124話 勇者パーティ二人の冒険
私は人形 傲慢な人形
私の言う事は絶対 私の思った事は絶対 何人も私の法を冒すのは許さない
ひれ伏せ あがめろ 私を讃えろ そして私を愛しなさい
私は愛されるべき人形 誰も愛さないなんて そんなの絶対間違ってる
私は人形 傲慢な人形
どうして私を 愛してくれない どうして私は おいていかれる
こんな場所に どうして私は 閉じ込められている
私はなんで 愛されない 私はなんで 孤独なの
私は人形 傲慢な人形
なぜここにいるのか わけもわからずふんぞり返る 虚しく傲慢ふりかざす
◇◇◇
僕達が収監されて、十日目の夜。
「ふぅ! 毎日焼き魚でも案外飽きねぇもんだな」
「一日一回しか食べられないからね、お腹が空いてりゃなんだって美味しいに決まってる」
僕とフェイスは食事を済ませ、一息ついた。
昼間の魔女の要求は大変だけど、最近はようやく体が馴染んできた。多分、食事ができるようになったのが大きいだろうな。
食事を終えた後は、煌力を使って体力回復を図る。ケイのメモにあったんだけど、少量ずつ取り込めば、煌力は体の痛みを癒し、体調を整える効果があるんだ。
だけど、それには煌力を微細にコントロールしなければならない。空腹で集中力が落ちていては使えない裏技だ。
「ウィンディア人の秘術、扱いさえ間違えなければ便利だな……」
おかげで睡眠時間もごく短くて済むから、探索時間も伸びている。限られた時間しかとれない僕らにとって、とてもありがたい追い風だ。
「よし、そろそろ行くか」
「ああ、今日も監獄の上部を探ってみよう」
「ぼちぼち連絡ポイントの当たりをつけねぇとな。んじゃ、おっぱじめようぜ」
「監獄の探索、気を引き締めていこう」
僕とフェイスは東棟へ潜入し、開拓したルートを通っていく。鍵や監視人形はおおかた片付けてあるから、スムーズに進む事ができた。
この六日間、僕達は主に監獄上部を中心に探索していた。
本当は武器を取り戻したかったけど、監視人形の数が多すぎて、地下へのルートが全く探れないんだ。なので一旦武器を諦めて、魔王領へ連絡する手段を優先していた。
魔王領へ連絡を取る方法を、ようやく考え付いたからね。
「あの方法を使うには、最適な飛行ポイントを見つけるしかないからな」
「へっ、毎日空を見ている俺の身にもなれ。面倒なもん押し付けやがって」
「僕より地理や気象に詳しいからな。代わりに道具作りは僕がやってるだろ?」
「全然等価交換になってねぇだろタコ」
口喧嘩をしているけど、僕らは少し笑っている。不本意だけど、監獄の探索を通して、フェイスとの仲が少しずつ深まっているのが分かった。
フェイスが弱音を吐いた夜から、あいつの姿勢は軟化しつつある。口や態度が悪いのは変わらないけど、日が経つにつれて僕らの結束は強まっていた。
「変な気分だな……ついこないだまで、国を巻き込んだ殺し合いをしていたのに……」
「敵同士が仲良くダンジョン探索しているたぁ、シラヌイ達が見たら仰天すんじゃねぇか」
「違いない」
僕らは敵だ、決して忘れてはいけない。いくら仲が深まっていても、僕はフェイスが嫌いだから。
だけど今のフェイスなら、敵ながらに信用してもいい気がする。なんて言うか、奇妙な関係になってしまったな。
「おいぼさっとすんな、早いとこ、こんな場所からトンズラしてぇんだからよ」
「分かってるって。にしても……」
なんともなしに、牢獄を見る。東棟の牢獄には、例外なく不気味な文字が刻まれているんだ。
たすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて
くるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしい
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
……壁や床一面に、こうした文字が隙間なくびっしりと、乱雑に書きなぐられている。それに、血の痕も生々しく残っている。凄惨な拷問でも行われていたのかと思うくらいに。
「痛ましいな……一体ここで何が行われていたんだ?」
「さぁな、知りたくもねぇよ」
さしものフェイスも苦々しい顔をしている。文字が刻まれているのは檻の中だけではなく、廊下や各施設にも、断続的に存在していた。
どれも短く、つたない文字だけど、必死に助けを求めたり、孤独に怯えていたり……監獄での苦しみや恐怖を必死に伝えようとしていた。
昨日切り上げた場所へ着くと、見落としていた落書きを見つけた。
とじこめられて、もうなんねんたったかな。
あたまがこわれちゃいそう、わたしがあたしをころそうとしているの。
このままだとあたしがきえてしまう、ななにんのわたしが、あたしをおりにとじこめて、はなしてくれない。
だれかもう、あたしを、ころしてください。こんなにくるしいのは、もういやだ。
「……死を望むほど、この子は何に苦しんでいるんだ?」
「わかるかよ……だが、この文字どうも最近の奴みたいだな。表面がまだ風化してねぇぞ」
確かに、この文字は削れた後が新しい。それに人形の部品らしき欠片も、かすかに散っていた。
『全ての文字に魔女の残渣を感じる。あの魔女が記載した物で間違いない』
「ハヌマーンのお墨付きがついたのなら、間違いないか。でも」
「なんで魔女がこんな物を書いてんだ、って話だな。つーか、口調がおかしいだろ。あいつ自分の事、「私」って言ってたよな?」
「ああ、でもこの文章の主語は「あたし」になっている。あと、「七人の私」っていうのも気になるな」
「はっ、多重人格でも患ってんのか? ……多重人格?」
「あながち、間違ってない気がする。時々だけど、複数の気配を魔女から感じる時がある。人形の体に七つの魂でも宿っているのかな?」
「その仮説だと、八人だ。この文章を書いた、ってか東棟に書かれた文章全部、あたしって奴のもんだろ」
「七つの人格は全部頭がいかれているからな、こんな文章は書けないか」
東棟は探索すればするほど、疑問が浮かんでくる。
棟内に無数に書かれた文字は、筆跡からして同一人物の物だ。でも、たった一人でどうやって東棟全域に文字を書いたんだ?
そして檻の中におびただしい血がこびりついているのに、遺体が一つもない。骨もだ。加えて、ハヌマーンに血を確かめさせると、
『……これにまで、魔女の残渣がある。ほんの微かだが、魔女の魔力が漂っている』
こう答えるんだ。でも、ハヌマーンは魔導具にしか反応しない武具。それが魔女の血に反応するって事は。
「……もしかして、僕達の認識が間違っているのかもしれない。魔女は魔導具を持っているんじゃない、魔女その物が、魔導具なんじゃないか?」
「否定する材料はねぇけどよ、それじゃ、あの魔女が元人間って事になっちまうぞ? 人間から魔導具に変えるたぁ、随分悪趣味な実験してんじゃねぇか」
「前に改造人間造ったお前が言っちゃダメだろ」
けどそう考えると、この監獄は世間に公にされていない、人体実験の場って事になるな。ウィンディア人の魔導具を別のアプローチで制作しようとしていたのかもしれない。
誰が何の目的でそんな事をしたのか、そこまではわからないけど。
「謎の考察はここまでにするぞ、いい加減南東へ出るポイントを割り出さねぇとな」
「ああ、ごめん」
監視の目から逃れつつ進むと、ようやく監獄の南東側に到着した。
推理が合っていれば、この方角に魔王領があるはずだ。檻の中を見て回ると、一室壁が崩れている独房があった。
そこから外に出てフェイスの土魔法で足場を作り、様子を伺う。足元は大きくえぐれ、反り返った崖になっている。上を見ると、監視塔のような場所があった。
壁をよじ登り、屋根に到着すると、突風が吹きつけた。この辺りは監獄の最上部に近いから、遮蔽物がない分風が強いんだ。
「この辺りはどうかな?」
「いいんじゃねぇか。風向きも丁度、狙い通りだしな」
フェイスは望遠の魔法で雲の動きを見て、微笑を浮かべた。
「数日観測していたが、どうも南東へ向かう気流があるみてぇだな。結構上空みたいだが、そこまでどうにか届かせれば、数時間で西の大陸へ到着するはずだ」
「気流までの具体的な距離は分かるかな?」
「あー……ちと待ってろ」
フェイスが高度や風速を計算し、それを基に僕も設計図を練り直す。今のままだと、熱源の火力と、布の強度が少し足りないかな。
「……寒天でコーティングできれば、どうにかなるかな」
「かんてん?」
「天草やオノゴリって海藻で作る粘液なんだ。冷えれば固まって、糊みたいになる。それを布に塗れば、空気が逃げなくなるはず」
「熱には強いのか?」
「一度固まれば、それなりには強いはずだ。一度固まった寒天をゆでた事があるけど、簡単には溶けなかったしな」
「ふわっとしたアイディアだが、やらないよりはマシか」
海藻なら潜って採りに行ける。あとは大陸に着いた後だけど。
「ちゃんと魔王領に落ちないと意味がないな」
「それは俺がどうにかする。魔法を使って、人里を感知したらブツを落とすようにするさ」
「助かる」
熱源もフェイスに強化してもらおう。こうしているとつくづく思うな、一人じゃ脱獄できなかったって。
よし、連絡のためのポイントも確保できた。後は道具を作れば、外部へ居場所を伝えられる……はず。
今日の探索を切り上げ、来た道を戻る。明日からはいよいよ、武器庫の捜索にかからないとな。
そう考えていた時、フェイスがふと足を止めた。
「どうした?」
「……なんかあるぞ」
フェイスは看守室と書かれた部屋へ入った。僕も入ると、角の割れ目に日誌が挟まっていた。フェイスが拾い上げ、中を検める。
「随分ぼろぼろだが、んだこれ?」
「日記、みたいだな……ん? なにか落ちたぞ?」
「あん? こいつぁ、ペンダントか?」
日記に、青い石を下げたペンダントが挟まっていた。それをフェイスが拾った瞬間、
監獄の奥で、大きな気配が動いた。
「おい、これまさか……!」
「……魔女が来る……!?」
速すぎる、あと数分でここまで来てしまう!
僕達は息を呑み、急いで物陰へ隠れた。同時に、
「誰だ 誰だ 誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰誰れれれれれれれれれれれれ!」
魔女が壁を壊して、東棟へ侵入してきた。




