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127話 英雄と勇者と魔女。変わりゆく三者の関係。

<フェイス視点>


 独房に戻った後、俺はアプサラスの日記を読んでいた。ディックと話し合い、ペンダントは奴が、日記は俺がそれぞれ守る事になっていた。

 守るとは言ったが、読まないとは言ってないからな。暇つぶしになるもんもないし、丁度いいぜ。


 つっても、大した事が書いてあるわけじゃない。退屈な日常の事が書かれているだけ。

 今日はこんなお菓子を貰って嬉しかった、今日は両親と一緒に出掛けて楽しかった。他愛ない、普通の日々を送っていたみたいだな。


 羨ましいな、俺も顔を知らない両親と、他愛ない日々を過ごしたかったもんだ。

 だが日記は途中から、血文字で書かれている。コープとやらに酷い虐待を受けていたようで、家族や友人に必死に助けを求めていた。


 文章を通して、アプサラスの苦しみや無念が伝わってくる。……俺が潰してきた連中も、同じ思いだったのかな……。


「人の日記を勝手に読むのは感心しないな」

「ふん、調査だよ調査。あいつが信用に値する奴かどうか確かめていたんだ」

「屁理屈だろ全く。にしても、らしくなかったな」

「何が」

「アプサラスの勇者になる。そう言っただろ? 以前までのフェイスなら考えられない言葉だから、驚いたよ。どんな心境の変化だ?」

「……気まぐれだ、気まぐれ」


 本当は、てめぇの言葉が理由だよ。

 愛情は一方通行じゃない、往復する物だ。お前がそう言った時、俺は目からうろこが落ちた気分だったよ。

 確かに、お前とシラヌイは本当に心から愛し合っているよな。それに対し、俺はお前を欲しがるだけで、拒絶されている。どっちかが愛していれば成立するもんだとばかり思っていたが、そうだよな。片方が拒絶していたら、俺らのように殺し合いになるだけだよな。


 俺は、愛されるための努力をしようとも思わなかった。誰かを力でねじ伏せ、無理やり支配させる事しか頭になくてな。

 ……愛されるには、力ずくで自分の方を向かせるしかない。そう思っていた。


 だが、ディックと一緒に過ごしている内に、自分の信じていた物が壊れ始めている。

 今のままでいいのか、傷つけるままの自分でいいのか。自分を嫌いなままでいいのか。そう振り返っていく内に、胸がざわついて、落ち着かなくなってな。

 次第に、変わりたいと思った。俺も本当の意味で愛されたいと願うようになっていた。


 だから、初めて勇者らしい行動をしたくなったのさ。あのクソアマを助けてやりたいとな。


「ただ、それでも分からねぇことがあるな……」

「何が?」

「なんでもねぇ。それよかディック、前にクレスから少し聞いたんだが、お前の母親はあいつを、初対面なのに優しくしたみたいじゃねぇか。特に、愛される努力をしてないのに。それは、なんでなんだ?」


 俺はいまだに、イザヨイに愛された理由が分からない。

 俺は愛される努力をしていないのに、イザヨイは無条件で愛してきた。どうしてイザヨイは努力していない俺を愛したのか、それが分からないんだ。


「難しい事じゃないさ、クレスじゃなくて母さんが努力しただけだよ」

「?」

「母さんは困っている人を見過ごせない人だった。クレスの様子を見て、すぐにただ事じゃないって分かったんだろう。だから助けようと思って、クレスに優しくした。それだけだよ」

「なんだそれ、意味わからねぇや」

「お前じゃ分からないさ、無償の愛をな。でも、アプサラスを助ける事が出来たならきっと……お前も理解してくれる。僕はそう、思っているよ」

「無償の愛……」


 目を閉じると、イザヨイの温もりと優しさを思い出した。

 ようは、イザヨイが俺に愛されるよう努力した、って事か。見ず知らずの俺のためにどうしてそんな事をしたのか、アプサラスを通じてわかるようになるのかな。


「おいディック、俺にも何か手伝わせろ」

「どうした急に」

「日記読み終えて退屈してんだよ、いいから寄越せ」

「……わかった、じゃあ布を縫いつけてくれるかい?」

「はっ、楽勝」


 ディックから道具を受け取り、布を縫い合わせていく。俺らの服を破って調達した物だから、素材が不揃いでやりにくい。

 細かな作業で面倒くせぇな、ディックの奴、こんな手間のかかるもんを一人でやってたのかよ。


「……すまねぇな」

「え? なんだい、聞こえなかったけど」

「なんでもねぇよばぁーか」


 人間急に変われるわけじゃねぇ、それでも俺は、変わってみようと思う。

 ふん、まさかこの俺がそんな事を思うようになるとはな。明日は槍でも降るんじゃねぇか?


『二人とも 今 大丈夫』


 突然監視人形が話しかけてきた。

 ディックと身構えるなり、人形が歩み寄ってくる。……まさかこの人形。


「アプサラス、君なのかい? どうやってこの監視人形に?」

『えっと 七人の私の目を盗んで あたしをちょっと人形に入れたんだ』

「ようは、てめぇの意識をコピーして、この人形に移したって事か。監視人形は本体とリンクしているから出来る芸当だな」


 つーかこいつ、俺が居ないと会話が成り立たねぇじゃねぇか。語彙力どうなってんの?


『本体のあたしは 七人の私に囲われて 出てこれないんだ でもあたしが居れば 二人を助けられるよ あたしにできる事があれば なんでも言って』

「ありがとう、心強い助っ人だよ」

「んじゃあよ、早速頼むとするか。地下へ通じる入口を開けておけ。地下に武器を隠されているんだが、人形どもが邪魔で行けなくてな」

『分かった でもあまり動くと 私達に気づかれちゃうから 行く時に声をかけて あたしが監視人形を どけておくよ あと 二人とも』

「あん? なんだ?」

「どうかしたのかい?」

『あたしのために 戦ってくれて ありがとう』


 アプサラスが頭を下げ、礼を言ってくる。なんて事ないやり取りなのに、胸が少し暖かくなる。

 礼を言われるのなんざ、初めてだな。なんていうか、悪くねぇ気分だ。


「あまり何度も地下に潜るのは危険だろうな、まずは外部に連絡をしてから探索したほうがいいかもしれない。フェイスはどう思う? ……どうした、呆けて」

「眠かっただけだ、ほっとけ。地下に潜りさえすりゃ、俺がエンディミオンの気配を辿れるからな。それでいいだろ」


 エンディミオンを取り戻して、人形の魔女からアプサラスを解放してやれば、またあいつに礼を言わせられるかもしれねぇ。

 へっ、目標が出来たな。アプサラスにもう一度「ありがとう」と言わせてやる。なんとしてもエンディミオンとディアボロスを取り戻して、こいつを助けてやるよ。


「期待してろアプサラス、俺がお前を助けてやるからよ」

『勇者フェイス うん 待ってるから あたし 待ってるからね』

「……ふふっ」


 おいこら、笑うんじゃねぇよディック。人の決めた事に文句でもあんのか?

 はっ、たまには勇者らしい行いをするのも、悪くねぇな。

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