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129話 ディックの居ない世界

 翌日、私は徹夜明けの足でラピスを出迎えに向かった。

 シラヌイ軍の幹部を集め、最大限の守備体勢を整える。相手は世界樹の巫女、つまりは国賓だ。魔王四天王として、粗相は出来ないわね。


 私以外の四天王も、各々持ち場について警備に当たっている。後でラピスがバルドフを回るから、その時に合流して警護に回る予定だ。

 世界樹の巫女が国外に出るのは、エルフの国始まって以来、異例の出来事だそうだ。見知った仲とは言え、失礼のないよう気を付けないと。


 だけど、眠い……頭がガンガン痛む……。


 シルフィから何度も注意されたけど、結局魔法制作に夢中になりすぎて、寝る時間が無くなってしまった。


『男の尻追っかけてる暇があるなら本業に力を入れないか。貴様は四天王だ、魔王軍を支える責務がある。それを投げ出す女をディックが愛すると思うか』


 そう言われると、何にも言えなくなる。魔王四天王として失格だわ。

 精神的に脆すぎる自分に呆れてしまう。頬を叩き、気合を入れなおす。そしたら、ペガサス便が見えてきた。エルフ軍の精鋭部隊を護衛に、豪奢な馬車が舞い降りた。


「ようこそおいでくださいました、ワード大臣、ラピス様」


 馬車から下りてきた、来賓二人と握手を交わす。世界樹の巫女ラピスと、ワード外務大臣だ。


「お久しぶりですシラヌイさん。本日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。お二人とも、ようこそ魔王城へ。ご案内しますので、どうぞこちらへ」

「えへへ、おっじゃましまーっす」


 ラピスは初めての外出という事もあり、魔王城に興味津々だ。にしても、よく世界樹の巫女が外出を許されたわね。


「へへー、どうして私がここに来たんだろ、って顔してるね」

「いえ、あの……はい。なぜお分かりに?」

「シラヌイさん顔に出るから分かりやすいんだもん。私はいわば看板だよ、エルフの国をアピールするプロパガンダって奴」

「世界樹の巫女が双子だから出来る事です。一人が国外に出ても、もう一人が世界樹を守れますから。今後交流するにあたって、エルフの国としても国力をアピールしないといけませんからね。世界樹の巫女は国の象徴、対外アピールに持ってこいです」


 なるほど。外見こそ幼いけど、ワード大臣とラピスの中身は政治家だ。しっかりと国益を踏まえた行動だわね。


「でもぉ、ワードとしてはラズリに来てほしかったんじゃなぁい? 仕事にかこつけてバルドフをデートできたかもしれないのにねぇ」

「否定はしません。ですがラズリは国防の責任者ですから、外に出るわけにいきませんよ。それに僕は仕事に来たのであって、遊びに来たわけじゃない。自分の役目を果たすだけです。私情はあっても、それを理由に好き勝手しては、国を担う者として示しがつきませんから」


 ……耳が痛い。今の私に思い切り突き刺さる言葉だわ。


『全く、ワードの爪の垢を煎じて飲んではどうだ?』

「るっさい」

「……やっぱり、ディックさんの捜索は難航してるんだ」


 ラピスが重苦しい顔になる。私は頷き、唇を噛んだ。


「エルフの国でも、ラズリを中心に彼を捜索しています。ですが、思わしい成果を上げられていなくて……申し訳ありません」

「そんな、協力していただいているだけでもありがたいですから」

「けどワイル様も探しているのに見つからないんでしょ?」

「ええ。ワイルからも情報は貰っているのですけど、彼でも断片的な物しか手に入らないみたいですし」

「プロフェッサー・コープだよね。この間来てくれて、教えてくれたよ。魔女以上に頭がいかれたやばい奴だって話だけど」

「ええ、幸いディックの傍にはいないようですが……」

「うーん、そいつをとっちめれば、居場所も分かると思うんだけどなぁ。そっちも分からないんじゃお手上げだよ」

「…………」

「あ……ごめんなさい、今の、よくない一言だったね……」

「いえ、大丈夫です。それより、仕事に戻りましょう。魔王四天王が一人、翡炎のシラヌイ。精一杯お二人のお相手を務めさせていただきます」


 ディックに恥をかかせないためにも、今日はこの国賓二人をしっかり相手しないとね。


  ◇◇◇


 その後は業務が嵐のように過ぎ去った。

 二人を魔王様に謁見させて、ワード外務大臣の協定会議に立ち会って、その後はラピスのバルドフ視察の護衛へ入った。


 リージョン達と合流して、予定していた名所や重要機関を回っていく。初めての外の世界にラピスは目を輝かせ、しきりに施設を見て回っては、四天王達に質問を繰り返していた。

 私の現状と反比例して、魔王軍は良い方向へ向かっている。その光景が、私にはどこか色あせて見えた。


 ……ディックが居ないからだと思う。エルフの国と同盟を結べたのは、間違いなくあいつの働きが大きい。その功労者の居ない成功した世界は、まるでパーツの欠けたパズルのようだわ。

 ねぇディック、この世界は貴方が導いたのよ。なのにどうして、肝心の主役が居ないのよ。


「……シラヌイ、笑顔を見せろ。暗い顔をするな」


 ソユーズに小突かれ、私ははっとした。

 ラピスを一目見ようと、バルドフの住民が集まっている。いけないいけない、沈んだ顔をしてたら不安にさせてしまう。


 必死に笑顔を作り、ラピスの視察を先導する。けど……一歩進むたびに、足が冷たくなっていく。

 ……ディックが居なくても、魔王領は良い方向へ向かっている。それがなんだか、「あいつは必要ない」と言われているような気がして仕方ない。


 ディックはもう探さない。魔王様からそう言われそうな、悪い予感が走る。そんなの嫌だ、魔王様が必要なくても、私には必要なの、あいつが居ないと、私は生きていけないの。


「ディック……!」


 心を押し殺しながら笑顔を浮かべるのは、拷問にも等しい苦痛だった。


  ◇◇◇


「いっやー、楽しいね魔王領! こんな世界があったなんて知らなかったよ!」


 視察を終えたラピスは大喜びだった。初めての外の世界を満喫したようで、目が輝いている。

 元々、外の世界に関心があったものね。私の地元を気に入ってくれたのなら、なによりだわ。


「四天王の皆もありがとね、こんな素敵な催しを用意してくれて。ラズリも一緒に来れたら、もっと楽しかったんだけどな」

「彼女の立場を考えれば仕方あるまいさ。同盟を正式に結んだら、俺が魔王領との転移陣を作る予定だ。そうすれば彼女も気軽にここへ来れるようになるだろう」

「その時にでも来てくださいなぁ。今度は私お勧めのお店をたっくさんご紹介しますからぁ」

「わーい! 今から楽しみだなぁ! その時はシラヌイさんも一緒に回ろ?」

「え? ええ……私も、楽しみです」


 酷い生返事だわ、心ここにあらずなのがバレバレ。


「……目が虚ろだぞ」

「うん、ごめん。疲れてんのかな、ははは……」


 いくら見知った相手とは言え、国賓相手に酷い態度よね。もう四天王失格だわ、私……。

 私のせいで淀んだ空気になっていく。今の私、最悪だわ。


「シラヌイさん、顔上げて」

「え、あ、はぁ……」

「はい、ここに取り出しますは万年筆~♪ そりゃっ!」


 にぱっと笑った後、ラピスがデコペンを叩き込んだ!

 痛ぁい!? 目から火花が飛び散ったんだけど!?


「暗い顔してたら、幸せが逃げるだけだよ。ちゃんと顔を上げて。ディックさんが居なくて不安なのはわかるけど、悪い事ばっかり考えていたら、本当に実現しちゃうんだから」

「いたた……私も、分かってはいるんですけど……」

「そんなシラヌイさんにお土産です。ほらこれ」


 ラピスは指を鳴らした。そしたらどこからともなく魔術書が十冊も出てきた。


「エルフは魔法に長けた種族だよ、当然、人探しの魔法に関しても特別な術が沢山あるんだから」

「……エルフの、魔導書……!?」

「そ、大変貴重な品物だよ。ワイル様から聞いたよ、新しい魔法、作ってるんでしょ」

「なんでそれを?」

「いや、俺達が帰った時宣言しただろう?」

「……屋敷の外まで聞こえるくらいの大声だったからな」


 え、嘘、あれ全部聞こえてたの? うっわ恥ずかしい……!


「好きな人が居なくなる辛さは私も分かるもの。だからさ、一緒に人探しの魔法を作ろうよ。貴方の大事な人を見つける魔法、ここに滞在している間、私もワードも協力するから」

「……ラピス様……」


 エルフの助力を得られるなんて、この上ない追い風だわ。

 私だけじゃ無理だけど、世界樹の巫女の力を借りれれば、もしかしたら! それに今ならスケジュールも合う、四天王の力だって借りれるわ!


「どうか、お願いします!」

「ふっふーん、任せなさい!」


 ラピスがこの上なく頼もしく見える。お願い世界樹の巫女、ディックを助けるために、私を助けて!

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