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12話 クリーン社長魔王様

 僕ことディックは、シラヌイと共に謁見の間へやって来ていた。

 魔王からの呼び出しを受けたのだ。魔王の顔はステンドグラスからの逆光でやはり見えない。……こいつ、顔出しする気あんのか?


『やだねぇディッ君。逆光で顔が見えない方が威圧感あるじゃんか』

「えっ?」


 僕の思っている事がばれた? なぜだ……?


『読心術、ワシの能力だよーん』

「……なんだって?」

「魔王様は心を読む力があるの。この人の前で隠し事は不可能よ」


『そのとーり。でも安心してちょ、普段は使わないから。ワシ社員のプライバシーは尊重する性質だから。けど君は新入職、まだどんな人なのか分からないし、互いに信頼を築くためにも許して頂戴』

「……だとしても人の心を読む上司に信頼は置けないかと」


 シラヌイから小突かれるも、心を読まれる以上取り繕う意味がない。本音を話した所で問題ないだろう。


『流石は元勇者パーティの剣士だ、それくらいの気概がないとシラヌイの副官なんて務まらないわなぁ。では、辞令を出すよん』 


 魔王が指を鳴らすなり、僕らの前に書状が現れる。その内容は、西方への派遣任務だ。


『そちらの人間軍が随分と強敵でね、苦戦しているんだってさ。もう随分と苦戦しているみたいだし、これ以上被害が出るのも嫌だから、ここは一つ四天王を派遣して解決する事にしたのさ』

「かしこまりました。翡焔のシラヌイ、必ずや成果を上げて帰還いたします」

『期待しているよ。勿論、ディッ君にもね』


 逆光だが、魔王が笑ったのは気配で感じ取れた。


  ◇◇◇


 謁見の間から出た後、僕は改めて辞令を確認してみた。

 西方には魔王軍が設置した要塞がある。その要塞がどうも陥落の危機にあるそうなのだ。そこを落とされると人間達の進軍拠点になってしまう。


 そうなる前にシラヌイへ対処させるとの事。出発は明日になるらしく、彼女は自分の部下達に出撃準備を急がせていた。


「この要塞、まともに進んでも一週間はかかるな。間に合うのか?」

「魔王軍には転移の魔法があるから余裕よ。朝一で出撃して、夕方には帰れるよう調整しておいて」

「分かった」


 日帰り旅行みたいな気軽さだ。そんな簡単に片付く案件なのかこれ。


「予定戦闘時間は?」

「単純な制圧戦ならそうね……十分で終わるかな。遅くても十五分で片付けるわ」

「……相手は一万の兵を導入しているぞ?」

「だから? 確かに私はチート能力を持ってない。でもね、単純な火力だけなら四天王でも一番よ。それだけは自信を持っているの」


 凄い自信だ。そう言えば僕はまだ、彼女が力を使った所は見た事がない。

 ……魔王四天王の一角、翡焔のシラヌイ。四天王で最弱と自称していたけど、その実力をようやく見れるってわけか。


「てかさ、あんたは平気なわけ? 戦うのは人間相手よ?」

「ああ、大丈夫だけど」

「……一応元味方じゃない。本当に戦えるわけ?」

「勿論。僕はこれでも殺し屋だ、雇われた側の依頼をこなすだけ。例え人間と闘う事になっても、思う事は何もない」


 シラヌイはどこか納得していないようだった。


「……なんだかふらついてるわよね、あんた。最初は殺し屋として人間を殺して、次は勇者パーティで私達と戦って、今度は魔王軍として人間と闘う。ころころ剣を向ける相手を変えちゃってさ、仕事をする軸とかないわけ?」

「仕事の軸か。あるよ」


 これまでの経歴を見れば、確かに僕が戦う相手は統一感がない。一見すると、都合のいい側に回って暴れるだけの蝙蝠野郎にしか見えないな。

 けど僕は決して、何の見境も無く戦っているわけじゃない。戦うために決めている事なら、常に持ち続けている。


「僕の軸は、母さんだ。何があろうと、それだけは変わらない。僕は母さんの教えに背かないよう、全力で戦っているんだ」

「ってそこに至るまで母さんかい。ここまで筋金入りだとむしろ尊敬するわね」

「ありがとう、最高の誉め言葉だ」

「褒めてねぇわ」


 勿論冗談だ、乗ってくれてありがとう。


「明日の予定や書類関係の処理をしてくる、一度下がるよ」


 さてと、明日の支度を手早く済ませておくとするか。


  ◇◇◇


「……母さんの教えって、何を教わったんだろ、あいつ……」


 私ことシラヌイは首を傾げ、裏にひっこんでいくディックを見送った。

 服従の首輪もあるし、あいつが裏切る事はまずないと思いたい。この所の態度からしても、あいつが悪い奴じゃないのもわかったし。


 それでもちょっと不安になる、私に刀が向かないか。

 あいつは戦う相手がころころ変わってしまう。もし変な心変わりでも起こして、私達に攻撃してこないかと思うと、やっぱり不安になる。


「後ろからざっくり、なんてやらないわよね……」


 信じたくても、元敵なのは事実。傍にいて、恐いと思う時はある。


『大丈夫っしょ。彼は裏切ったりしないよ』

「どひゃあ!? ま、魔王様ぁ!?」


 前触れもなく私の背後に魔王様が現れた。驚きのあまり尻もちをついてしまって、私は目を白黒させた。

 やっぱり顔は逆光で見えない、というより自分で後光を発して見えなくしている。ここまで頑なに顔を隠す理由はなんだろうか。


『激励に来たけど、まだ彼を疑ってんだねぇ。謁見の間で心を見たけど、彼はまず心変わりしないさ。ワシが保証したげる。というよりそんな危険な奴を採用するわけないじゃんか』

「は、はぁ……しかし……」

『読心術に対して、何か対策したんじゃないかって思ってるのかな? それは無理だよ。ワシの読心術に隙はないの』


 魔王様はこめかみに指を当て、


『心の声ってのはね、実は結構喧しいもんなんだよね。人間ってか、生物は無意識のうちに数百の言葉を頭に思い浮かべているもんなのよ。だから、欲しい情報を手に入れたい時は事前にそれを意識させるようにするんだ』

「と、言いますと?」

『ワシ、彼の前で能力を明かしたでしょ。やましい事を考える奴ほど、その言葉で委縮して、くっきりと思い浮かべるもんなの。だって知られたくない情報だもんね、知られないよう意識しちゃうよね。一瞬でもそう思わせちゃえば、ワシの思う壺って奴なのよ』

「では、ディックに能力を明かした時……」


『何にもなかったよ。きっちり仕事の事だけ考えていた。まぁワシの前で謀反なんか不可能よ、そう言った声はちゃんと聞こえるようにしているんだもん。細かい調整が聞くから便利な能力だよねー』


 ……やっぱりこの人もチート過ぎるわ。

 そりゃあ、私達四天王の上に立つ方だもの。それを制する力がなければ成り立たないわ。しかも読心術は力の一端でしかない。この人はそれ以上に厄介な力を持っているのよ。

 ……多分勇者フェイスがこの方と戦ったとしても、即座に殺されるだけでしょうね。


『でも味方同士で争うなんて不毛だからねぇ。そうならないように、魔王軍はきっちりホワイトな運営をしていく必要があるの。その流れで労働改革もしていけば、領地の民達もハッピー、いいことずくめ。でしょ?』

「ええ、そうですね」


 ふざけた言動が目立つけど、魔王様は配下や民の事を深く考える方だ。プライドが高い私ですらひれ伏すカリスマ性もある。上司としては申し分ない。

 ……でもこのおちゃらけた態度は勘弁願いたい所だけど。


『ともあれ、頑張りすぎはいけないよ。君が倒れても代わりは居ないし、悲しむ人が沢山出ちゃうんだ。無理し過ぎない程度に無理する事、いいね。これは業務命令だっ』

「……肝に銘じておきます」


 まぁ、部下を本気で気遣っているし……多少は目を閉じていようか。

 にしても本当……私の周りはどうしてこんなに濃い奴らが多いんだろうか。


  ◇◇◇


 ワシこと魔王様に挨拶して、シラヌイは仕事に戻っていった。

 上司たる者、常に部下の幸せは考えてやらないといけない。彼女の仕事の詰めっぷりは前から目に余る物があったけど、ディックを副官にしてから随分余裕が出てきたようだ。


 うんうん、やっぱりワシの占いに狂いはなかったねぇ。彼を採用してよかったよ。


 瞬間移動で謁見の間に戻ってから、水晶を見つめてみる。何度見ても、シラヌイの恋愛運は右肩上がりに上昇中だ。


『それまでは恋愛運のレの字もない壊滅状態だったのに、ディックが捕らえられてから急に上がり始めたからねぇ。意外とああいうマザコンタイプは相性がいいんだろうなぁ』


 というよりディックはいい方のマザコンだね。悪いマザコンは依存が強いけど、ディックは相当自立している。読心術にかこつけてストレスチェックをしてみたけど全然なかったし、職場も仕事も上手くやれてるみたいだねぇ。


 あのタイプのマザコンは愛情深いから、むしろ積極的に狙うべき物件さね。何しろ家族想いで、身近にいる人を大事にするタイプだから。


『将来的に妻にどっぷり嵌る男と言えるんだなーこれが』


 占いによれば、ディックは守る相手が居ると燃え上がるタイプの男だ。

 ああいう手合いは、恋したら面白い事になるぞー。きちんと産休・育休回りの制度は整えてあるし、保育制度も完備してるし、結婚したら祝い金も出すし! 子育て世代にも働きやすい職場を目指さないとねっ!


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