128話 ポンコツの極致
私は人形 怠惰の人形
全てを諦め 絶望の底に沈んだ 残骸がこの私
もう 何も期待しない すればするほど 私の心が ひび割れるから
希望も持たない 持てば裏切られた時 私の心が 壊れるから
だから私は 怠惰になる 何も行動しなければ 傷つく事はないからだ
私は人形 怠惰の人形
誰かが助けに来る時まで 私はずっと待ち続ける
◇◇◇
ようやくディックが囚われている場所を見つけ出した。
私は急いでそこへ向かい、魔女の目を掻い潜って、ディックを探していた。
入り組んだ迷宮のような、複雑な道を走り続けて、ようやくディックの居る所へたどり着いた。
感じる、あいつの匂いが漂ってくる。私が大好きな、ディックの匂いだ。
ディックに触れたい、手を握ってほしい、抱きしめて貰いたい、私を、抱いて欲しい。
待っててディック、今助けるから、ここから出してあげるから!
「ディック!」
やっとの思いでディックの場所へたどり着くと、そこには……魔女に食いちぎられる彼が居た。
首も、手足も、体も、何もかもが、無残に引きちぎられている。血の気が引いて、私はへたりこんだ。
「ディッ……ク……?」
「誰だ ここへ 来たのは」
魔女はディックを放り捨てると、私に振り向いた。
私は動けなかった。ディックを目の前で殺されたショックで、頭が真っ白になっている。
「邪魔をしたな 私の邪魔をしたな したなしたなしたな したなぁぁぁぁぁ!!!」
発狂した魔女が、私に襲い掛かってくる。私は抵抗する事も出来ず、そのまま……。
「ああああああああああああああっ!!!???」
魔女に八つ裂きにされた瞬間、私は目を覚ました。
ぽたぽたと毛布に雫が滴る。顔に触れると、汗と涙がべったりと付いてきた。
「夢……よかった……夢だった……」
まだ心臓がどきどき言ってる。ものすごくショッキングな夢だったわ……。
肩で息をしながら、周りを見てみる。魔王城の私のオフィスだ。ここ数日、また泊まり込みでこもっている。
『随分うなされていたな。夢を操るサキュバスが、悪夢に飲まれるとは』
「るっさい、しゃあないでしょ? 私は淫魔の力を上手く使えないんだから」
デスクから皮肉ってくるシルフィを睨み、起き上がる。ソファーで寝るとやっぱり体がバキバキになっちゃうわね。
さっさと今日の仕事に取り掛からないと。出来る限り定時で上がれるよう、気張らないとね。
「って事でシルフィ、マネジメントよろしく」
『やれやれ、いつから私はお前の秘書になった?』
「ディックが居ないんだからしょうがないでしょう。頼りにしてるからがんばりなさい」
『あとでアップルマンゴー奢れよ』
文句を言いつつも、シルフィはしっかり私をサポートしてくれる。ディックにはかなわないけど、効率よく仕事が出来るよう支えてくれた。
ディックが居ない今、シルフィが唯一の支えだ。使い魔の力を借りながら仕事を進め、夕方に差し掛かる頃には、業務は全部終わっていた。
「よぉし、これで仕事終わり! これで魔法の開発に時間を使えるわね」
『ふぅふぅ……お前のマネジメントをするこっちの身にもなれ……シラヌイ、お前ディックにどれだけ仕事を任せているのだ?』
「え? あ……えっとぉ……八割くらい?」
実際は、ほぼ全てだと思う……。
『お前四天王辞めればいいんじゃないか?』
「るっさい! あいつが優秀すぎるのがいけないの!」
ディックは私以上の仕事をこなして、他のフォローまで入って、もう八面六腑の活躍をしてくれるのよ。もう魔王軍には欠かせない存在なの。
ディックが居なくなってから、部下達の表情も暗いしさ。私達がどれだけあいつに助けられていたのか、痛いくらいに分かるわ。
「どうよ、私のディックは。もうね、非の打ちどころがない奴なんだから。仕事出来るしめちゃくちゃ強いしイケメンだし、おまけに家事万能で料理上手。こんだけ最高の男は他に居ないんだから」
『改めて言われると凄い男だな。こうナチュラルに惚気られるとムカつくが……』
「ふふん、羨ましいでしょう。おまけに私だけしか見ないから、浮気する心配もなし。唯一の欠点と言えば、マザコンってくらい? でもあいつの場合マザコンってか孝行息子だからちょっと違うかなぁ~」
『おい、いい加減惚気をやめないと私もキレるぞ』
「いいじゃない、もう少し語らせてよ」
『あのな、自慢話を聞いて気分よくなる奴など居らんぞ?』
「いいからさせてよ! ……そうしないと、気持ちが持たないんだもの」
……ディックが安否不明になってから、二週間以上が経過していた。
私はもう、いつ気が狂ってもおかしくない状況に追い詰められている。もしあの夢が正夢になったらと思うだけで、吐き気がしてしまう。
「……こんな思いをするなら、恋愛なんてするんじゃなかったな……」
ディックを好きになったから、こんなに苦しい思いをしてしまうんだもの。あいつが心配で、生きているのか不安で、恐くて……胸が張り裂けそうになってしまう。
『泣くな、そんな顔を見られたら、皆が心配するぞ』
「え? あ、どうしてだろうな……涙が出るなんて……」
だめだ、拭っても拭っても涙があふれてくる。気が付いたら私は、泣き崩れていた。
……ディックに会いたい……会いたいよ……!
お願い、生きていて、無事でいて……貴方は私の、命よりも大切な宝物だから……!
「……泣いちゃって、ごめん。早く新しい人探しの魔法を作らないとね」
『うむ、それが先決だろうな』
私とシルフィは魔術書を出し、人探しの魔法に関する記録を片っ端から探り始めた。
この魔法の原理は難しくなく、対象の人物の生命エネルギーを感知する、いたって単純な物だ。だから相手が生命エネルギーを遮断する結界に閉じ込められたりすると、効果がなくなってしまう。
シルフィの話じゃ、ディックは魔女の結界に閉じ込められていて、人探しの魔法では見つからない状態だそうだ。
「だったら、考え方を変えるしかないわね。生命エネルギーじゃない、別の物を感知する魔法にしないと」
『だがそれでも、結界に阻まれては意味がないぞ。ディックを直接感知する方法では、魔女の妨害を超える事は出来ん』
「って事は、感知の方向性も変える必要があるのか……けど生命エネルギー以外に感知できる物なんてあるの?」
『さぁ……私には思いつかん』
「うぐぅ……けど行動しない事には、何にもならないかっ!」
それから私はシルフィと一緒に、新しい魔法の理論を組み始めた。
二人で額をぶつけ合い、ああでもないこうでもないと話し合って、羊皮紙に書き連ねていく。
私に魔法の才能はないけれど、努力する才能ならある。ディックを探すためなら、どれだけ命を削ったってかまわない。私の命と引き換えに、何としてでもディックを見つけてやる。
『シラヌイ、おいシラヌイ』
「何? いいアイディアでも浮かんだ?」
『違う、ノックだ。部下が来たようだぞ』
全然気づかなかった。それくらい熱中していたみたいね。
「失礼します、シラヌイ様。先程ペガサス便にて手紙が届きました」
「手紙? 宛先は?」
「エルフの国から、世界樹の巫女ラピス様です」
「ラピス? え、嘘でしょ?」
これはまた、凄い所から連絡が来たものね。
手紙を受け取り、読んでみる。そこに書かれていたのは、
「……明日、予定通り魔王城へ行くからよろしく、ですって。何のこと? 世界樹の巫女が出てきていいの?」
『あのな、先週の会議でエルフの国の代表と会談があると話したではないか』
「会談? あったっけそんなの?」
『はぁ……明日世界樹の巫女ラピスとワード外務大臣が同盟のすり合わせのため、魔王城へ訪問するだろう。ラピスはエルフの国の重要人物、いわば国賓だ。厳重な警備体制を整えねばならんから、四天王総出で業務に当たる。この所の業務はそれに向けて動いていただろうがっ』
「あ、あー……あ?」
『貴様、自分のやっている仕事も分からぬとはどういう了見だ。あとでもう一度スケジュールを見直すぞこのたわけ者!』
シルフィに強く叱られた……ダメね私。周りが見えなくなるくらい余裕がないなんて。
ディックが居なくなったからといって、世界の時間が止まったわけじゃない。魔王様はエルフの国と同盟を結ぶべく奔走している。私は四天王として、同盟成立に動かないといけないんだ。
明日は重要な仕事なんだから、しっかりしとかないと。……ってか明日、私は何をするんだっけか?
『だから、貴様が二人の出迎えをする事になっているだろうがっ! いい加減にしろ!』
「あうう……ごめんなさい……」
……私、本当に四天王、辞めようかなぁ……




