101話 淡い思い出
「皆ありがとう、おかげで大成功だったよ」
僕ことディックはエルフ城に戻り、忙しい中駆けつけてくれた四天王達に改めてお礼を言った。
効果的な演出をするには、三人の力が必要だったんだ。急な呼び出しだったけど、快く受けてくれた三人には、感謝するしかないな。
「なぁに、こっちもこっちで準備は出来ているからな。俺の力を使えば移動時間もかからんし」
「そうそう。エルフとは将来的にお隣同士になるんだもの、なら助けなくちゃね」
リージョンとメイライトは笑顔でそう言ってくれた。本当にいい奴らだよ、魔王四天王は。
「……我々としても、楽しめたからな。むしろこちらからも礼を言わせてくれ」
「そう言ってくれると肩の荷が下りるな、助かったよ、ソユーズ」
ソユーズとも握手を交わして、僕らは窓を見やった。
ここからなら、エルフ達の様子も見れる。住民達には笑顔が戻っていて、風に乗って声が聞こえてきた。
『楽しかったね、なんだか元気が出てきちゃった』
『巫女様達も自ら出てくださって、申し訳なくなってしまうな。我々も不安がってばかりいられないか』
『ええ、私達を元気づけるために素敵な催しを考えてくださって……信じましょう、巫女様達なら必ず、ドラゴン達を退けてくださるわ』
……どうやら、暴動とかは回避できそうだな。
エルフ達の姿を受けて、巫女姉妹は勿論、ワードとワイルも満足げに目を細めている。彼らは僕に歩み寄ると、それぞれ握手をしてくれた。
「サンキュ、ディック。お前のおかげだぜ」
「エルフの心を一度に救ってしまうなんて……凄い人ですね」
「お礼を言うなら、魔王四天王にもお願いするよ。僕一人じゃ、決してできなかった。あの企画は、皆の力があって成功した物なんだ。」
僕は一人では何もできないとわかっている、だから頼れる人達に力を貸してもらうんだ。
それに母さんはいつも、弱い人たちの味方だったんだ。息子である僕も同じようにするべきなのだから、気にする事はないよ。
「私達じゃどうする事もできなかったし、本当に助かったよ」
「ええ。貴方は人間ですけど、尊敬すべき人だ。シラヌイ様は素晴らしい人を見染めたのですね」
「ふぇっ? ま、まー見染めたっていいますか、向こうが勝手に寄ってきたと言いますか……てへへ……」
シラヌイ、顔赤らめて照れないでくれ。こっちも恥ずかしくなるから。
ともあれ、これで心置きなくドラゴン達との戦いに挑めそうだな。
「失礼するぞ、此度の役者たちよ」
ノックの後、厳かな声が聞こえた。
全員がハッとするなり、ミハエル女王が入ってくる。突然のVIPの登場に驚くも、女王は僕に微笑みかけた。
「ディックよ、我が民を気にかけてもらい、誠に感謝する。魔王とも通信で会談してな、貴公の活躍を伝えさせてもらったぞ」
「ありがとうございます。賞賛のお言葉、謹んでお受けします」
「ふっ、しかし人間でありながら、これだけの仲間を集めるとは。不思議な魅力の持ち主だ」
ミハエル女王が感心したように僕を見て、シラヌイ達を見渡した。
確かに、改めて見ると凄いメンバーだよな。魔王四天王に世界樹の巫女、稀代の大怪盗と、そうそうたる顔ぶれが集まっている。
そんな彼らに力を貸してもらって、僕は果報者だ。でも決して、僕は特別な人間だと思わない。
僕はラピスとラズリ、ワードとワイルが守ろうとしている人達を助けようと、手伝っただけだ。その気持ちに皆が応えてくれて、力を貸してくれたんだ。
誰かを大切に思う心が無ければ、誰も力を貸してはくれない。母さんからそう教わったんだ。
「貴公には事が終わったら、何らかの礼を返さねばならんな。シラヌイとの将来を見据えた贈り物をさせてもらうとしよう」
「えっ? あ、その……ありがとうございます」
こんな高貴な人からそう言われると、なんだか恐縮だな。どんな物をくれるんだろうか。
それはさておくとして、折角四天王も手伝ってくれたんだ、何もなしで帰すのは、ちょっと悪いよな。
「せっかくだし、昼食でもどうかな。そのくらいの時間は大丈夫だろ?」
「あらーディックちゃんのお料理? それなら大丈夫よ、私が調整してあげるから☆」
メイライトが室内に流れる時間をゆがめてくれた。外で一時間流れる間、室内では三時間経過するよう調整してくれる。
これなら心置きなく作れそうだな。よし!
「グラタンでいいかな? エルフは菜食主義だけど、乳製品は作っているから出来るよ」
「へぇ、野菜グラタンか。けどこの人数じゃ大変でしょ、私も手伝ってあげる」
シラヌイがドヤさっさと申し出てくれる。そういや、最初に作れるようになった料理だったね。
……後ろの連中のにやつきがムカつくけど、空気を読んで黙っているだけましか。
「ふむ、貴公の料理か。興味深いな、私にも作ってくれるか?」
「! かしこまりました」
ミハエル女王まで乗っかるか。これは、失敗できなくなったな。
よし、それじゃあ頑張って作っていかないとな。
◇◇◇
「にしてもグラタンか。あんた好きよね」
厨房を借りて、シラヌイと一緒に材料をそろえていると、彼女にそう言われた。
母さん自身が得意な料理だったしね。大きな依頼を達成した時とか、嬉しい事があると必ず作っていた料理なんだ。それに、
「僕にとっても思い出深い料理だからね」
「ふーん? なんかあんの?」
「昔、貴族の子が家に迷い込んできた事があってね。出会ってすぐに、凄く仲良くなった子なんだ。その子と食べた料理だからか、ちょっと思い入れがあってね」
名前は確か、クレスって言ってたな。
彼とは初めて会ったとは思えない程気が合ったんだ。過ごしたのは短い時間だったけど、子供時代、一番楽しかった思い出だ。
そのせいか、あの時食べたグラタンは、多分人生で一番美味しくてね。その感覚が忘れられないんだよ。
「へぇ……貴族の友達居たんだ、あんた」
「と言っても、すぐに別れちゃったんだけどね。翌日に、身に覚えのない罪で追われてしまってさ。母さんと急いで王都から逃げてしまったんだ」
「ごめん……辛い事思い出させたわね」
「気にしなくていいよ。ただ、クレスの事が気がかりでね。……出会った時から、凄く寂しそうな目をしていたんだ。だから今も、彼が寂しい思いをしていないか、ちょっと心配でね」
僕と母さんに気を遣っていた、貴族らしくない優しい男の子だった。それだけに、急に別れてしまったのが気がかりでね。
魔王軍に入った今、確認するのは不可能だけど……元気にしているといいな。
「また会う機会があったら、彼にもグラタンを食べさせてあげたいな」
「ふふ、その願い、叶うと良いわね」
「うん!」
でも今は、仲間にふるまうグラタンを作らなくちゃね。