118話 弱り始めるシラヌイ
「たった半日でこんだけ集まるなんて……大したものだわ」
私は会議室にて、捜索隊の提出した資料に舌を巻いていた。
人間領に居る草の情報も合わせて、かなりの量に上る。机に乗った山積みの書類を取り、中を検めてみた。
人形の魔女が出現した場所や、その際に出した能力、言動。あらゆる情報が記載されている。中には魔女の能力を記録した映像水晶もあった。
「能力を知れるのは大きな手掛かりね」
「さっそく見ちゃいましょお。はい、スタートぉ」
メイライトが起動させると、人間領での映像が浮かびだす。大きな都市に現れた魔女は、騒ぎたてる人間達を前に、右足で地面をたたいた。
『色欲の右足 『見惚れろ』』
瞬間、桃色の陣が展開される。そしたら逃げていた人間達が足を止め、一斉に振り返った。
『アプサラス様……アプサラス様……』
『我らが君主……アプサラス様……』
正気を失った目で魔女にひれ伏し、諸手を上げて崇拝する。これは、洗脳の能力かしら。
嫉妬、傲慢、怠惰に続いて出てきた色欲は、あの陣の中に入った奴を強制的に洗脳状態にする能力ね。相当やばい能力だわ。色欲の力でディックとフェイスを洗脳したら……!
「あら?」
「どうしたの?」
「ううん、陣の中に居るのに正気の子が居るのよぉ」
メイライトが指さす先には、確かに洗脳されていない人間が居る。……男女二人組が何人か、あれは、恋仲にある人達? 他にも何人かいるわね。
『お前達はいらない。愛する者の居ないお前達は邪魔だ』
言うなり、魔女は洗脳された人々を自殺させていく。自ら首をねじ切らせ、次々に首の骨を折って死んでいった。
魔女は洗脳されていない人間を次々に捕え、誘拐していく。もしかしてあの能力、洗脳を受ける人に条件があるのかしら。
「……恋している人、もしくは誰かを愛している人にはかからないんじゃないかしら」
「えっ?」
「魔女ちゃんが言ったじゃない、愛する者が居ない奴は邪魔だって。能力にかからなかったのはカップルが多かったでしょ? 一人なのにかかったのは、多分片思いだったり、伴侶を本当に愛している人なんじゃないかしら」
聞いただけだと、随分変な条件ね。でもメイライトは四天王の中で一番頭がいい、魔女の言動と能力の様子からして、充分可能性としてありうるわね。
「だとしたら欠陥能力じゃない。ディックは勿論、私やメイライトにも通用しないわよ?」
「うーん……何となくだけど、誘拐する人を選別するための能力かもしれないわぁ。わざと抜け道を作る事で、自分が誘拐したい人を選別する。眼鏡にかなう条件が、誰かを愛する心を持った人。そう考えると、あえて付けた欠陥かもぉ」
「確かに……ディックを誘拐した時も、そこを随分強調していたわね」
ディックのような人を厳選している? にしてもどうしてかしら。……フェイスは全く持って真逆な奴だと思うんだけど。
『だが、かといって安心できる材料ではないな。あれくらいの化け物であるなら、能力の修正くらいできるだろう』
「じゃあ、必要なら見境なしに洗脳する事もできるようになるってわけね」
シルフィの冷静な意見にぞっとする。両足に秘めた敵を操る能力、強すぎるじゃない。
にしても、人を好きになっているかで誘拐するか判断するなら……私を誘拐しなさいよ。ディックを好きな気持ちは誰にだって、それこそイザヨイさんよりも上なんだから。
「シラヌイちゃん、今自分を誘拐しろとか思わなかった?」
「思った。……あ」
「はぁ、ディックちゃんが居ないと完全ダメダメねぇ」
「う……しょうがないでしょうが! ここしばらくあいつの匂いかいでないから頭働かないのよ! ……あ」
「あんらぁ? ちょっと気になる事が飛び出てきたわよぉ? 何々? 匂いってなぁに?」
「何目を輝かせてんのよあんた!? 嫌、絶対言いたくないっ! 毎朝あいつの首筋の匂い嗅ぐの日課になってるなんて言えるわけないでしょうが!」
『おい、恥ずかしい性癖を思いっきり暴露しているぞ?』
「あっ……!」
さっきから自爆しっぱなしじゃないのよ私! こらメイライト、何メモってんのあんた!
「やーんもぉ! すんごいラブラブじゃないのよぉ! どうやって嗅いでるの? ディックちゃん結構背高いじゃない」
「あの、その、朝起きたらあいつに飛びついて……うなじの辺りに鼻押し付けてすーはーと……大体訓練の後だから汗臭いんだけど、それがまた興奮するといいますか……」
『おい、「どうせ自爆するなら自分からゲロったほうがダメージ少ないかな」と思ったんだろうが、盛大に失敗しているぞ』
「うるっさぁい! どうあがいても恥ずかしい思いすんの私じゃないのよどうなってんの!?」
『全面的にお前の自爆だろうが』
「むしろ大爆発ねぇ♡」
うぐぐぐぅぅぅ……! いいじゃない別に、ディックをいじめてるわけじゃないんだから。
ディックを感じると安心するのよ。抱きしめるとホッとするし、手も温かいから握ると気持ちいいし……あいつの全部が私の琴線に触れるの。
「私にとってディックはもう、生きていくうえで不可欠な男なの。あいつが居ない生活なんて、考えられない。一緒にやりたい事、いっぱいあるんだから……」
「からかってごめんなさいね。それなら、なおさら気合を入れて探さないと」
『うむ。奴の移動ルートを探る事が出来れば、居場所も特定できるはずだ。さっさと資料を広げるがいい』
それから私達は、魔女の逃走ルートを逆算して、拠点のありかを探ってみた。
でも魔女は広い範囲に出没して、逃げていく方向もてんでバラバラ。逃走後の行方も分からないから、なんの手がかりも得られなかった。
『おい、もう深夜だぞ。いつまで資料を睨み続けるつもりだ』
「もうちょっと、もうちょっと……!」
シルフィに咎められても、私は手を止めなかった。
メイライトはとうに力尽きて、横で寝落ちしている。毛布をかけて、そっとしておこう。
目がしょぼしょぼしてくる、ちょっと顔洗ってこよう。
ばしゃっと水を叩きつけ、気合を入れなおす。ここでふと、鏡に映った顔を見る。
「……酷い顔」
眉間に皴を寄せて、険しい顔をしている。ディックに会う前の自分に戻っているみたいね。
私はもうあの頃の私じゃない。ディックが沢山愛してくれたから、私は、変わる事が出来たんだから。
前みたいに一人で意地張るつもりはない。周りの人から助けてもらいながら、ディックを探すわ。でも、自分のやるべき事は先頭に立ってやらなくちゃ。
「後ろでふんぞり返って、指示だけ出すような奴なんか、誰も助けてくれないものね」
頑張る人にだけ、周りは手を差し伸べてくれるの。だから頑張らなきゃ、私が頑張らなきゃ!
『今日はもうやめろ、これ以上は時間の無駄だ』
「ちょっと、書類返してよ」
『無理と努力をはき違えるな。私はディックの代わりとして、お前を管理する義務がある。奴を救ったはいいがシラヌイが過労で倒れました。そんな事になったらディックに合わせる顔がない』
「うう……」
『少し休め。今から力を出し切っては体がもたない、自分を大事にできない奴が、誰かを助ける事などできるものか』
悔しいけど、正論だ。私が動けなくなったら、元も子もなくなっちゃう。
『私が後を引き継いでやる、仮眠程度は取っておけ』
「ええ……ありがと、シルフィ……」
気が抜けたせいか、私はすぐに寝入ってしまった。
せめて夢の中だけでもディックに会う事が出来れば。ロケットを握りしめて、そう願う。
でも、ディックの夢を見る事は結局できなかった。




