見せてやれぇ!』


 ところが、そんな僕の考えを裏切り、抵抗する奴が現れた。


  ◇◇◇


「何あいつ、随分抵抗してるじゃない」


 私ことシラヌイが事を済ませたというのに、まだ戦おうとする敵が居た。

 目を凝らすと、大柄の槍を持ったおっさんが部下を率いて特攻してきている。多分部隊長か何かだろう。大人しく投降してりゃいいのに、なんで暴れるかな。


『ただでは死なん、最後まで人間らしく戦って、出来る限り魔王軍を道連れにしてくれる! 貴様ら、我に続けぇ!』

「……うわ、面倒な奴」


 人間軍には時々こんな奴がいる。人間の意地だかなんだか知らないけど、捕虜になるより死を選ぶ馬鹿だ。

 ああいう手合いが一番面倒くさい。大人しくしてりゃいい物を、無駄に暴れてこっちに大きな被害を与えるんだから。


 ……それに、私との相性も良くない。


 私は四天王でも、最大火力と制圧力はずばぬけている。でも反面、ああして味方が密集している場所だと上手く力を発揮できないのが弱点だ。

 何しろ、威力が高すぎるから。狭い範囲でのピンポイント攻撃でも、巻き添えが出てしまうのよ。


 だから私が戦う時、あまり多くの兵は連れて行けない。大抵は事後処理のために連れていく感じ。

 馬鹿隊長が暴れるせいで、味方にも敵にも無駄な被害が出始めている。あいつを止めないと余計な犠牲者が出るわね。


「ここは、僕がやろう」


 その時だった。ディックが動いたのは。


「君の魔法じゃ味方も傷つける。あいつさえ仕留めればいいのだから、僕が適任だ」

「……あんた、出来るの? 元味方に剣を向けるなんて」

「味方? まさか、人間に僕の味方は居ない。それに僕は元殺し屋だ。相手が人間だろうと、関係ない」


 言うなりディックは飛び降り、部隊長の前に着地した。


『き、貴様は……ディック!? 死んだはずの勇者パーティの剣士がここに居るとは、なんたる僥倖! 貴様が居ればこの状況を打破する事も』


 喜ぶ部隊長に対し、ディックは無言で居合斬りを放った。

 一瞬の事だった。私の目でも辛うじて残像を捉えるのが精一杯、刹那の妙技である。ディックは敵に背を向け、刀の血糊を払った。


『な、なぜだ? なぜ貴様、味方に剣を向けた?』

『死人に語る必要はない』


 ディックが刀を収めると同時に、部隊長の体が縦に真っ二つとなった。

 士気の源が消えた事で、人間達から戦意が失せる。


『これで戦う理由は無くなった。大人しく投降するといい』


 ディックは人間達に言い残すと、ジャンプで私の所に帰ってくる。


「これで全部終わったな。事後処理をしよう」

「え、ええ」


 こいつ、本当に殺っちゃった。人間を相手に。

 動揺した様子は特にない。平然と、息をするように刀を振るったんだ。

 ディックが少し、恐くなる。いくら魔王軍になったからって、人間を相手に容赦なく切り倒すなんて……こいつはどんな意思をもって、剣を握るんだろう


「……ねぇ、あんたが剣を振る理由って何なの?」

「母さんの教え。それが僕の剣だ」


 ディックは空を仰いで、また母親の事を話し始めた。


  ◇◇◇


『ディック、刀は命を奪う道具だ。どう転ぼうが、それは変わらない』


 僕ことディックが、母さんにいつも言われ続けていた事だ。

 刀を振るえば傷つく命がある。剣術だと格好つけても、本質は命を奪う技術でしかない。母さんはそう言っていた。


『だから絶対、こう心掛けなさい。刃の先ではなく、振り返った先のために力を使うのだと。そして振り返った先の人が泣いているなら、迷う事無く力を使いなさい』


 子供の頃の僕では、上手く理解できなかった。でも今はちゃんと理解できている。

 殺し屋だった頃は、母さんのために刀を振るった。

 勇者パーティだった頃は、母さんの遺言を守るために、生きるために刀を握った。

 そして今刀を振るうのは、母さんの教えを裏切らないためだ。

 僕が剣を振るうのは、母さんのためだ。僕の振り返る先にはいつも母さんが居る。その母さんが背中を押すんだ。


『泣いてる女が居るのなら、そいつのために戦いな』。そう言いながら。


 離れ離れになっても、僕は母さんと繋がっている。もし母さんがシラヌイを見たら、絶対に全力で彼女を守ろうとする。だって母さんは、弱い人の味方だから。


『世界の全てを守ろうとするんじゃない。自分が守ると決めた小さい世界を、刀が届く限り守り続けなさい』


 それが母さんの信条だ。息子として僕が受け継ぐべき心、それに従って僕は、剣を振るうんだ。


「僕は僕が守ると決めた物のためなら、相手が人間だろうが魔物だろうが、迷いなく戦う。そう決めている。敵に統一感がないのはそのせいだ」

「じゃあ今、あんたが守ろうとしてんのは何よ」

「シラヌイ」

「……はい?」

「だから、君だよ。シラヌイ」

「……え、ええ!? ちょ、こらあんた、冗談でも言っていいのと悪いのが……」

「服従の首輪を付けている以上、冗談も言えないけど」

「~~~だったらもうそれ外せっ! 二度と付けるな! そんなの付けてたらあんたの本音丸わかりで……こっちの心がもたんでしょうがぁ!」


 シラヌイの顔が爆発した。そんなに変な事を言っただろうか。

 僕はただ、母さんの教えに従っているだけなんだけどな。

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