10話 酒は人間関係を円滑にするスパイスです。
「だからねー、私はねー、あいつに世話焼かれる程落ちぶれてなんかいないのよー」
「分かった分かった。もぉその辺にして頂戴な」
私ことメイライトはシラヌイちゃんを介抱しつつ帰路についていた。
この子ってば、よっぽどストレスため込んでいたみたい。しこたま飲んじゃって、もうすっかりべろんべろん。
創造でホムンクルスを作って、両脇を支えてあげているのだけど……お手本のような千鳥足のせいで見ていてハラハラするわ。
にしても、酔う前からこの子ってば、ずっとディックちゃんの事ばかり話してるわね。
文句は相当多いけど、彼の事は憎からず思っているのかしら。だってこの子、本当に嫌いな相手は話題に出さないもの。
卑怯なのはわかるけど、酔った今なら聞けるかもしれない。
「ねぇシラヌイちゃん、貴方ディックちゃんの事どう思っているの?」
「んー……わかんない」
急にシラヌイちゃんは足を止めた。
「あいつがさぁ、悪い奴じゃないってのはもうわかってるの。私を助けようとしてくれているのはさぁ、理解してるのよ」
「じゃあ本音は」
「……感謝してる。仕事が楽になって、前より楽しく感じているから。でも……私にも意地があるの。今までずっと一人でやってきたから、急に誰かに助けられるとその、どう接すればいいのか分からなくて……トゲトゲしちゃうの」
んまぁ可愛い。プライドが邪魔して素直になれないなんて、サキュバスなのに凄い初心じゃなぁい♡
「それに私の副官が一週間持ったの、初めてだし。今まで私についた副官は、私の性格がきつすぎて皆辞めてしまったけど、あいつは全然離れないし、私以上に優秀だからむしろ私の頭が上がらなくて……悔しいなぁ。人間相手に負けちゃうなんて、四天王失格よ」
「うーん、シラヌイちゃんにそこまで言わせるなんて、ディックちゃんってばそんなに凄いんだぁ。私が欲しいくらいよ」
「えっ」
あら? ここへきて反応に変化が。うーん、私のいたずら心がくすぐられちゃう。
「だってそんなに優秀なのに文句ばっかりなら、私がもらっても構わないでしょう? 副官二人居れば私も楽になるしぃ、ディックちゃんかなりのイケメンだから目の保養にもなるしぃ、明日にでもディックちゃんにラブコールかけちゃおうかしらぁ」
「えっ、あ……うん、いいんじゃない? あいつも私みたいな性悪サキュバスより、ゆるゆる堕天使と一緒の方がいいだろうし……私は一人でも大丈夫だし……持っていくなら勝手に持っていけば? 私は悔しくも寂しくも、なんともないし……!」
口調は強気だけど、涙目になってるし、体が震えてるし。態度で本心駄々洩れよ。
本当は嬉しいんじゃない。どれだけ悪口言っても一緒に居てくれるし、助けてくれるし、なによりイケメンだし。非の打ち所がない最高の副官だもの。
「……私なんかにあいつは、勿体なさすぎるし……一緒に居たら、変に傷つけるかもしれないし……」
あら、酔った勢いでぽろっと本音が飛び出した。
本当は優しい子なのよ。けどこの子は劣等感から、人を傷つける事ばかり言ってしまう。人と接するのが恐いから、本能的に遠ざける態度を取ってしまうの。
だから、自分を恐れず歩み寄ってくるディックちゃんは、この子にとって初めての生物なのよね。
この子が変わるきっかけになってくれればいいんだけど。お姉さん、ひそかに期待しているのよ。新人君。
◇◇◇
「ぐぇっぷ……飲み過ぎた……明日も仕事があるというのに……」
「だから最後のスピリタスは止めておけと言ったんだ」
僕ことディックはリージョンを抱え、帰路についていた。
この馬鹿、調子に乗ってスピリタス十杯一気飲みとか何考えているんだ。いくら鬼だからと言ってそんなのやれば悪酔いするだろう。人間だったら絶対死ぬ。
「……こいつは鬼族の中でも特段の酒好きでな、毎回限界以上に酒を飲んでは吐き散らすどうしようもない大馬鹿野郎だ。そのせいで健康診断に何度も引っかかってるくせに酒を止めようとしなくてな、その内生活習慣病で死ぬぞこいつは」
「ツッコミどころが多すぎてどこから指摘すればいいのか分からないぞ」
四天王は愉快な奴らばかりか。どうしようもないポンコツ連中じゃないか。
……それでも僕ら人間より遥かに強いんだよな。フェイスといい、神様は何を考えて力の振り分けを行っているのやら。
それにしても、どうしてこいつらは人間と争っているんだろうな。
子供の頃から僕は、魔王軍は悪い奴らだ、滅ぼすべき存在だと教わってきた。でも実際に接してみると皆気さくで良い奴らだし、人間相手にも親身にしてくれる。
飲みの席で聞こうと思ったんだが、全員もれなく酔っ払ってまともに聞けなかったしな。機会があったら聞くとしよう、いずれチャンスはあるさ。
「……今はこの悪酔い上司を送らないとな……」
「……これは明日、リージョンは使い物にならなさそうだ」
ソユーズと共にため息を吐き、顔を上げる。すると見覚えのある人影が。
「あらまぁ、皆さんお揃いで」
「メイライト。それに……シラヌイ?」
そう言えば、メイライトが二人で飲むとか言っていたな。
シラヌイは随分酔っ払っているようだ、顔が真っ赤で足もおぼついていない。今にも倒れそうなくらいフラフラで、見ていて危なっかしい。
「随分飲んだみたいだけど、大丈夫か?」
「ん~、このくらいどうって事……」
シラヌイは僕に気付くなり、はっとした様子になった。
「あ、あんた、なんでここに?」
「リージョンから誘われて飲みに、その帰りだ」
「そ、そうなんだ……あ、明日も仕事なんだから程ほどに飲みなさいよ!」
「もう飲み終わった所なんだけど」
「あう、えと、そのぉ……」
いつものシラヌイとは思えない位しおらしいな。酒の力って凄い。
「ふーん、貴方達もお帰りなのぉ。うんうん、そうなのねぇ~」
「メイライト……何そのニヤニヤ顔、凄く嫌な予感がするんだけど……」
「ねぇディックちゃーん、その鬼担ぐの重いでしょう? シラヌイちゃんと交換しなぁい? 鬼ならホムンクルスに持たせてあげるから」
「いや、それならリージョンを担がせるホムンクルスを作れば」
「はい決まり! シラヌイちゃんあげるからリージョン頂戴、潰れた上司の介抱も副官のお仕事よーん」
半ば無理やりリージョンを奪われ、シラヌイを押し付けられる。彼女は酔ってぐにゃぐにゃで、抵抗する様子もない。
「それじゃあこれがシラヌイちゃんのお家の地図だから。貴方ならきちんと介抱できるでしょ、だからごゆっくりどーぞぉー♪」
「いや、転ぶから押すなって……お、おい?」
「ちょ、やめ、こらメイライト!」
抵抗虚しく、僕らはメイライトによって遠ざけられてしまう。こうなってしまったら仕方がない。
「家まで送るよ。ほら、しっかりして」
「うぅ……あんまり揺らさないでよ?」
シラヌイは気持ち悪そうにしている。ゆっくり歩いて、吐かないよう気を付けないとな。
◇◇◇
「……メイライト、あれは大丈夫なのか? また酷く喧嘩したら……」
「んふふふふ、今のシラヌイちゃんは随分弱っている状態よぉ。少なくとも喧嘩する余裕はないはずよぉ」
お酒は人の心を素直にするもの。これを機に距離を縮めてくれるといいのだけど。
弱ったシラヌイちゃん、彼女を介抱するイケメン剣士ディックちゃん……これはロマンスの匂いがするわぁ~。
「……好きだな、恋愛が絡んだ話」
「そりゃあそうよぉ。私の趣味知ってるでしょう? 恋愛小説だもの。人間とサキュバスの恋なんて、鉄板にして至高じゃなぁい」
それも身近にこんな面白い話が転がったとなれば、ちょっかい出してみたくなるじゃなぁい?
折角の優良物件が自分から近づいているんだし、この機会に手籠めにしてみなさいな。男を知らないサキュバスちゃん。
「むぷっ……! メイライト、このホムンクルス、運び方が乱暴すぎるぞ……あ、まずい……腹の中が、逆流するぅっぷ……!」
「え、ちょ、やめ……!」
「全員退避、退避ー!」
シラヌイちゃんと引き換えに受け取った鬼さんが、盛大にリバース。折角の気分を台無しにする最低の行為ねこの野郎。




