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123話 シラヌイの新たな決意

突然の来客だったけど、気持ちが弱っている今、リージョン達が来てくれたのはとても嬉しかった。

 タイムサワーのお茶とソユーズが持ってきたショートケーキを並べて、三人をもてなす。ワイルはきょろきょろと屋敷を見渡し、感心したように顎を撫でた。


「ディックの奴、随分いい家を持ってやがるんだなぁ」

「以前フェイスがバルドフを襲ってきた事があってね、ディックが中心になって撃退したのよ。その褒美としてもらったの」

「へえぇ、それでついた肩書が魔王軍の英雄か。魔王領の主都を守ったんなら当然だな。肝心の当人は、行方知れずになっているけどよ」

「……ええ、そうね」


 唇を噛み、どうにか耐える。リージョンとソユーズに睨まれ、ワイルは肩をすぼめた。


「ワイルとは魔王城を出たあたりで会ってな、どうも魔女に関する情報を手に入れたようなんだ」

「……シラヌイの様子を伺いつつ、情報を共有しようと思った次第だ。我らも、ディックを救うための情報が欲しいのでな」


 リージョンとソユーズが神妙な顔で言った。って、魔女に関する情報って……。


「それ、魔女の居場所があったりとか?」

「悪ぃ、そこまで大層な情報じゃねぇんだ。結論から言うと、魔女の情報はマジでなくてよ。情報屋をはしごしてみたんだが、ひとかけらも有用なもんが無くてな。唯一手に入った情報が、この書籍一冊だけなんだ」


 ワイルは懐から本を取り出した。分厚い辞書のような本で、しおりが挟まっている。

 ソユーズが受け取り、検めると、


「……著者、プロフェッサー・コープ? 何者だ、聞いた事がない。タイトルもないぞ」

「俺も知らねぇよ。教会の書庫に忍び込んで、たまたま手に取っただけの本だ。けどな、そのページに気になるもんが乗っていてよ。ちーっとくすねてきたのさ」

「あんたね、教会から盗みを働くとかばち当たるわよ?」

「神を恐れて怪盗やってられっかーって話ですよ奥さん。ぬふふふふ」


 ワイルは無邪気に笑った。……奥さんとか、まだ籍いれてねーっての。


「ふむ……む」


 ペストマスク越しにソユーズの顔色が変わったのが分かった。差し出されたページを、リージョンと一緒に読み込むと。


「……これ、魔女の能力の一覧じゃない……!?」

「ああ、傲慢の眼、嫉妬の左手、色欲の右足……暴食と怠惰まである。だが文字がかすれて、強欲と憤怒は読めないな」


 鉛筆で、かつ薄い筆跡で描かれた文字だから、文章が虫食いのようになっている。それに何かしら、水でも零したのか、随分と滲んで汚れているわね。

 ページをめくっていく内に、この本が個人の研究日誌だと分かった。意味が全く分からない専門用語があまりに多すぎて、私達では到底理解できない。それに……。


「……随分、自分をほめているわね。『僕は世界一の天才だ』『僕に愛された僕は最高に幸せ者だ』……ナルシストの気まであるみたい」

「なんでこんな物が教会の書庫に?」

「多分、寄付された古本の中に混じってたんじゃねぇか? 時たまあるらしいぜ、そういうの」

「……だとしても、読みたい本じゃないわ」


 読んでいるだけで精神が汚れていくような、底知れない執念を感じる。文字は薄い筆跡に反して、濃厚な圧力を発していた。

 それでも、読み進めないと。ディックに関する情報が手に入るなら、底なし沼だろうが潜ってやるわ。

 ……だけどこれ、かなりきつい。読めば読むほど、心が蝕まれていく……!


「すまん、俺はもう限界だ……なんだ、この気色の悪い文章は……お前よく読めるな……」

「私だって嫌よこんなの、吐きそうになるギリギリなんだから……」


 とても朗読できるような内容じゃない。他人の薄汚い自慰を見ているような、酷い気分になるわね。

 気絶する寸前になった時、気になる一文がようやく出てきた。


「……疑似魔導具?」


 リージョン達が顔を上げ、耳を傾ける。頷いて、その部分を読んでみた。


「……『ウィンディア人が造りだした古代兵器、魔導具……それをどうにか僕なりの知識と情熱で再現できないか模索してみたんだ。それで僕は思いついたんだ。人の魂を核にした兵器を造ってみようってね!』……『実験は成功だ! 物に魂を閉じ込める事で、最高にハッピーなおもちゃが出来たじゃないか!』……『でもこれだけじゃダメダメ、力が弱すぎる。封じる魂はたっぷり調理しないとだめだよね、たっくさんいじめて、心を壊せば、きっと最高のぱぅわぁーを持ったアイテムが出来るよね』……『そのためにもたっくさん人を殺さなきゃ☆ いっぱいさらって閉じ込めて、心を壊してあっぱらぱー♪ 皆僕が』……ごめん、この部分は読みたくない……」


 酷く明るい文体で、死〇や人〇食と言った、あまりにもえげつない内容の文章が並んでいる……人を殺して、そんな事を……何よこいつ、狂いすぎてる……!


「『うん最高、エクスタシー! この出来上がった手足と体を、疑似魔導具と名付ぅけよぉ。ウィンディア人が造ったのと遜色ない傑作だ』……『でもただツギハぐだけじゃ、面白くないよねぇ。そんな僕に朗報だ、丁度ここに女の子がいます。この子をいっぱい愛してあげて、心をバラバラにしてあげないと』……『心を壊して、崩して、バラして、ほぐして、卸して……パッチワークにツギハギ、ツギハギ、ツギハギしちゃって、お人形さんにしてあげましょうねぇ』……もう、これ以上は読めないわ……!」


 その先にあった文章を読んで、私の精神は限界に達した。

 ……この、プロフェッサー・コープって奴……なんなのよ……! 女の子一人に、こんな……こんな……!


「……こいつぁ、酷いもんだな。俺もちらっと見ただけで、中身を詳しく見たわけじゃなくてな……すまねぇ」

「いえ……あんたは、悪くないわ……おかげで、魔女の正体が少し、分かったから……!」


 人形の魔女は、コープって奴が造った人工生命体。存在そのものが生きた魔導具と化した、女の子のようね……。

 疑似魔導具、ウィンディア人の造った純正とは似て非なる物だから、ハヌマーンの効果が薄かったんだわ。


「それも、手足に別々の魂を幽閉して、成立させた物のようだな……あの魔女の体には、七つの魂が入っている。そう考えるべきだろう」

「情緒不安定だったのは、それが理由だったのね」


 いわば人工的な多重人格だ、しかもコープの手によって、七つの大罪に対応した性格に改造されているから、余計に精神的に不安定になっているみたい。


「……おい、コープの造った魔女がディックを誘拐したのなら……!」

「……まさかディックは……!」


 最悪の結果が頭をよぎる。ディックが、こんな……こんな目に遭っているのなら……!

 ソユーズも立ち上がり、拳を握る。早く……早くあいつを見つけないと!


「……急がなきゃ、魔王城に戻らなきゃ……! こうしちゃいられない!」

「ディック、死ぬなよ……我らが助けに向かう……!」

『おい待て! 結論を急ぐな!』

「止めないでシルフィ! 私の……私のディックが……殺される!」

「全く、話を聞かない奴らだ」


 リージョンの感情を操る力で、無理やり落ち着かされる。けどおかげで我に返れたわ。


『最後まで書記を読め、恐らくコープとやらは、ディックの場所には居ないはずだ』


 シルフィに諭され、私は最後のページをめくってみる。


「『ここでの研究は終わったから、もういいや。この監獄は好きに使っていいよ、じゃあねぇ~』……日付は、八年前……じゃあ……」

「……コープとやらは、ディックの傍に居ないという事か……」


 ソユーズと一緒にほっとする。少なくとも、魔女以上に危険な奴がいないってだけでも安心できるわ……。


「それよか、監獄? 魔女と、監獄?」

「……どうやらコープは監獄を所有していたようだな、そこが奴の実験場、というわけか?」


 ……まさか魔女が、その監獄を根城にしているとか? まさかね。


「ただまぁ、一歩前進だろう。敵を知らずして勝利なしだ、能力の詳細も分かり、魔女の正体も分かった。いざディックを救出する際にも、魔女の能力を知っていれば対処のしようもある。感謝するぞ、稀代の大怪盗ワイル・D・スワン」

「いいってことよ、居場所が分かるような情報じゃなくて申し訳ねぇけどな」


 ワイルは肩をすくめ、ウインクした。


「今後もあちこち回って情報を集めてくるからな、期待して待っていてくれよ」

「ディックを取り戻したら、三日三晩抱いてもらうんだろう? そのためにも、お前自身が自分を大事にしなくちゃだめだ。な?」

「……そうね、ありがと、リージョン」


 正直、まだ胸の中はざわざわしていて、落ち着かない。

 それでも、少しでもディックに近づけたのは、私にとって確かな救いになっていた。


  ◇◇◇

<ワイル視点>


「ま、男がいる女の所に長居するわけにゃいかねぇよな」


 ディックを失ったシラヌイは随分弱っていたが、俺にはああやってサポートするくらいしか出来ねぇ。シラヌイを癒せるのは、この世でディックただ一人だ。

 ちぇ、コブつきじゃなきゃ俺がしっぽり癒してたってのになぁ。あんないい女泣かせてんじゃねぇよ、魔王軍の英雄。


「シラヌイの奴、かなり危険な状態だな」

「……おそらく精神崩壊寸前だろう。ギリギリの所でシルフィが支えているから、どうにかなっているようだが……」

「え?」


 いやいやソユーズ君? 精神崩壊寸前ってどゆことよ? そんなにきてんのあの子。


「俺が失言でセクハラしたのに焼かれなかった。普段のあいつなら逃さず丸焼きにしてくるだろうに……」

「……シラヌイはセクハラ発言に敏感だ。それだけ、周囲に気をはらう余裕がないのだろう」

「お前らの判断基準がユニークすぎて笑えねぇんだが……」


 つーか焼かれるって何? そんな過激なツッコミしてくんの? ……魔王四天王って愉快な連中ばっかじゃねぇか、面白れぇな♪ 枠があったら入れて貰いたいぜ。

 ただ、ふざけてばっかりもいられねぇか。


「シラヌイが壊れそうってんなら、さっさと色男を見つけてやらねぇとな。救出作戦の際は是非とも呼んでくれよ、戦いじゃ役に立たねぇが、盗みに関しちゃ俺の右に出る奴ぁいねぇからな」

「心強いな、感謝するぞ」

「……だが現状、捜索は難航している……人探しの魔法でも見つからなければ、どうしようもない……」


 確かに、いくら俺でも宝物のありかが分からなくちゃ盗めねぇなぁ。


  ◇◇◇


『少しは、気が落ち着いたか?』

「ええ、ちょっとだけ」


 独りになった家で、私はため息をついた。

 残されたプロフェッサー・コープの書籍を握りしめる。読むのも嫌な代物だけど、ディックに近づく数少ない手がかりだ。

 でも、これだけじゃ足りない……ディックの居場所を探る、もう一つの要素が必要だ。

 ……となると、取れる手段は一つね。


「シルフィ、私、作るわ。新しい魔法を」

『魔法を作るだと?』

「ええ、人探しの魔法。ディックを探すためには、既存の技術じゃダメよ。魔女の妨害をぶち破るくらい、強力な人探し魔法を考えなくちゃいけないの」


 炎魔法以外の制作なんて初めてで、どこまでやれるか分からない。だけど、卵がないなら産ませるしかない。


「あんたの意見も必要なの、使い魔ならば協力しなさい。幻魔シルフィ!」

『ふん、別にかまわんよ。貴様が思う通りに動いてみるがいい。……あの女にそう、依頼されているのでな』


 ディックだけを見つける、特別な魔法……魔王四天王の名に懸けて、必ずや作り出してやる!

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