117話 シラヌイはまだ、大丈夫。
『いっやー、やっぱりボロちん来たんだねぇ』
『ばっはっは! ワシは地上最強ぞ? すなわち地上で最も自由な男だぞ? 魔王領に来て何が悪い?』
『あっはっは! アポを取ってきたときはまさかと思ったけど、いやぁ改めて驚いたなぁ』
ディアボロスを前に、魔王様は恐れる事なく相対していた。
つい先日まで敵対していたから、あのドラゴンの恐ろしさは思い知っている。そんな奴が魔王城に来てんのよ、国の危機じゃないの?
「怯えるなシラヌイ。魔王様の言葉を聞かなかったか?」
「……アポを取っていた、と言ったな。つまりディアボロスは、来賓……という事になるのか?」
確かに、事前に会う約束をしていたなら……相手の立場を考えれば国賓になるのか。
って言われても、やっぱ恐い。デカすぎるのよこのトカゲっ。
『あ、恐がらなくていいよ。だってボロちんはケンカしに来たんじゃなくて、ディッ君探しを手伝いに来てくれたんだから』
『ええっ!?』
これには四天王一同驚いた。この乱暴者が、ディック探しの手伝いですって?
いやいや、あんたそんなキャラじゃないでしょ。どんな風の吹き回し?
『ばっはっは! 貴様ら、忘れてやしないか? 勇者も人形の魔女に誘拐されたのだぞ。ワシは奴の使い魔だ、それなら勇者を探す義務があろう。ディックとやらを探すのはそのついでだ。ばっはっは!』
「あ、そういや確かに……フェイスも誘拐されていたんだっけ」
嫌いな奴だからころっと忘れてた。ディック、あいつに変な事されてないかしら……不安だわ……。
『人間どもはフェイスを探すつもりがないようだからな、ワシが動かねば奴は見つけられまいて。ばっはっは!』
「勇者を探さない? なぜ?」
『考えてごらんよ、勇者ってのは人間側の最高戦力だよ? なのにディッ君に何度も負けた挙句、エルフの国も二度にわたって侵攻失敗した。ここまで醜態をさらせば、最高戦力としての価値はもう無いじゃんか』
『左様。それどころか人間は、奴を罪人として手配するつもりのようでな』
「ええっ?」
『聖剣エンディミオンを奪った不届き者。今人間どもの上層部では、そのような誹りを受けていてな。近々手配書が出回るのではないか? まぁ仮に出たとしてもワシが先に見つけて保護してやるがな。あの勇者はこのディアボロスが守ってやるさ。ばっはっは!』
なんでこいつ笑っていられるのよ。ドラゴンと人間は同盟を組んでいたわけでしょ?
「それ、やっていいの? 同盟くんでいるなら身柄を突き出す必要があるんじゃ?」
『ばっはっは! 同盟などとうに破棄しておるわ。弱き人間と組む理由などない、ワシはあくまで勇者に免じて手を組んだにすぎぬからな』
『うーん、相変わらずの傲岸不遜ぶりだねぇ』
『当然。人形に敗れたと言えど、ワシが弱くなったわけではない。ワシを従えたければ、力づくで手綱を握ればよいだけだ。勇者なき人間にそれが出来るかわからんがなぁ。ばっはっは!』
言いたい事は多いけど、実際ディアボロスは強い。強いがゆえに自由な奴みたいね。
そういえば、あの女どもは? フェイスの取り巻き連中はどうなったのかしら。
『あの娘らならとっくに人間領に逃げちゃったよ。それ以来行方不明。元々お金で繋がっていた仲だし、クズ勇者を助ける理由なんかないみたいだね』
『まぁこの場合の行方不明は、裏金の事実や勇者の醜態を隠すための口封じ、でもあるのだがな。ばっはっは!』
……成程、行方に関して、皆まで言う必要は無いって事か……。
「けど、あんたは本当に使い魔としての責任でフェイスを探すつもりなの? それに四星龍を倒した私達は、部下の仇でしょ? そんなのと一緒に行動するなんて、どういうつもり?」
『ばっはっは! 四星龍の事は気にするな、ドラゴンは弱肉強食社会、同胞が殺されようが、そいつが弱いのが悪いだけ、仇を憎むような真似はせんよ。そして勇者を助ける本音は……奴を連れ戻して再戦するためだ。奴ほど強い人間はそう居らなんだ、みすみす逃しては、我が渇きを癒す者が居なくなる! それにワシを軽くひねった人形の魔女も、勇者を圧したディックとやらも食ってみたいのでなぁ。ばっはっは! 喧嘩相手を取り戻すために喧嘩をする、まさしく戦の連鎖だ! ばっはっは!』
……とことんまでのバトルジャンキーめ。ただ単に喧嘩できそうだから参加するだけじゃないのよ。
『ともあれ、我らドラゴンは空から勇者を探す。こちらが得た情報を逐一教えてやるから楽しみにしていろ。それと魔王よ、この後一戦どうだ?』
『ごっめーん、ワシも忙しいから遊んでられないのさね。だから喧嘩はダメー』
『そいつは残念だなぁばっはっは!』
笑うディアボロスを見上げ、不安になる。こいつ本当に信用していいのかなぁ。
にしても、魔王軍、エルフ、ドラゴン、妖怪達に、ウィンディア人。改めて並べると凄い捜査線だ。
これならきっと、ディックもすぐに見つかる。そう信じたいわね。
◇◇◇
会議後、私はシルフィと一緒に通常業務を進めていた。
本当はディックの捜索に集中したいけど、そうも言ってられない。私には他にも仕事が沢山、それこそ沢山あるんだ。
にしても、やってもやっても終わらない。仕事って、こんなに時間かかったっけ?
「ディック、この書類……」
口にして、思わず黙り込んでしまう。そっか、ディックが居ないから、仕事が終わらないんだ。
あいつは、いつも私をフォローして、助けてくれていた。私が辛い思いをしないように気を回して、それで他の所にも手を出して……。
私が疲れたら、まるで見計らったようにお茶を出してくるし。気分を変えたいときなんかも、絶妙なタイミングで話しかけて、リフレッシュしてくるし。
はぁ……我ながら弱くなったわね。同時に、どれだけディックに甘えっぱなしだったのかを実感する。
「……しっかりしろ、私!」
大丈夫! あいつが居なくたってやれるわ! こんなことでへこんでたら、余計な心配かけちゃうじゃない!
頬を張り、気合を入れる。あいつの分まで仕事をこなさないと。サキュバスは根性! 寂しさなんか跳ね除けなくちゃ!
『空元気の時点で無理をしているだろうに。自分を追い詰めるような真似はするな』
「そんな事はないわよ、全然へっちゃらだもの」
『全く……仕方のない奴だ』
シルフィはぱたぱたとどこかへ飛んでいってしまう。んでもって数分後に、
「はぁーいシラヌイちゃん。愛しのメイライト、ただいまさんじょーう」
なぜかメイライトを連れて戻ってくる。
メイライトはコーヒーの入ったポットを持ち込み、クッキーと一緒に机に広げた。
「シルフィちゃんからお呼ばれしてねぇ。シラヌイちゃんが無理してるから、ブレーキかけろって言われちゃったのよ」
「こら馬鹿鳥」
『ふん、無理をして倒れられたら、私としてもディックに合わせる顔が無いのでな』
むぅ……んなこと言われたら怒れないでしょうが。
まぁ、ちょっと行き詰っていたところだしね。ちょっとメイライトと話すか。
「この後残業して、捜索隊の資料をまとめるんでしょ。私も手伝うわよ」
「ありがと。でも適当なところで上がっていいからさ。私は暫く泊まり込むわ」
「やっぱり、無理する気満々じゃない。貴方こそ、無茶しちゃだめ。倒れたら元も子もないじゃない」
「……帰っても、誰もいないんだもの」
メイライトはハッとする。ディックが居ないんじゃ、あの家は広すぎる。
がらんどうの屋敷に一人で居るのは、心が痛むのよ。魔王城に居た方が、気持ちが落ち着くの。
「あいつが帰ってくるまでは、家に戻りたくないかな。むしろ仕事をしてた方が、ディックに近づいている気がして、すこしはマシだから」
「そう言う事なら、私も今日、一緒に泊まるわ。貴方を一人にしたくないもの」
メイライトはそっと抱きしめてくる。やめてよ、普段ちゃらんぽらんなくせに、どうしてこんな時に優しくするのよ。
……決意が崩れちゃうじゃない。
「恐いのよ、あいつが見つからなかったらどうしようって、不安で仕方ないの。考えるだけで震えが止まらなくて、気を失いそうになるの」
「そう……」
「……もう大丈夫、ありがとう。改めてお願い。今夜、一緒に居て貰ってもいいかしら」
「勿論よぉ。ちょっとした女子会、しちゃいましょ?」
「助かるわ」
メイライトに抱きしめられたおかげか、少しだけ寂しさが紛れた。
今後も、ちょっとしんどい時には、頼ってみようかな。本当に、ちょっとだけ。