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102話 72時間の猶予

「お待たせ! 出来上がったよ、野菜グラタン!」


 僕ことディックは、シラヌイと一緒にグラタンを皆の所へ運んだ。

 トマトにブロッコリー、ナスにオクラをたくさん入れた、夏野菜グラタンだ。これにパンとスープもつけて、ちょっとしたランチにして皆にふるまった。

 今回はエルフの女王も食べるから、緊張するな。下手すりゃ国交問題に発展しないか、この食事……水を飲んで気持ちを落ち着けよう。

 恐る恐る、ミハエル女王の様子を伺う。目を閉じ、じっくりとグラタンを味わった女王は、おもむろにフォークを置いた。


「……ディックよ、魔王軍を辞めてエルフの国へ来る気はないか? コックとして最上の条件で雇ってやろう」


 まさかのスカウト!? 予想外の展開に危うく水を吹き出しそうになってしまった。


「本当にこれ美味しいよ。チーズがとろとろなのに、野菜がみずみずしいの。美味しい汁がたっぷりで幸せになっちゃうなぁ」

「水気の多い野菜を使っているのに、べちゃべちゃになってないなんて……シラヌイさんは毎日こんな美味しい物を食べているのですか?」

「ええまぁ、そんな所ですね」


 シラヌイが自慢げに胸を張っている。でも僕の料理が美味しくなったのは、君のおかげでもあるんだけどね。

 彼女が喜ぶ顔が見たいから、毎日工夫を凝らして作っているんだ。シラヌイの体調や天気に合わせて、味付けや日の通し方を変えたりね。


「私は初めて食べたけど、んもぉ、シラヌイちゃんが羨ましいわねぇ」

「? メイライトは食べた事なかったのか?」

「え?」

「……我とリージョンは何度かふるまってもらっているが」


 シラヌイと同居する前に、家に呼んで夕飯をご馳走したことあったっけ。メイライトはなぜかわからないけど、意外と都合が合わないんだよな。


「……ちょっとディックちゃん、私の事嫌いってわけじゃないわよね? 皆にふるまってるのに私にだけ無いなんて、勿論たまたまよね?」

「そりゃそうなんだけど、目が恐いぞ……」


 鬼気迫る顔で肩を掴むな、恐いから。メイライトも面倒な性格してるよな……。

 にしても、賑やかな食事だな。クレスと出会った時の事を思い出すよ。

 クレス、君は今、どこで何をしているんだい?

 僕は君の事を覚えているけど、君はどうかな。平民の僕の事なんて、もう忘れているかもしれないな。

 魔王軍に移籍した今、君と再会するのは不可能だろう。それでももし許されるのなら、もう一度君に会いたいな。


  ◇◇◇


「ランチをありがとうございました、ディックさん。ただ、それに水を差すようで申し訳ないのですが、ドラゴン軍に関して新しい情報が入りました。魔王四天王の皆様に関わる情報ですので、ここで伝えるのが一番かと」


 食事も終わり、後片付けを済ませた所で、ワードは僕らに新たな情報を伝えてくれた。


「次の戦闘で、ディアボロスは四星龍を導入するようなのです。ディアボロスの主義を踏まえると、恐らく、四天王の皆様へぶつけるはずです」

「四星龍?」

「ディアボロス直属のドラゴンです。ただ、彼らはディアボロスに忠誠を誓っていません。全員、敵意や憎悪を抱いた集団です」


 なんだそれは、魔王四天王みたいに、主人を慕っているわけじゃないのか?


「四星龍はね、ディアボロスに喧嘩を売ったドラゴンなのよ」


 首を傾げていると、シラヌイが補足説明をしてくれた。


「ドラゴンは戦闘種族でね、自分の君主であろうとも襲い掛かるような、弱肉強食社会なの。そのせいか、ディアボロス相手に戦いを挑むドラゴンが結構な数居るのよ。殆どはディアボロスに殺されてしまうんだけど、中には辛うじてだけど生き残る奴も居るの」

「そん中でディアボロスは、将来自分を脅かすような力を持ったドラゴンを配下に置いて育てているんだよ。そいつらが四星龍、ってわけさ」


 ワイルが付け足してくれたけど、自分の敵を、自分で育てているのか?

 意味が分からないドラゴンだ。そんな事をしたら、自分が危うくなるだろうに。


「ディアボロスにとっては、自分を襲う敵がいなくなる方が耐え難い苦痛なんでしょうね。何しろあいつは、相当な戦闘狂だもの。なのに強くなりすぎて、相手になる敵がいなくなってしまった。だから自分で敵を育てる事にしたんだと思うわ」

「……理解できないな」


 どうやら、ドラゴンとは分かり合えそうにないみたいだ。僕達とは考え方がまるで違う。

 もしかしたら、フェイスに従っているのは、四星龍を従属しているのと同じ理由かもしれない。

 一度負けた相手を再び倒すために、あえて配下になって力をつける。……常人ならまず考えないけど、ディアボロスなら考えそうだ。


『だがディアボロスは正々堂々とした戦いを好む。魔王軍が各地に四天王を派遣しては、各地の戦況は魔王側が有利になるだろう。だから戦力を均等にするため、四星龍を派遣する事にしたのだろう。私の見立てでは、実力は四天王と拮抗している。大変そうだな、四天王よ』

「ふむ、俺達にとってはありがたくない情報だな」


 リージョンに同意するように、ソユーズとメイライトも頷いた。

 ……という事は、エルフの国にもその一人が襲ってくるかもしれないな。

 何しろこっちにはシラヌイが居る、彼女に当てるための駒として引き連れる可能性は充分にあるな。

 脅威二人に対して、さらに強い敵が増えるか。つくづく楽はさせてくれないみたいだな。


「皆、気を付けてくれよ」

「……心配は必要ない。我ら魔王四天王がドラゴンごときに負けるわけが無かろう」

「どんな相手だって時間を止めちゃえば楽勝だもの。むしろディックちゃんとシラヌイちゃんの方が心配だわ」


 僕達を気にかけてくれるのは嬉しいな。勿論、僕達だってそう簡単にやられるつもりはない。


「ともあれ、時間は短いようで、あと三日ある」


 緊迫した空気の中、ミハエル女王が場を締めくくった。


「戦支度を終えたら、各兵一日ずつ休暇を与えるよう取り計らえ。心身ともに疲弊したままでは、戦にも支障が出るだろう。魔王四天王諸兄、此度の苦難を共にしてくれる事、誠に感謝する。貴君らも、死ぬではないぞ」

「はっ、心して挑みます」


 リージョンが恭しく首を垂れる。

 僕は少しずつだけど、戦いの時間が近づくのを、確かに実感していた。

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