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11話 愛情を知らないサキュバスと愛情を知る人間

 僕ことディックは、メイライトの地図を頼りにシラヌイの家へ向かっていた。

 シラヌイは大分深く酔っているのか、何も話してこない。明日も彼女は仕事だ、酔い止めでも作っておこう。


「っと、ここか」


 シラヌイの家は竈型をした丸っこい一軒家で、四天王が住むには質素な物だ。中に入ると、薄暗い中に本の山が見えた。

 灯りを付けると、足の踏み場もないほどの魔導書が。壁一面には「努力」や「死ぬまで戦え」等、殴り書きで書かれた紙が隙間もなく貼られていた。窓の外には、使い込まれた訓練用の的が置かれ、壊れた的が端っこに転がっている。


 シラヌイを寝かせ、なんともなしに机を見ると、血のにじんだ万年筆がペン立てに詰められている。折れてテープで直している物も見受けられた。


「まさか、家に居る間ずっと魔術の鍛練を?」

「そうよ。自由に時間を使えるのなら、自分磨きに当てて当然よ」


 シラヌイが目を覚ました。頭を抱えながら半身を起こし、


「……病みまくった部屋でしょ。でもね、私は四天王の中でも最弱なの。私が使えるのは、炎魔法だけ。あいつらみたいに空間や感情を捻じ曲げたり、金属や光を操ったり、時間や物理法則を無視したり。そんな大きな力は使えない。ただ大火力の炎をぶちまける事しか出来ない、不器用なサキュバスなの。そんな奴があんなチート連中と肩並べるには、命を削ってでも特訓しないとだめなのよ」


「それで、ずっと魔法の特訓か」

「今の地位から落ちるわけにはいかないもの。四天王は私のアイデンティティ、私の生命線。弱い私がありつづけるには、頑張る以外にない。努力は私の、唯一の武器だから」

「……どうしてそこまで頑張ろうとするんだ? そうまでして、四天王で居続ける理由はなんだ?」


「あんたには分からないでしょうね。馬鹿にされ続けたサキュバスの気持ちなんて。

 私は落ちこぼれのサキュバスよ、淫魔なのに魅了どころか、魔法一つまともに使えなかった。子供の頃からね。

 それで回りから馬鹿にされて、親からも見放されて、私の傍には誰も居ない。ずっと独り、誰も見てくれない寂しさが、あんたにわかる?

 こんな何もない、役立たずのサキュバスが皆に認めてもらうには、誰よりも努力するしかない。唯一使えた炎魔法を限界以上に練り上げて、それだけは誰にも負けない位に使いこなせるようになった。……そうなるまで、五十年かかったわ。

 炎魔法一本で戦って、功績を上げて、周りはようやく私を見てくれるようになった。四天王になってからは、やっと親も私を認めてくれるようになって、かつて私を馬鹿にしてきた連中も、私にひれ伏すようになったの。

 だから四天王から落ちるわけにはいかない。落ちたらまた昔のように、誰も居なくなる。一人になるのは嫌なの。そうならないように私は、死ぬまで頑張り続けないといけないのよ。四天王じゃない私なんて、何の価値もないんだから……」


 酔っていたのもあるのだろう、シラヌイは素直に自分の弱さをさらけ出している。だけどなんて痛々しい話だ。僕は何も言えず、立ち尽くすしかできない。


 自分を痛めつけて、やっと人に見向きされるようになった。そのせいで認識が狂っているんだろう。

 人から好いてもらうために、本来の自分とは違う自分を演じなければならない。確かペルソナだったか、以前本で読んだ事がある。


 彼女が被っているのは、棘のついた仮面だ。自分で傷つけて、血と涙を流して……そんな姿に皆が喜んでいるから、痛くても彼女は無理にでも付け続けているんだ。


 ……違うだろう!


 そんな事で喜ぶ連中なんかのために頑張るのは間違っている。そんな認められ方をして、君自身は喜んでいるのか?


「もう寝る……あんたも早く帰りなさい、こんな所居たって、仕方ないわよ」


 シラヌイはぱたりと倒れ込んで、眠りについてしまう。寝顔は苦しそうで、悲しそうで……僕は拳を握りしめた。

 自分を痛めつけるのが好きな奴なんかいない。自分のしたくない事で認められて、幸せな奴なんかいない。

 自分の好きな事をして、受け入れてくれる事こそが、本当にうれしい事なんだ。


「母さんがそう、教えてくれたから」


 今ようやく、僕の中でシラヌイから母さんの影が離れた。

 母さんは自分を大切にする人だった。笑いたい時には笑って、苦しい時には泣き叫んで、いつでもありのままの自分で居続けた。


 そんな人だからこそ、母さんはありのままの僕を愛してくれた。僕の悪い所もいい所も全部ひっくるめて、あの人は僕を育ててくれた。

 シラヌイは母さんと全く逆だ。自分を全く大切にしようとしない。誰からも愛情を受けた事がないから、自分の身を切る以外に自分を表現できないんだ。


 もし母さんなら、彼女を見たらどうするだろう。……考えるまでもないな。


「だったらどうすればいいのか、わかるよな」


 母さんが僕にしてくれた事を、そのまましてあげればいい。大切な事は全部、母さんが教えてくれたんだ。

 僕の中に居る母さんに、背くような真似は出来ない。だっていつも言っていたものな。

 お前の剣は、信念のまま振るえって。


  ◇◇◇


 私ことシラヌイは夢を見ていた。サキュバスは夢を操る能力を持つ、だから自分が夢を見ているかくらいは分かるの。

 ……私は出来ないけど。本当に炎魔法以外、私はからっきしだから。


 にしても、昔の夢とは嫌な物ね。


 目の前には、子供の頃の私が居る。ブランコに座って一人寂し気に、遊んでいる子達を見ている私。

 魔法が使えない落ちこぼれって事で、私と遊んでくれる子は誰もいなかった。頭悪いのが移るとか、酷い事言われていたっけ。


 弱い奴はいじめの恰好の的になる。その例に漏れず、私は無視されたり、道具を壊されたり、陰湿な事をされていた。

 悪魔の親も薄情なものよ。弱い子供には見向きもしやしない。毎日フラフラ遊びに行っていて、家に帰っても誰もいやしない。遊ぶどころか、まともに食事を出してくれた事もないわ。ネグレクトと言うべきかしらね、これは。


 悪魔の世界は弱肉強食、強い奴が常に正しく、弱い奴は間違っている。弱い私は誰も守ってくれず、部屋の隅で膝を抱えてたっけな。

 だから強くなろうと思った。この記憶が私の原点だ。


 頑張らないと誰も愛してくれないもの。こんな薄暗い世界に戻るなんて絶対に嫌。もっと、もっと自分を追い込まないと。頑張ったらやっと、私に人が集まってくるようになったんだもの。

 でも時々、もう頑張りたくないって思う時もある。


「……ん、朝か……」


 夢から覚めて、起き上がる。いつも通り、本の山脈が連なる我が家だ。

 昔の夢を見たせいか、よけいに寂しく感じる。こうなるから、あまり家に帰りたくないのよね。職場に居れば取り合えず人は居るし……。


「頭いったー……完璧二日酔いだわこれ……」


 昨日どんだけ飲んだのよ私。メイライトとの記憶も途中から無いし、どうやって帰ったんだっけ私。

 でもって起き抜けにノックの音が。頭に響くからやめてほしい。誰よこんな朝っぱらから。


「はいはーい新聞お断り……」

「よかった、起きていて。具合はどうだ?」

「……はえ?」


 顔を上げると、野菜篭を抱えた剣士が立っていた。ディックである。

 なんでこいつ私ん家知ってんの? そう思った途端、記憶が蘇ってきた。

 帰りにメイライトがこいつに私を押し付けて、でもって一緒に帰って、それから私寝ちゃって……しかもこいつ確か服従の首輪つけてなかったし……!

 顔が熱くなってきた……絶対赤くなってる……!


「あ、あわわ……あ、あんたねぇ! 一人暮らしの女の家に入るとか、どーいう神経してんのよ!? 何かしたでしょ、絶対なにか変な事したでしょあんた!」

「いや、何もしてないよ。この首輪が証拠だ」

「あ、服従の首輪……」


 しっかりとはめてある。まさかこいつ、自分ではめたの? ……馬鹿なの?


「何考えてそんなのつけた? マゾなのあんた?」

「こうした方が信じてくれると思って。僕の意志で付けられるよう、リージョンに改造してもらったからね」

「ふーん……まぁ、それがある以上嘘はないか……」


 ……それはそれでなんかむかつく。ちょっとくらい悪戯しなさいよ、無防備なサキュバス相手になんも無しとか紳士通り越してもはや意気地なしよ。


「んで、何の用?」

「二日酔いになってないか心配でね。薬と朝ごはんの材料を持ってきた。あがってもいいかな」

「……いいよ、入りなさい」


 断ろうにも理由が思いつかないし、面倒くさい。変なもん食わしたら殴り飛ばすからね。

 ディックが持ってきたのは漢方薬だった。苦いからあんま好きじゃない、私薬はシロップじゃないと飲めないのよね。

 でもそれをこいつに知られたくないし、根性で飲み下す。うげ、やっぱ不味いなぁ……。


「五苓散と言うんだ。昔夏バテした時に母さんが作ってくれてね、帰ってすぐに作ってみたんだ」

「へぇ……また母さんか……」


 私と違ってこいつは、親から随分甘やかされていたようね。

 全く、こんな甘ちゃんなんかに同情されるとかむかつく……。


「……あんた、靴が随分泥んこじゃない」

「ああ、薬の材料を探していたから」

「……まさか一晩掛けて? 私のために?」

「うん」


 ……は? 何それ?

 服従の首輪がある以上、こいつは嘘を吐けない。本当に私なんかのために、漢方探しに行ってたわけ?

 呆然とする私をよそに、ディックは料理に取り掛かる。少しして出てきたのは、ちょっと酸っぱい香りのするトマトのコンソメスープだ。溶き卵と葉野菜も入っていて、赤と黄色、緑の色合いが綺麗ね。って言うか。


「……あんた、料理出来たんだ」

「うん、母さんに教わった」

「また母さんか。二言目には母さん母さん、このマザコンが」


 けどスープは頂きます。

 ちょっと飲んでみると、口いっぱいにトマトの酸味が広がる。二日酔いで食欲なかったけど、これはいけるわ。

 それに葉っぱが変わった風味で、体に力が戻る感じがする。


「この葉っぱ、変わった味がする。なにこれ」

「シソって言うんだ。母さんから教わったんだけど、体が弱った時にはこの葉のスープが一番なんだよ。梅の実を漬ける時にも使うんだ」

「聞いたことある、梅干しだっけ。東の大陸の食べ物のはずだけど……あんたの母親、そこの出身?」

「うん、東洋人って言うらしい。僕の武器も東の大陸由来の物だ。髪の色もそうだね」


 確かに、今考えると黒髪の人間は結構珍しいかも。大抵の連中は茶髪だし。


「……私だけ食べるのもあれだし、あんたも食べなさい。確かもう一つ、器あったし」

「ありがとう。じゃあ、遠慮なく」


 って事で、二人で食事をとる事に。思えばこうして誰かと食事をするなんて、今まであっただろうか。

 自分が傷つきたくないから、ずっと人と距離を取って、一人で過ごしてきた。食べるのはいつも、冷めきった食事ばかり。

 こんなにも暖かいスープなんて、初めて食べたわ。


「……あれ?」


 途端に、涙がこぼれだした。

 悲しくないのに、なんでだろう。こんな何の変哲もないスープを飲んだだけで、どうして泣いてしまうんだろう。

 泣いているのに、胸はあったかくなるし……私に何が起こったって言うの?


「ハンカチ、どうぞ」

「ありがと……」


 ディックは深く聞いてこない。助かるわ、変に聞かれても答えようがないんだもの。


「シラヌイ、こんな時に言う事じゃないけど、聞いてくれ。僕は離れない」

「は?」


「限界が来て、頑張れなくなっても、僕は君を見捨てない。もし君が倒れても、僕が居る。何があろうと僕は、君の傍で剣を振るい続けよう。僕が決めた誓いだ、どうか覚えていてほしい」


 急に何言ってんのこいつ。勝手に誓われても困るし……。


「はん、嘘言おうったってそうはいかないわ。どーせ出まかせでしょ?」

「本心だ」


 ……マジかこいつ。

 服従の首輪がある以上嘘は言えない。こいつ、本気だ。


「僕は君のためだけに剣を握ろう。例え世界がひっくり返ろうと、僕の誓いは返らない。どうか、覚えていてくれ」

「え……あ……うん……」


 いつもの私なら、悪態をついて突っぱねている所だ。

 でも今は出来ない。ディックの目があまりに真剣過ぎて、言葉がすっ飛んでしまう。


「おかわり!」


 照れ隠しでスープをかき込み、器を突き出す。ディックが見ていない間に頬を触ると、不自然に口角が上に引き攣っていた。

 それは何年振りかも覚えていない、久しぶりの笑顔だった。

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