120話 魔女の落書き
「っかぁ……たかが焼き魚でこんだけ感動できるとはな」
「心身ともに疲れ切っていたからね、ご飯は癒しだよ」
数日ぶりの満腹に満足し、僕達はため息をついた。簡単な塩焼きなのに、涙が出るくらい美味しかったな……。
って、いけないいけない。いつまでもぼんやりしていられないんだ。今後の計画について話し合わないと。
「とりあえず、ここを補給地点にできそうだな。探索前に、ここで食事を取っていこう」
「じゃねぇと体がもたねぇわな。んで、今日の所は外周を回って終わりにしようや」
「ああ。ここを見つけるまで、結構時間をかけてしまったしな」
けどルートを見つけたから、明日以降は時間短縮できるはずだ。
僕らが探索に使える時間は、睡眠の確保を考慮すると、大まか二時間。ここから補給を差し引くと、一時間弱って所になるか。
月の位置から見て、補給地点は僕らの独房の丁度真下にあるみたいだ。外への連絡手段を考えるにも、ここからじゃ都合が悪い。
「転移の魔法を使いたいところだが、んなもんすぐにバレちまうだろうしなぁ」
「そもそも、転移を防ぐ魔法が張られているだろ?」
「わーってるよ、ぼやいただけだ。ルートを吟味して、効率よく動く方法を見つけるっきゃねぇか。んで、次の目標は……東棟の探索と、武器の確保だな」
フェイスは監獄を振り仰いだ。
こうして外から見ると、物々しい圧力を放つ建造物だ。岩山を削った要塞のような外観で、格子の付いた窓は、まるで悪魔の口のようだ。
異形の怪物が無数に合体したような、歪な姿の監獄は、僕達に「ここから出るのは諦めろ」と言わんばかりに立ちふさがっていた。
だけど、諦めないよ。僕の帰りを待つ人が居るのだから。
最低でも、母さんの刀だけでも取り戻さないと。あれだけは、誰にも渡すわけにはいかないんだ。
「武器奪還には、フェイスが先頭に立ってもらうぞ」
「へいへい、精々当てにしてな。エンディミオンの気配なら、ずっと感じ続けているからよ」
聖剣と繋がっているフェイスは、エンディミオンの気配を辿れる。その気配を辿っていけば、武器の保管庫へ向かう事ができるはずだ。
「ただ、結構大変そうだがな。武器はどうやら、地下室にあるらしい。それも東棟のな」
「地下室だって? そんなものまであるのか……その言い方だと、東西で分割されているみたいだな」
「ああ、連絡を取るにも、武器を奪い返すにも、東棟が重要になりそうだ。だが地下室は、随分と面倒な迷路になっているみてぇだぜ」
「確かに……やれやれ、気がめいってくるな」
気配察知で監獄内の大まかな構造は分かるけど、この監獄は地下に向かう道ほど、複雑に入り組んでいる。入口も限られていて、そこに向かうまでも難しそうだ。
「重罪人とかを収監していたエリアなのかもしれないな、フロアを分割したり、入り口を限定しているのも、脱獄させないための工夫なんだろう」
「んで、押収品も地下に保管することで、簡単に使われないようにすると。ったく、心の底から思うな、囚人に優しい監獄だぜ」
「……それにしても、この監獄は、どこの国が造ったんだろう。魔女が造ったとは、ちょっと考えられないな」
絶海の孤島にこの規模の監獄を造ったんだ、歴史書に乗っていても不思議じゃない。でも僕が読んだ本の中には、こんな監獄なんて乗っていなかった。
「構造や地理的にみても、東の大陸って感じはしねぇな。今は使われてねぇようだし、謎の場所だぜ。だがよディック、そんなもん考察してる場合か?」
「そうだね。自分の事に集中しないとな」
できれば、他に捕まった人もどうにかしてあげたいけど……自分の身を守るのに精いっぱいで、とても気を回せない。早急に外に助けを求めるしか方法はないな。
フェイスと一緒に監獄の外周を下見してみる。南側は激しく崩れていて、通れる道がない。北側から東側へ回り込むと、切り立った岸壁に差し掛かった。
僕達の居た西の大陸は、南東の方角にあるはず。ここから東側へ渡って様子を見る事が出来ればいいのだけど、監視人形の数が異様に多い。多分、監獄の中で一番厳重なんじゃないだろうか。
囚人も監獄の西側に集中しているし、東側にはどうも、見せたくない物があるみたいだ。
「南東方面へ連絡するには、どうにかして東棟へ抜けないと」
「ここから進めりゃ、補給地点から直に行けるしなぁ。そんなら、足場でもつけるか」
フェイスは土魔法で岸壁に突起を出し、即席の足場を作った。あいつを先頭に上っていくと、壁が崩れた檻を見つけた。
これ、自然に崩れたんじゃないぞ。誰かの攻撃で崩れたんだ。
というより、東棟はどうも損傷がひどいみたいだな。あちこちに大穴が空いていて、大きく損壊している場所も多い。
……かつて、この監獄で戦闘でもあったのだろうか?
沢山の疑問が浮かぶけど、一旦置いておこう。気配察知で東棟の大まかな様子を探ると、どうも床が崩れて地下道へ行けるルートが出来ているみたいだ。
ただ、どのルートにも沢山の監視人形が配置されている。簡単に地下へはいけないな。
「対策なしに向かえば即効バレるぜ、これ以上進むのは無理だ」
「そうだな。でもこれで探索経路も確保できた。今日の所はここまでにして、明日からまた続けていこう」
「だな。にしても……くくっ」
「何笑ってんだよ」
「いやなに、もう一度テメェと冒険する事になるとは思ってなくてなぁ。ちょっと楽しくて、仕方ねぇんだ」
「こんな時に何を言っているんだよ、そもそも僕はお前に暴行を受けたり、他のメンバーから暴言をぶつけられたり、ろくな思い出が無い。こんな事はこれっきりだと思ってくれ」
「けっ、てめぇが雑魚いのが悪いんだろうが」
こいつ……けど挑発に乗って喧嘩するほど馬鹿な事はない。ここは我慢だ。
「……しかしそうか、これっきりか……」
「まだ何か?」
「……別に。とっとと戻るぞ、いい加減眠くなってきたぜ」
フェイスは踵を返した。僕も急いで追いかけ、船着き場へ差し掛かった時。
『主よ、待たれよ』
ハヌマーンが僕を呼び止めた。
『壁を調べてみよ。なにやら、魔女の痕跡を感じる』
「なんだって?」
魔女がここへ来ていた? いや、彼女はずっと部屋にこもっていたはずだ。
指に火を灯し、壁を確認してみる。そしたら、文章が刻まれている事に気付く。
「おいどうした、もたもたしてんじゃねぇよ」
「……これを見てくれ、落書きがあるんだ」
壁にはとても拙い言葉で、こう書かれていた。
たすけて だれか たすけて
あたしを ひとりにしないで ここから だして
みんな どこにいったの あたしを おいていかないで
「……ここに収監された奴の落書きか? にしても、妙な場所にあるな」
「ああ……檻の中ならともかく、どうして船着き場に? それに……ハヌマーン」
『うむ、この文字から魔女の残渣を感じる』
魔導具だから感じる何かがあるのかな。けど事実なら、魔女が書いた事になるけど……。
助けて、あたしを置いていかないでか……普段の魔女からは考えられない言葉だな。
それにこの文字は、随分弱弱しい。文章の拙さといい、子供が書いたみたいだ。
「また子供か。魔女と子供、何の関係があるんだ?」
「……さぁな、どうでもいいだろ、んなもん」
フェイスは文字をなぞり、鼻を鳴らした。
「どこのどいつか知らねぇが……助けをこびてんじゃねぇや。すがった所で、どうせ誰も助けるわけがねぇよ。てめぇの代わりなんざ、すぐに産めちまうんだからよ」
「フェイス?」
「独り言だ、気にすんな」
フェイスは足早に去っていく。あいつの一言が少し気になったけど、聞いても教えてはくれないかな。
……にしても、随分大人しかったな、あいつ。
僕の知っているフェイスは、なんでもかんでも自分の思い通りにさせようと、人を殴って命令を聞かせる暴君だった。
けど、あいつは素直に協力して、脱獄のために頑張っている。時に後ろへ回り、必要な時には前に出て、僕を助けてくれる。僕の知っているフェイスなら、絶対有り得ない。
僕はフェイスが嫌いだ。これはこの先も変わる事はない。
だけど、フェイスに対する認識は、少し変えるべきかもしれない。
どうしてフェイスが弱い人たちを虐げるのか、どうして力に固執するのか。少しでも理由を探ってみようかな。




