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104話 エルフ達の恋路

 俺ことワイルは、シラヌイに指定された場所へ向かっていた。

 いやぁ、こっそりあいつらの話聞いてたけどさぁ、まぁさかそこまで俺にご執心めされるとはねぇ。

 光栄っちゃ光栄だが、参ったなぁ。


 ラピスは完全に俺に本気になっちまってる。流石は俺、稀代の大怪盗だ。女の心をあっという間に奪っちまう。

 ただ、悪いけど想いには応えられねぇんだよなぁ。

 過去にも同じように俺にマジになってくれた女は沢山居たけど、全員振ってきた。


 なぜなら俺は怪盗だ、この先も辞めるつもりはないし、喜んでスリルに身をねじ込む真似をするだろうさ。

 だからこそ、俺ぁ誰かをパートナーにしたくないんだよ。

 俺の生き方は、刹那的だ。いつ命を落としてもおかしくない。そんな中にパートナーを放り込みたくないし、万一俺が死んだ場合に、悲しませたくねぇのさ。


 俺は死ぬなら、怪盗として死ぬことを選ぶ。命スレスレで働くこの家業は、一度味わったら抜け出せない、麻薬のような魅力がある。

 例え女神のような美女に耳元で「やめて」とささやかれても、引き返せないほどにな。


 だからよ、ラピスには悪いんだけど……。


「ワイル様!」

「っと、来ちまったか」


 振り返れば、俺に惚れちまった問題児が居た。

 よほど急いで来てくれたんだろうな。ラピスは息を切らせて、上気した目で俺を見つめている。

 シラヌイの幻術で人払いをしてあるから、俺らの邂逅は誰も見ていない。


「嬉しいねぇ、そんな走って俺に会いに来てくれるなんてよ」

「あ、あの、その……」

「先に言っておくが、俺は誰かと添い遂げるつもりはないぜ?」


 まどろっこしくないよう、直球で結論を叩きつける。ラピスは驚いた顔をして、俺を見つめている。


「俺に惚れたんだろ? つーか告白まがいの事言ってたからな、巫女の任が解かれたら、正式にお付き合いをお願いしたい。そのために俺を呼んだ。違うかい?」

「え、ええ……その通り、ですけど……」

「たはは、やっぱ俺って罪な男だぜ。ただ、悪いね。俺は怪盗、裏の人間だ。そいつにあんたみたいな美女を巻き込むわけにはいかねぇんだ。だから率直に言うぜ、俺の事は諦めな」


 怪盗の世界に女は巻き込めない。そいつが俺の、男の美学って奴だ。


「……なんとなく、そう言われるような予感はしていました」


 ラピスは手を後ろに回して、微笑んだ。


「そうですよね、だってワイル様みたいな素敵な人が、今日まで独り身なんて、理由があるに決まっていますよね」

「ま、そう言う事さ」

「わかりました、ワイル様の事は、諦め……ると思ったかぁ?」


 ラピスは急に豹変すると、俺に手錠をかけてきた。


「あり?」

「えへへ、逮捕だワイル様! 貴方がそう言って私を振ろうとするのは読めていましたよ」


 笑顔でそう言うラピスだけど、なにこれ。なんで手錠なんて持ってんのこの子。


「鳩が豆鉄砲を食ったような顔してますねぇ。ワイル様は私達世界樹の巫女をなめすぎです。私達は好きになった人を、何があろうと手に入れようと思っているんですよ」


 ラピスはふとバルコニーを見上げた。

 つられて見ると、二人の人影が。ありゃあ、ラズリとワードか?


「ほら、ラズリも始めてますよ。ワードを手に入れようとしているんです」

「知ってるよ。巫女の任期中だってのに、積極的な姉妹だぜ、全く」


 ちょっと話を中断して、あの二人の様子でも見てるかね。エルフの目と耳はいいんだこれが。


  ◇◇◇


 僕ことワードは、ディックさんに導かれ、バルコニーへと案内されていた。

 明日の件で相談したい事があると言っていたけど、文官の僕になんの相談だろう。

 ベンチで待っていると、足音が近づいてきている。ディックさんかと思って振り向くと、


「お待たせしました、ワード大臣」

「えっ、ラズリ様? ディックさんは」

「すみません、私が頼んだんです。ワード大臣を、ここへ連れてきてくださいって」

「それは、どうして……」

「明日、出立する前にどうしても、伝えておきたい事があったので」


 ラズリは隣に座ってくる。意中の人がそばにいるせいで、心臓がどきどきしてくる。

 横顔を見ると、やっぱり綺麗だ。気品があって、気高くて、自国を憂う心を持った、世界で一番美しいエルフだ。

 でも僕は、この人の裏の顔を知っている。

 本当は怖がりで、姉であるラピスが大好きな甘えたがり。普段の戦士としての姿は、エルフの国の人々を安心させるために掛けている仮面で、本当の彼女は全く逆の女の子だ。

 僕はなにも、彼女の表の顔だけに惚れたんじゃない。そんな完璧ではない、女性らしい所と、心から国を憂う優しい所を好きになったんだ。


 相手は世界樹の巫女、僕なんかが触れていいはずのない女性だ。だけど、周りに人はいない。僕とラズリだけの、静かな世界だ。

 こんな場所だからこそ、伝えたい事がある。


「……ワード大臣、実は私、あなたに伝えたい事があるのです」


 僕が思ったと同時に、ラズリも同じ事を言った。

 頬を赤らめ、涙で潤んだ目で僕を見つめている。こんな都合のいい事があっていいのか? 自分に問いかけ、こっそり自分の腿をつねってみる。

 痛い、夢じゃない。目の前のラズリは、現実だ。

 彼女は、僕に好意を抱いている。これは妄想じゃない、確信だ。


「……待ってください。できればその言葉は、僕から言わせてください」


 僕はディックさんのようにたくましくないし、ワイルのようにワイルドな男らしさもない。だけども、僕だって男だ。結ばれるなら、僕から告白したい。


「僕も、ラズリが好きです。だから、二十年後……その想いが変わらなければ、どうか僕と一緒になってください」

「…………!」


 ラズリは顔に手を当て、涙を流した。

 手の届かない人だと思って、半ばあきらめていた。だけど、僕達は本当は、両思いだったんだな。


「はい……決して変わりません……! 二十年なんて月日で変わるほど、私の想いはやわじゃない……だから、貴方も約束してください、それまで私の事を、変わらず好きでいてくれることを」

「勿論」


 お安いご用さ。僕だって何百年もこの時を待っていたんだ。そんな短い時間で変わるほど、僕の想いもやわじゃない。

 ラズリは巫女だから、キスは出来ないけど、手を繋ぐくらいなら許してくれるよね。

 俯く彼女の手に触れ、握りしめる。ラズリは驚いた顔になるけど、すぐに僕の手を握り返してくれた。

 ようやく彼女とスタートラインに立てた。だからお願いだ、世界樹。必ずラズリを僕の所へ返してくれ。

 もし彼女に少しでも傷をつけたら、絶対許さないからな」


  ◇◇◇

 

「ラズリ、よかったね……思いが通じて」


 俺の隣でラピスはほっとした様子だった。俺も俺で、後輩の恋路が実った事を喜んでいるがね。

 ワードとか言う奴、中々気骨あるエルフじゃねぇか。見た目はチビだが、中身はれっきとした漢だぜ。


「ラズリは、自分の大事な人を手に入れました。だから次は、私の番です。必ず私は、ワイル様を自分の物にしてみせますよ」

「つってもねぇ、さっきも言った通り俺はパートナーをとるつもりはないんだよ」


 この程度の手錠で俺を捕まえた気になっているなら、甘い甘い。関節外してあっさり脱出、ラピスの目が点になった。


「俺を誰だと思いますかね、お嬢さん。天下の大泥棒、ワイル・D・スワンだ。そう簡単に俺は盗めないぜ」

「なら、地の果てまで追いかけて、あなたの心に手錠をかけてやりますよ」


 ラピスはめげる事なく、新しい手錠を出した。


「私は決めたんです、ワイル様の女になるって。だから、私は任期を終えたら、貴方を追いかける事にしたんです。どこまでも貴方を追いかけて、貴方の起こした事件を解決して、必ずその手に縄をかけてみせます。私なんかには無理かもしれませんけど、諦めません。だからあなたを捕まえられたら、その時は私を女にしてくださいね」

「……はっはっは! おいおい、どんな告白してんだよお前さん」


 まさか俺を追いかける刑事になると宣言するとはね。しかも俺を捕まえたら俺の女にしろだ? めちゃくちゃな要求じゃねぇか、けど気に入ったぜ、面白い女だよ!

 丁度俺のライバルになる奴が居なくて退屈していた所なんだ。だったら望むところだぜ、俺をとことんまで楽しませてみな。


「俺を追いかけた末に捕まえられたのなら、約束は守ってやるさ。だけど俺も簡単には捕まってやらねぇよ? これまで以上にど派手なパフォーマンスで嬢ちゃんを呼び込んで、これまで以上のトリックで、これまで以上に華麗な怪盗劇を見せてやる。だからよ、二十年後に必ず俺の所へ来な。怪盗と刑事で、最高の逃走劇を繰り広げようじゃねぇか」

「はい! そうと決まったら、絶対逃がしませんよ。絶対逮捕しちゃいますからね、ワイル・D・スワン!」


 へっ、こいつはまた悪くない約束だぜ。何しろ相手もエルフだ、長大な時間、一緒に遊べるって事だからな。

 そんじゃ、二十年後を楽しみにしてますかね。俺らにとってその程度の時間は瞬き程度の物だ。

 お前さんが美人刑事になって俺を捕まえに来るのを、首を長くして待っているからな。

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